クロはぼくのいぬ
クロは ぼくのいぬ
もう ずいぶん としを とっているけれど
ぼくのうちの だいじないぬ。
まいあさ おじいちゃんと いっしょに
ぼくを ようちえんまで おくってきてくれるんだ。
クロは おとうさんが 6年生のとき、こうえんから ひろってきた。
うまれたばかりの クロは 小さな箱にいれられて
つつじの木のしたに おいてあったんだって。
その日が おとうさんの たんじょう日だったから
クロも その日を たんじょう日にして。
たんじょう日は おとうさんと いっしょ、5月25日。
クロが うちの子に なったころ
おじいちゃんは しごとが いそがしくて
しゅっちょうばかりが つづいたんだって。
「 クロと いっぱい 遊べたから 寂しくなかったのさ 」
おとうさんは、いまでも クロとじゃれあって よく あそぶ。
ぼくが うまれたとき
おかあさんが ぼくを だっこして
「 クロ、だいすけよ、なかよくしてね 」
そういって あいさつをしたらね、クロは
「 ウー 」 って こたえながら、しっぽをパタパタさせて
よろこんでくれたんだって。
クロは あかちゃんことばも つうじて
「 アー 」 「 ウー 」って、ぼくと クロは
いっぱい おしゃべり できたのさ。
クロのそばで ひるねをすると
よく ねむったんだって。
いまでも、おかあさんに しかられると
ぼくは クロに いいつけるんだ。
「 だってさ、ぼくはさ…」
「 そうか そうか 」って
クロは やさしく きいてくれるよ。
「 だいちゃんのクロ、おいぼれだね。毛がぬけて きたないよ」
なかよしのたっちゃんまで、そんなことを いうんだ。
「 きたなくなんか ないよ。としを とっただけだろ」
ぼくは、たっちゃんに いいかえしてやる。
きょうは、おとうさんと クロの たんじょう日。
パーティーは、にわの カキの木のしたに
ござを しいて はじめられた。
おちた 小さなカキのみを くびかざりにして
おとうさんと クロに プレゼントした。
おばあちゃんと ぼくで つくった、あおいくびかざり。
おとうさんは 31さい。 クロは 20さい。
いぬの 20さいって、にんげんのとしだと
100さいに ちかいほど としよりなんだって。
「 クロも しらがが ふえちゃったね 」
おばあちゃんは、しらがの めだつ クロのせなかを さすりながら、いう。
クロが きゅうに ふけこんできたのは
たんじょう日を すぎたころからだ。
「 クロ、こい 」
ぼくが よんでも はしってきて くれなくなったし
さんぽにだって いきたがらない。 うつらうつらと
ひるも よるも いねむりをするばっかり。
よる おそくなってから、
クロが にわから さびしそうに よんでいる。
おとうさんが にわへ おりて だっこしてやって
リードも はずして、ねかしてやったのだった。
あさ おきたら クロが いないんだもの。
あんなに よわっていた クロが、
かきねを くぐりぬけて
どこかへ いってしまうなんて。
しんぱいだ。
わるいことばかりが うかんで。
うちじゅうで さがしに はしった。
クロは どこにもいなかった。
どこへ いってしまったんだ。
クロの いない いえも にわも ただ がらんとして。
いきを とめてしまっている。
クロ、かえってきておくれ。
クロー。
ひるを すぎてから、クロは しらないおねえちゃんに
つれられて かえってきた。
よろよろと あるいているところを みつけて、
ひとばん かいほうして。
ほけんじょに といあわせて
つれてきてくれたんだって。
「 おねえちゃん ありがとう 」
「 クロ、よく かえってきてくれたね 」
「 クロ、どこへ いきたかったんだ 」
うちのなかで ねむってばかりの クロ。
もう いっしょに あそぶこともない クロ。
それでも、クロが うちにいるだけで うれしい。
「 クロ 」 って よぶと、
ゆっくり 目を あけてくれるだけでいい。
だって、クロは ぼくのいぬだもの。
ぼくのうちの だいじな だいじな クロだもの。
忘れない夜
シルクが帰ってきた
救急病院につれてった日は「今日がやまです」といわれた。
次の日、酸素室の中で息を荒くする彼女に
「気力で生きてる感じですね」と言われた。
その次の日、水を飲み始めた彼女に
「何で生きているのかわからない」と言われた。
そんな絶望的な状況だった
なのに
もう一回だけでいいから生きて帰ってきてくれと
祈った願いが叶った
だいたい叶わなくて終わるような願いが叶った
震えるような思いだ
僕が感じていたことがある
「今日がやまです」と話された日
朦朧とする彼女をなでながらも
「乗り越えて回復する気がする」と感じていた
希望でもあったかもしれないけど
そう感じていた
先生は最悪な状況と話した
それは今までの経験からだったと思う
でも僕が感じていたこと
先生には感じなかったこと
それは彼女との心のつながりな気がする
撫でる手から見る目から伝わった心が
シルクの意識をつなげ
時間が体を回復させたような気がする
思い込みかもしれない
でもよく帰ってきてくれた
こんなに嬉しいことはない
嬉しくて涙が出たのは
五年ぶりだろうか
またゴロゴロいってくれてる
今晩にいちゃんも帰ってくる
こんなに嬉しい夜はない
シルクが死にそう
18時くらいから鳴き出して
19時くらいから息が荒くなったらしい
仕事を投げ捨てて帰れたのは21時
もう力が抜けて視点が合ってなかった
背中が冷たくなっていた
反応もない
おい!帰ってきたよ!元気だせ!
冷たくなるのが許せず
全体をさする
よだれがでる 瞳孔がひらく
もうだめ?このまま看取る?
まだダメ。もうちょっと待って。
救急病院につれて行くのに
抱えて車に走った
頑張れ 頑張れ 頑張れ
シルクが家に来たのは4年生の時
今から15年前
小さいふわふわの可愛い子猫
触ったことの無いような気持ちいい毛触りで
10歳の自分の中で
気持ちいい=シルク
で即名前決定。兄弟の反対にも譲らなかった。
気が強くて昔はろくに抱っこもさせてくれなかった
でも夜中になったらゴロゴロ言いながら
布団に入ってくる 可愛くてしかたなかった
でも朝になったら布団にはいなくて
離れたところで すまし顔
そんなシルクが大好きだった
歳をとってきて下半身不随の怪我をしてからは
甘えん坊になった
動かない足をヒクヒクしながら
なでて なでてとくる
頭も痒かっただろうに
でもオシメがにおうシルクを少しだけ避けてたのかな
あんなにゴロゴロいってたのに
ひどいことをしたなと思う
ベッドがしっこでぬれても
もっと乗せて 一緒に寝てやればよかった
シルクの一生が終わるかもしれない
生まれ変わりなんてなかったら
かけがえの無いシルクの一生
なにを思ってる
楽しかった思い出はあるか
満足を感じているか
ゴロゴロいうようになってくれたシルクを
もっとゴロゴロいわしてやれば良かった
病院で酸素マスクをして
血糖値をあげて点滴をしている
ぐったりはしているが
視点が少し合ってきた
マスクを嫌がって外した
仕事を投げ捨てて帰って良かった
タクシーでぶっ飛ばして良かった
病院へ走って良かった
まだシルクは生きてる
少しでも意思の疎通が出来る
亡くして気づく大馬鹿者になるとこだったが
亡くしそうになって気づく大馬鹿者で何とか済んだ
今日は徹夜で看病
明日は仕事を倍しないと やばい
岐阜の兄ちゃんも会いたがってる
来週帰るといってる
もうちょっと頑張ってくれ
もういっかいゴロゴロいってくれ
毎日一緒に寝よう
嬉しい思い出を沢山つくろう
風と光と花と空と
毎年恒例の花見をしました。
天気にも恵まれ
花こそ時期を外しましたが(←毎年)
友と集まる事に意味を持ちます。
今年は人のいない穴場で花見だったので
BBQしました☆
肉でかすぎ!
穏やかな陽と笑い声に包まれ
幸せを感じます。
去年 こんなだった友達の愛息は
一年間 日々成長を遂げ
「 ぽくねーぷりちあがつきなんよー 」
とは
いいませんが 大きくなりました。
人の子ながら嬉しさが込みあげてきます。
先日 被災地にいって少しヘコんでいましたが
元気になりました。
平和な環境だからこそ一日一日を大切に過ごしていかなくてはならない。
仕事が出来ること、帰る家があること、家族が無事で健康でいること。
失った人々からすれば命に代えてでも取り戻したいものではないか
当たり前に過ごせる一日の幸せに感謝しなくてはならない。
そして今この瞬間も辛い生活を送っている仲間達がいることを
忘れてはいけない。
忘れられない春に命の尊さを学びました。
そういえば以前のブログから頑張って記事を写しました。
2009年のものもあるので良かったら読んでください(^ー^)















