昭和の時代に歌でスターになるには幾つかの方法があった。
もちろん自分でレコード会社に曲を売り込んだり、スカウトされたり、コネを使って
デビューした人も居るとは思うが多くの場合オーディションを受けて
評価されるのが最も手っ取り早い方法だったんじゃなかろうか。
一口に歌手と言っても様々なジャンルがある。
個人的にはミュージシャンと言われる歌手のオーディションと言えば
ヤマハが主催してたポピュラーソングコンテストだったと思う。
通称「ポプコン」と言われるオーディション出身者が多いような気がする。
ポプコンは1969年(昭和44年)から1986年(昭和61年)まで行われた
音楽コンテストでグランプリ優勝者には自動的にレコードデビューが
約束され世界歌謡祭の出場資格を得ることができた。
大会の模様はフジテレビで編集版を放送していたほか関連協賛番組として
「コッキーポップ」をフジテレビとのつながりが深いニッポン放送他
NRN地域基幹局を中心にネットしたラジオ版と日本テレビ系列
全国ネットで放送されたテレビ版が放送された。
ちなみに、コッキーポップはラジオ版、テレビ版とも司会は大石吾朗さんで
リスナーから寄せられたはがきとポプコンで入賞した曲を中心とした選曲。
リクエストで構成、この他にポプコン出身歌手、バンドをゲストに迎えてのインタビューや
トーク、ポプコン本選会のリポートやリクエストランキングなどを特集して放送されていた。
心の底まで / 八神純子 1977コッキーポップより
主なポプコン出身者は、八神純子、渡辺真知子、中島みゆき、因幡晃
世良公則、佐野元春、長渕剛、円広志、チャゲ&飛鳥、クリスタルキング
小坂明子、あみん、松崎しげる、各氏他多数と言った面々。
ちなみにヤマハは「EastWest」と言ったアマチュアバンドのコンテストも主催しており
サザンオールスターズやシャネルズはEastWestの出身である。
対して、アイドル歌手は1971(昭和46年)から1983年(昭和58年)の
12年間に亘って放送された日本テレビの視聴者参加型歌手オーディション番組
スター誕生、通称「スタ誕」出身者が多いような気がする。
番組の司会者は当初、萩本欽一さんで審査委員長を阿久悠
審査員を、松田敏江、中村泰士、都倉俊一、三木たかし、森田公一。
各氏が務め、決勝大会まで行くと各レコード会社や
ホリプロ、サンミュージック、田辺エージェンシーなどプロダクションのスカウトが
プラカードを掲げ条件交渉してデビューするという流れだった。
回転木馬 / 山口百恵 1972スター誕生より
主なスタ誕出身者は、森昌子、桜田淳子、山口百恵、藤正樹、伊藤咲子、城みちる
片平なぎさ、岩崎宏美、新沼謙治、清水由貴子、ピンクレディー、石野真子
柏原芳恵、中森明菜、小泉今日子、各氏他多数と言った面々。
こうして狭き門を勝ち抜きメジャーデビューを勝ち取った面々ではあるが
あれから約半世紀近く経った今、生き残ってるって思われる人は多くはない。
名前を挙げた面々は知名度の高い人たちだが
人知れず消えていった人たちの方が遙かに多いだろう。
ジャンジャン!!