2015 新春家族旅行 (最終回) 赤穂城と大石神社 | PRAINSのブログ

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またしても・・・・・・・・・ここに1枚の古い写真がある 笑!
この写真も昭和62年(1987年)6月22日の物である
 
と、言う事ですが先日記事にした姫路城と同様に28年前に僕と大明神様は
播州赤穂にある赤穂城にも訪れていたんですよね
 
僕の記憶では1987年当時、山陽自動車道はまだ開通されていなかったと思う
だから28年前の城巡りデートは6月21日日曜日に中国自動車道大阪入りした
 
当日大阪城を見学して神戸に宿泊したような記憶があるのですが・・・
翌日22日月曜日に一般道を走り継いで姫路城~赤穂城~岡山城と城見学をしながら呉に帰った
 
ちなみにその頃の愛車はトマトレッドの日産Be-1だった
1000ccのBe-1でよく走った物だと自分でも感心しますよ
現代の軽自動車よりBe-1は遙かにパワーもなく遅かったですからね~
 
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先に訪れた姫路城は28年前と比べて城郭を取り囲む景色こそ変わってはいましたが
さすがにお城自体は世界遺産でもあり国宝であるが故当時の風情その物だった
 
しかし赤穂城に来てみて僕は驚いた、当時の面影がまったくない
28年前は写真トップの大手隅櫓大手門しか城郭建築物はなかったように思う
 
しかし今回赤穂城に行ってみると本丸表門、:高麗門(二の門)、奥:櫓門(一の門)が出来てるじゃないか
帰って調べてみると1996年(平成8年)再建されたそうで
平成11年のNHK大河ドラマ「元禄繚乱」の撮影にも使われたという事だ
 
ちなみに赤穂城も先日の明石城同様にもともと天守閣はなかったんですよね
天守を建てる計画はあったそうですが藩の財政難で実現しなかったそうです
天守を建てる予定だった場所には明石城同様に石垣だけは積まれています
 
今回は残念ながらタイムアップで場内見学は出来なかったが
本丸表門で写真を撮っていると近くから笙(しょう)の音が聞こえてきた
どこから笙の音色が聞こえてきたのかと言うと・・・
 
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播州赤穂と言えば浅野家、浅野家と言えば忠臣蔵、忠臣蔵と言えば大石内蔵助
そう!赤穂城内には忠臣蔵の主役である大石内蔵助を祀った大石神社があるんですよね
 
とうぜん僕達は28年前にも大石神社に参拝していますが
こちらも当時と大きく景色が変わってる
 
大石神社本殿に続く石畳の両サイドに赤穂浪士四十七士の石像が立っているではないか
28年前にはこんな石像なんてなかったぞ
 
で、神社の人に尋ねると平成11年に立てられたという事でしたね
 
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浅野家の筆頭家老だった大石内蔵助
主君の仇を討つために四十七士を指揮して吉良上野介の首を上げるんですよね
 
仇討ちを義挙とする世論の中で幕閣は助命か死罪かで揺れたが
天下の法を曲げる事はできないとの意見を容れ将軍綱吉は陪臣としては異例の
上使を遣わせた上での切腹を命じた
 
大石内蔵助は蟄居謹慎先だった細川家で切腹辞世の句
 
「あら楽し 思ひは晴るる 身は捨つる 浮世の月に かかる雲なし」
 
内蔵助の最後の時の心境がよく表れていますよね
 
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赤穂浪士四十七士の中で最年少だった大石内蔵助の嫡男「大石主税」
 
主税は主君浅野内匠頭長矩が江戸城松の廊下で吉良上野介刃傷に及び
切腹を命じられたときはまだ14歳で元服前だった
 
吉良邸に討ち入り松平家において切腹した時でさえ16歳だった
 
いや~時代性とはいえ現代の16歳とは大違いですぞ
昨今世間を騒がせた19歳のつまようじ少年に爪の垢でも煎じて飲ましてやりたいですな~ 笑!
 
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神社本殿の周りには赤穂浪士討ち入りの経緯が順に絵と説明文で紹介されています
 
この場面は内蔵助の合図で四十七士が吉良邸に討ち入った時の様子ですね
主君の仇の吉良上野介は墨蔵に隠れていたんですよね~
 
まあ僕は見てないので真意はわかりませんが・・・ 笑!
 
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吉良上野介の首を挙げた赤穂浪士四十七士は主君浅野内匠頭長矩が眠る
高輪泉岳寺の墓前に吉良の首を差出し敵討ちの報告をします
 
忠義・・・今では死語になったのか・・・
 
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28年前に義士宝物殿の前にあった大石神社参拝記念の看板は・・・
 
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現在はこんな太鼓になってましたぞ!
 
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更にはお約束の顔出しボードは・・・
 
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絵のタッチや細かいディティールは変わってましたが絵柄は当時と同じでしたね~ 笑!
 
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しかし日本人は「忠臣蔵」が好きな人が多いですよね~
毎年12月になると忠臣蔵が放映されますからね~
 
ま、映画やドラマで描かれる忠臣蔵がどこまで真実なのかはわかりませんが
物語のテーマになってる忠義、「義」に人々は感動し惹かれるんでしょうな~
 
ちなみに今年は赤穂浪士討ち入りから400周年と言う事だそうですぞ 笑!
 
 
 
 
大石神社を出る頃には時計の針は5時半近くになり辺りはすっかり暗くなり始めてた
そして僕達は山陽自動車道に乗って呉に無事帰還したのであります
 
と、言う事で「2015 新春家族旅行」これにてお開きにさせて頂きます
長らくのご清聴ありがとうございました!ジャンジャン!!