みなさま、こんにちは!


いつもありがとうございます、

ひろかわかよこです。



あたらしい生活がはじまりましたね。


はじめてのことが続く春。

この季節はとくに、自分が自分を裁かないこと、萎縮させないことを意識してみてほしいとおもいます。

きちんとできなくてもいい
上手くいかなくてもいい。

大丈夫、大丈夫。

認められたい、は生きている証。

承認欲求は悪ではないよ。


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承認欲求モンスター。そんな言葉があるくらい、承認欲求があまりよくないものとして扱われている風潮にどこか違和感があった。

承認欲求とは他者からの注目や評価を過剰に求める欲とされ、自己肯定感の低さの表れとされたり、SNSの普及による他者との比較に縛られる現代的な心理状態を示すともいわれたり。

分かる、分かるが、待って待って、ともおもう。承認を求める欲とは他者とともに社会で生きる以上、自然に発生する欲ではないか。

手をぱちぱち叩くと周囲が喜ぶことを学習した赤ちゃんは、どうだと言わんばかりの表情で手を叩く。何度もトライしてできるようになったでんぐり返しを、子どもは、みてみて!と誇らしげに披露する。

こんなふうに、承認してほしい欲、認められたいという気持ちは、幼い子どもでも発生するものだし、生き物としての自然な欲求なのではと、わたしは捉える。

人は本能的につながりを求める存在だ。わたしたちは誰かに見てもらえること、周囲に認められることで、確認したり共感しあったり、安心することができる。

これは空腹を感じることと同じくらい自然な本能だ。

承認欲をNGな欲と見なす風潮はわたしたちをなんだか窮屈にしているようにおもうし、また、承認欲を精神的な幼さの表れなどと結びつけることも、どこかすこし乱暴な気もする。

承認されたい欲が過度に高まることは確かにやっかいかもしれない。けれど、認められたい欲そのものは悪ではない。

承認欲は自然欲求として健康的に扱っていけるといいし、その扱いにあたっては、以下4つの視点を提案してみたいとおもうのです。

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1. 自分を知るヒントにする

- どんなことを認められたらうれしいか 
- 誰に認められたらうれしいか 
- どんな認められ方がうれしいか 

これを観察することで、自分という人間の輪郭が掴めるようになる。承認欲求は自分の価値観や大切にしているものを映し出す鏡でもある。

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2.「誰に」認められたいかを選ぶ

全員に認められようとするとじわじわと消耗していく。自分はいま、誰の承認を欲しているのか。その対象を自分で選び決める。

- 自分が大切にしている人や社会
- 尊敬している人や社会
- 価値観が合う仲間

など、承認の対象を選ぶことで自分の人生の軸や優先順位が明確になる。 

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3.承認欲求を行動のエネルギーにする

認められたい、ゆえに、学びたい、挑戦したい、表現したい、誰かの役に立ちたい、などの行動につながることもある。

認められたい欲は原動力になる。欲をどの方向へ流すかを選ぶことで、承認欲求は人生を動かす力になる。

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4.承認の拠り所を分散させる

外側からの承認だけにウェイトを置くのではなく「自分が自分を認める」という内側からの承認を育てていく。

自分のちいさな達成を自分で拾い上げ、自分に、いいね!と言ってあげる。

他者承認と自己承認の両輪を持つことで外からの評価に振り回されにくい自分を育てる。

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認められたい欲とは「生きている証」のようなものともいえるのかもしれなくて

誰かに下の名前で呼ばれてほっとする、そんなちいさな瞬間にも承認欲求は宿っている。

認められたいという欲を、生きているからこそ生まれる自然な欲として受け入れ、やさしく扱っていけるといい。

春のあたらしいリズムのなかで、承認欲求が強い自分と出会ってなんだか疲れちゃったな、とおもったら、ゆっくり深呼吸をしてみよう。

毎晩反省はあるかもしれない。けれど自分を責める必要はどこにもない。

誰もあなたを怒っていない。だからあなたもあなたを怒らないであげて欲しいし、あるいは、誰かがあなたを怒ったかもしれないけれど、あなたはあなたを怒らないであげて欲しい。わたしは切にそう願う。

はじめてばかりが続く春は、自分が自分を裁かないこと、萎縮させないことをしてみてほしい。

きちんとできなくてもいい
上手くいかなくてもいい。

大丈夫、大丈夫。

認められたい、は生きている証。

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