今日は義父・母が夕方太巻きを作って持ってきてくれました。
今日は主人と母と一時間半、近況や今後の事などを
じっくり話しました。
自然に熱い思いが言葉に出ます。
そして義母は言ってくれました。
「ぴんたろうちゃんのおかげで
はせきっずは頑張れるわ。
本当にありがとう!」と。
強い思いの感謝の言葉は実は二回目です。
最初は主人が1年間原因不明で精神薬を飲まされ
寝たきりだった時に、やっと原因がわかり
進行性難病でとてもつらい病気だと知らされた時。
「子供もいるし、ぴんたろうちゃんもまだ若い。
はせきっずのせいでつらい暮らしになってしまう。
これからの人生の事を考えたらこのまま結婚しているのが
本当に良いのかわからないから、判断は任せるわ。」
と、母から言われました。
私は迷わず、
「一緒に頑張ります!」
と伝えました。
「本当にそれで良いの?でもありがとう。」
と泣きながら言ってくれました。
そして今、一生懸命主人を支え、励まし、
夫婦で新しい人生を歩いていく為、
起業をしようと頑張っているのを認めてくれた事、
本当に嬉しく思いました。
人間って認められたら、頑張れますよね。
本当にありがたいです。
今日は長くなりますが、主人が病気になった時の事を
書こうと思います。
平成18年10月、次女が産まれて二ヶ月経って
私は伊東の実家から主人の待つ三島のアパートに
戻りました。
会社で大変な問題が起こり、それを主人が対応しなくてはならず
かなりのストレスを抱えていて見てる私もつらかったです。
数日経って、主人が何だか体調がおかしいと言うので
総合病院に検査に行きましたが悪いところは見つかりませんでした。
そしてまた数日後。
平日の午後にフラフラしながら帰って来ました。
ろれつが回らず、足もガクガクするというのです。
総合病院にそのまま行っても受診時間には
もう間に合いません。
でも、やっぱり診てもらわなくてはいけないし・・・
迷いましたが、救急車を呼び、
私は3歳の長女と2ヶ月の次女を連れて救急車に乗り
ある大学病院に一緒に行きました。
結局、検査結果は異常なし。
ストレスは無いか?と聞かれ、
かなりのストレスを抱えて仕事をしている事を伝えると
明日精神科を受診するようにと言われました。
その日は元気に歩く事ができた主人は
慌てて連絡した義父、母と義弟家族と一緒に
自宅に帰る前にファミレスで夕食を食べました。
翌日、精神科での診察の結果、
”身体表現性障害”と診断され、精神的なものだと
言われました。
その日から、凄く強い精神薬を飲まされ、
みるみるうちに歩けなくなってしまいました。
目はまわる、炎の中にいる幻覚は見る、
食べたら吐く、トイレにも行けず・・・
結局私だけでは主人の面倒を見る事は出来なくなり、
主人の実家の伊豆高原で子供たちと一緒に
生活することになりました。
主人は人が変わったようになりました。
とても穏やかな性格なのに、
発狂して襲い掛かってこようとして
殴りかかったり、奇声を発したり。
まだまだ生後二ヶ月でお乳もあげているので
夜中に次女は何度も起きて泣きます。
おっぱいを飲ませ、産後鬱と、主人の事が重なり
毎日、毎日、毎日、ずっと泣いて過ごしました。
精神科の先生は、
「薬のせいで主人がおかしくなったんじゃない」
の一点張り。
しかも、”甘やかしてはいけない”という
精神テストの結果が出ていると言われました。
病院を変わろうという意見が家族から出ましたが
本人はどうしても他の病院には行きたくないと言うので
連れて行くことができませんでした。
薬の種類を変えると少し落ち着きましたが
やっぱりかなりふらつくので歩く事は出来ませんでした。
実家での生活は私にとっては良いものではありませんでした。
長女の幼稚園が始まるのをキッカケに
三島のアパートに戻り、家族4人での生活になりました。
実際、私の負担はかなりありました。
病気は精神的なものとされていたので、
ヘルパーさんなどの手助けも受けられず
二人の子供の世話の一方で
主人の尿瓶の世話、体を拭いたり、寝返りさせたり、
ご飯を食べさせたり。
布団に移動する時は、手を持って
引きずって移動させていました。
月に一回義両親が来て、二階のアパートの部屋から
主人に肩をかして下ろし、病院に通いました。
そんな事を1年続けて、
精神科の先生が転勤になり、
新しい先生にお願いしてもう一度検査をして
今の病気と診断されました。
その時から、強い精神薬をスパッと切られたので
主人はかなりの絶望感に襲われました。
毎日、「死にたい」と言い、
2階のベランダから飛び降りようと
這っていった事もありました。
「古い実家を建て直して私の実家(伊東)に帰ろう」
そう決めて、完成するまで、
会社に在籍させてもらいました。
伊東に帰ると決めたので、
南伊東にあるリハビリ施設に相談に行き、
三島でも在宅リハビリが受けられるようになりました。
そこに来てくれた、天使の笑顔の理学療法士さん。
(男性なんですけどね・・)
本当に、私の相談に乗ってくれたり、
主人に笑顔で明るく接してくださり、
この方のおかげで、主人も少しずつ変わってきました。
発病後2年、伊東の実家に帰りました。
主人はまだ精神的に落ち込んでいたので、
リハビリ施設”伊東の丘”の先生から
軽い抗うつ薬を処方してもらい、
ゆっくり前向きにもっていけるように導いてくださいました。
そして今はすっかり薬も止められ、
夫婦で起業しようという所まで
モチベーションをあげることが出来ました。
今よりつらい日々があったから、
私も今が頑張れます。
主人の病気は”1リットルの涙”のドラマなどでお馴染みの
進行性難病です。
まだ治療方法が見つかっていないので
進行度合いは様々ですが、
つらい未来が待っていると言われています。
でも、一度死を考えた者は強いです。
それを受け入れて一緒に生きていこうと決めた私も強いです。
だから、些細な事があっても乗り越えられます。
人生が一度しかなく、
自分の体が動くのがあとどのくらいか考えたとき、
本当に”今”という時間が大事に出来るのです。
はっきり言って、つらい状況ですが、
私はそれを良かったと思えるように発想の転換をしていきます。
だって、現実はあまりにつらいのですから・・・
今を大事に生きる事、
臆してやらなかった事にチャレンジしてみようと思う事、
そういう状況に気づかせてくれた
主人の病気には感謝しています。
治療法がきっと見つかり、
主人が歩いたり、走ったりできるようになる日が来る事を
本当に信じます。
なんでかわからないけど、
これ書きながら涙が出てきました。
人それぞれ、色んな人生があると思います。
私たちはきっと神様に選ばれた人間だから、
同じ状況にある人の為にも頑張っている姿を見せて、
元気になってもらわなくてはいけないと思っています。
さあ、明日からも前向いて頑張ろう!