日本社会では一般的に、
「子どもは純真無垢な存在」
ということになっています。

「純真な子どもたちが何故」・・・・」
「現代の子ども達にどのような闇が・・・」

子どもによるいじめ自殺や、子どもによる凶悪犯罪が発生すると、決まってこのような声が聞こえてきます。

私自身は、このような声を聴くと非常に嫌な気分になります。幼少期からいじめられっ子だった私は、子どもにも他人を痛めつけて快感を得るという負の一面があることが分かっているからです。
子どもだって人間である以上悪の一面も持ち合わせているのが当たり前です。
よく、学校の授業では、
「いじめはいけないことなんだ。」
「いじめられた人はこんなにも傷つくんだ。」
ということを教えていますが、いじめの防止のためには役立ってないでしょう。
いじめっ子は、傷つくというのが分かったうえで、相手が困ったり傷ついたりするのが面白くてやってるからです。

ところが、世の中にはそれが分かっていない人が多い。大学のゼミでいじめの話題になった時、ある学生が
「純粋な子ども達がいつごろからこんな酷いことをやるようになってしまうのでしょう。」
と発言しました。
「この人は分かってないな。」
と思いました。保育所時代からいじめられていた私としては、生まれたときから人間は悪の一面を持っているものだとしか思えないからです。

子どもが純真無垢ではないということは過去の統計や実験の結果によって分かっています。
大人と子どもでは子どもの方が嘘つきです。
子ども方が
「怒られたくない」
という理由で嘘をつくことが多いです。
痴漢の冤罪事件では、大人よりも女子高生の方が嘘をついている可能性は高いそうです。

でも世間一般では、
「子どもは善人である。」
というイメージを持たれています。
性犯罪に関しては、ただでさえ被害者(と名乗り出ている人)の意見が信用されやすいですし、発言者が大人でなく女子中高生ならなおさらです。

以前、27歳の男性が13歳の女の子を強姦したとされた裁判で無罪判決が出ました。
その時、
「絶対に有罪に決まってる。」
と思った人たちが憤慨していました。
その時のコメントを見ると、
「被害者が13歳の少女である」ことを有罪の根拠にしているように見えました。
去年発覚した大阪の強姦冤罪事件も
「14歳の少女がうそをつくことは考えにくい」
という理由で有罪判決を出されていました。
実際は、被害そのものがでっちあげであったと自称被害者も後に認めたわけですが・・・・・。

少年犯罪の凶悪化が叫ばれるのも
「子どもは純真無垢な存在だ」
      ↓
「本来殺人なんてやるはずがない」
      ↓
「今の子どもはおかしくなっている」

という感じにあんっているのだと思います。実際はそんなことは無かったことは、

戦前の少年犯罪/築地書館

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を見ればわかります。

実際には、子どもの方が大人よりも殺人は犯しやすいです。子どもの方が感情の抑えが効かない分、思いがけない行動に出ることがあります。
戦前の少年犯罪で紹介されている事例にも、村自慢で喧嘩になって相手を刺殺した、という事件がありました。

子どもは純真無垢な存在であるという幻想をすぐに捨てましょう。



「か弱き、純真な子ども」という神話 (中公新書ラクレ)/中央公論新社

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会社の目的は利益を追求することにあるとされています。
しかし、中には利益追求に走るあまり従業員を酷使する会社もあります。
従業員を酷使することによって、会社は急成長できる場合もあります。
しかし、従業員が酷使されている会社だと、当然社内の空気もギスギスしたものになりますし、しまいには従業員にも愛想をつかされて経営者自らが困ることにもなりかねません。

今、すき屋やワタミが人手不足の影響で数多くの店舗がつぶれています。
元々この二つは、従業員を酷使する会社として有名でした。社員にもなるとかなりの長時間労働かつ薄給で働かせる会社でした。ワタミには、凄まじい遺書を残して自殺をした元社員がいました。すき屋は危険なワンオペ体制を人件費削減のために続けさせていました。
そしてしまいには従業員から愛想をつかされて多くの店舗が閉鎖においこまれることになりました。

多分、会社の立て直しは簡単にはいかないでしょう。世間では二つともかなりのブラック企業として認知されてますし、会社の体制を根本的に改める必要があるのではないでしょうか?

最近話題になっている本があります。


日本でいちばん大切にしたい会社/あさ出版

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著者の坂本光司さんは、大学の経営学の教授です。坂本さんが多くの企業のフィールドワークを行ったところ、業績のいい会社にはある共通点がありました。
それは、
従業員を大切にしているということ。」
です。
障害者を積極的に採用し戦力として育てている企業、人を工程に合わせるのではなく、工程を人に合わせる企業、従業員に十分な休暇を与える企業、そんな企業は、従業員のモチベーションが高く、業績もいいそうです。

現代の会社は、利益追求第一になってしまっているところが多いです。利益をあげて株主を満足させることが目的となっている例が多いです。
そういった会社では、徹底したコストカットがされることになり、従業員が薄給で長時間労働させられることになることが多いです。
すき屋にしろ和民にしろ、徹底した人件費削減が図られ、正社員は一店舗にごくわずか(すき屋にいたっては、店長ですら契約社員)で、その正社員も薄給でほぼ休みなく働かされていました。
そのようにして従業員を酷使した会社は、一時的には多大な利益を挙げ、業績は好調となります。しかし、酷使された従業員は当然会社に不満を持つことになります。その結果従業員のモチベーションは下がり、ひいては大量離職から始まる人手不足につながることになり、結果として業績がどんどん悪化していくことになります。


http://www.tm2501.com/entry/2014/03/23/213134
こちらの記事によると、すき屋の場合、普通の飲食店でいうエリアマネージャーのレベルにならないと正社員はいなくて、現場のスタッフはバイトか契約社員だそうです。
これも人件費を極力切り詰めた結果でしょうが、契約社員は正社員程の身分保障が無いので、会社をやめることにあまり抵抗感がありません。その結果、大量離職におつながりました。
北海道の「柳月」では、正社員の割合が7割とかなり高くなっています。それが従業員のモチベーションを高めることにもつながっているようです。

坂本さんの本には、私自身の体験に照らしても納得できることがありました。
私は以前、あるスーパーでバイトをしていたことがりました。正直いってそこの会社は社風がよくありませんでした。
本部にいる幹部達は厳しい人ばかりで、「あれをやれ、これをやれ」という感じで現場の社員に命令を出して、それができていないようだと厳しくしかりつけます。
その結果として現場の社員(特に店舗の責任者である店長)はすごくストレスをためます。そして、ためたストレスをパートやバイトにぶつけ、その結果パートやバイトが次々にやめていく。
そういった悪循環が出来上がっていました。
今はまだなんとかなっているものの、将来的にはすき屋や和民と同じ運命になるのではないかと思っています。

世の多くの経営者は、坂本さんの本を読んで、考えを改めるべきではないかと思います。




私自身は現在資格の勉強をしています。
そこで、今まで使用した本のなかでお勧めの本を紹介していきたいと思います。

今回は経済学の本を紹介したいと思います。
それは、石川秀樹先生の「経済学入門塾」シリーズです。

経済学の教科書はかなりわかりづらくできています。記号や数字がやたら多かったり、端折られているところがあったり、初心者にはかなり不親切な仕様です。

石川先生の本は、数字や記号を極力使わずに、かつ普通の本であれば端折られているところまでかなり丁寧に説明してくれているので、とても分かりやすいです。

これだけあればあらゆる試験対策には十分だと思います。
試験攻略新経済学入門塾 1 マクロ編 (1)/中央経済社

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なお、上記の本では分量が多すぎるという方には速習コースがお勧めです。


速習!マクロ経済学―試験攻略入門塾/中央経済社

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youtubeでは速習用の本を使った無料授業がアップロードされています。下手な予備校の講座を金をかけてうけるよりはよっぽど参考になると思われます。







最近こそ、若者の「タバコ離れ」が叫ばれているものの、まだ喫煙者は一定数います。
成人が喫煙するのは構いませんが、問題となるのは未成年も喫煙していることです。

中学校や高校では、タバコの害悪について授業で説明したりしています。
でも、これは多分効果が無い方法です。
中学生や高校生は思春期で反抗期まっさかりの時期です。
「タバコを吸うのはいけないことなんだ。」
「タバコというのはとても健康に悪いことなんだ。」
と大人が言い聞かせたところで素直にやめるわけがありません。
(素直に従う子は最初から喫煙をしていません。

一番手っ取り早いのは、
タバコに対するイメージを悪化させることです。
と、子どもたちに思わせることです。
子どもたちが喫煙をするのは、
「タバコを吸うのがかっこいい」
と思っているからです。
思春期の子供たちにとって、かっこいいか、かっこよくないかはかなり重要な判断基準です。
昔はタバコのCMにかっこいい俳優の喫煙シーンが流れていて、それが原因で多くの人が喫煙をするようになったと聞いています。

ではどうやって「タバコはダサい」と思わせるのか、
その具体的な方法は、
ブサイクなオタク風の人が喫煙するポスターを大量生産すること
だと思います。(タバコのCMは今は流せないので、CM案は無しということにしました。)

ブサイクなオタクがタバコを吸うポスターが大量に張られる→タバコに対するイメージダウン(少なくともかっこいいものではなくなる。)→喫煙者減少

上手くいけばこんな感じになると思います。

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には、こんなことが書いてありました。
「日本人の多くがタバコを吸うのは、日本でタバコを吸うことは男らしい行為だと思われているからだ。今、カープのベテランスターである山本浩二がタバコを吸うポスターが張られている。浩二ファンの子どもたちは将来タバコを吸うようになるだろう。」
昔はこのようにして「タバコはかっこいいもの」というイメージが作られていきました。
今度はそれを逆手にとって、「タバコはダサいもの」というイメージを作らなければいけません。

もう一つの方法は、
凶悪犯罪者で同じポスターを作ること
だと考えています。
その昔、ある凶悪犯罪者が、逮捕された時に全裸の状態でした。そこで警察は、凶悪犯罪者にブリーフを穿かせました。そして、その犯罪者がブリーフを穿いた写真が新聞や週刊誌に印刷され、その結果ブリーフに対する印象が悪くなってブリーフを穿く人が激減しました。
同じことをもう一度やってみるがいいのではないかと思います。世間に迷惑をかけた凶悪犯罪者には、それくらいのことをやってもらっても何の問題もないでしょう。迷惑をかけた分社会にきっちりと貢献をしてもらうべきです。



喫煙と禁煙の健康経済学 - タバコが明かす人間の本性 (中公新書ラクレ)/中央公論新社

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これからは男女平等の時代の時代を目指さなければいけないとされています。
「女のくせに」
「女らしく○○しなさい」
と発言をしようものなら集中砲火を浴びてしまいます。
実際、私の学生時代を振り返ってみても、「女のくせに」という発言はほぼ聞かれませんでした。

しかし、その一方で「男のくせに」という言葉は頻繁に使われます。
「男らしくない」
「男のくせに泣くなんて・・・・・」
という言葉を使う同級生はたくさんいました。(男女問わず)

メディア等を見ても状況は変わりません。
「草食系男子」という言葉はかなり批判的な意味でつかわれることが多いです。
「草食系男子」を批判することは、「男は男らしくないとダメだ」といってるのと同じであって、男女平等とかなり矛盾しているような気がします。
フリーターやニートやワープア等についても男の方が問題視されている印象を受けます。女については家事手伝い等の言い訳ができてしまうのが現状です。


この差は何によってもたらされるのか、その疑問に答えてくれたのがこの本です。
男女平等への道/明窓出版

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一般的に言うと、「男らしくない人」というのは、気が弱い人や内向的な人のことを意味することが多いです。
こういう人達は、他人が自分を批判しても言い返すことができません。そして、こういった性格の人達は社会的な地位が高くないことが多いため、メディアで反論の機会を与えられることもまずありません。
一方「女らしくない人」というのは気が強い人が多いです。こういう人達は、自分が不快だと思った言動については反論できますし、社会的な地位も高いことが多いです。
そうした結果、「女らしさ」を要求すると批判されるけど、「男らしさ」を要求しても批判はされにくいという状況になっています。

もし、本当に男女平等の社会にしたいのであれば、「男らしくない」という言葉、男らしくない男に対する批判(草食系男子の批判等)等もとりしまらないといけないのではないかと思います。
男女平等がいつまでたっても実現できないのは、案外ここらへんに原因があるのかもしれません。
男が働かない、いいじゃないか! (講談社+α新書)/講談社

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「海外では、(私は無宗教です)というと白い目で見られる。」
日本人の多くは、この説を聞いたことがあると思います。
そして、多くの日本人はこのように思っています。
「日本人と違って、海外の人は信仰熱心なんだ。」
それは大間違いです。

昔、ある統計で世界の無神論者の割合というものが載っていました。
日本はかなり上位ではありましたが、一位ではありませんでした。スウェーデンやノルウェー等の北欧諸国が上位に名を連ねていました。

中東というと、すごく熱心なイスラム教徒ばかり、というイメージを持つ方もいると思います。
でも実際のところは、結構いい加減な人も多いらしく、宗教上の儀式を中途半端に済ませてしまったり、戒律では禁止されているはずななのに豚肉を食べたり.......。
実際のところ、信仰熱心なイスラム教徒も全体から見たらほんの一部なのかもしれません。

欧米でも状況はあまり変わりません。知人の話によると、現代のイギリスでは、誰も日曜日に教会に行ったりはしないんだとか。
「死後の世界?そんなもの存在するわけないだろ。」と発言した物理学者もイギリス人でしたし、無神論者バスキャンペーンが行われたのもこの国です。無宗教の人だって受け入れてもらえるでしょう。
住んでみたヨーロッパ 9勝1敗で日本の勝ち (講談社+α新書)/講談社

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によると、ドイツでもその状況は変わらないらしく、葬式と結婚式しか教会のお世話にならなにという人も多いようです。
フランスでも、教会に訪れる人が激減していて、教会の維持が危機的な状態になっているようです。

海外に行ったとき、「私は仏教徒です。」と無理して言う必要もないのかもしれません。
宗教消滅 資本主義は宗教と心中する (SB新書)/SBクリエイティブ

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言ってはいけない 残酷すぎる真実 (新潮新書)/新潮社

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「人は見た目が9割」
こんな本が以前出版されました。人はなんだかんだで外見で評価されてしまう生き物です。
恋人をつくるうえでは、「外見は地方予選、中身は甲子園」なんて言われたりします。
「外見の審査をクリアしないと中身を見てもらえない」という意味です。

しかし、今回紹介する「言ってはいけない」では、もっと身もふたもないことが述べられています。
それは、
外見でその人の中身のかなりの部分を推測できる。」
ということです。

アメリカの心理学者の実験によると、卒業アルバムの写真であまり笑っていなかった人の離婚率は、満面の笑みをうかべていた人の五倍にもなるそうです。

ある学生に一分間の会話をさせて、その様子を撮影した映像を三人の被験者に音無しで視聴させたところ、三人とも学生の知性を見事に的中させました。

男性の場合、顔の横幅が広い人の方が面長の人よりも攻撃的であるというデータがあるそうです。実験を行ってみたところ、横幅が広い顔のひ人には、嘘つき、競争好き等の特徴が見られたそうです。

「人は生まれながらにして女であるわけではない。女になるのだ。」
フェミニスト達は、
「男女の性差は作られたものだ。先天的に備わっているわけではない。」
と主張しています。現代社会では、そういった意見に対する反論を述べることは非常に難しいです。

確かに、ジェンダーの中には後天的に作られたものもあります。昔の学校では生徒会長や学級委員長は男子と決まっていたそうですが、今の学校はそうではありません。というか、小学校ではむしろ逆です。
しかし、先天的に備わっているといえるものもいくつかあるそうです。

欧米でも、自然科学の分野で博士号取得をする人の90%以上は男性だそうです。ただ、分野によって違いがあり、理学や工学では95%、生物学では75%だそうです。
昔のイスラエルでは、数多くの子どもをある共同体で育てました。(キブツ)キブツでは、専門の教育を受けた保育士が男女の区別なく教育を行いました。キブツで育った子どもたちは、社会での役割を半分ずつ担うようになる予定でした
しかし、キブツで育った子どものうち、女性の7、8割は人を相手にする職業、特に保育や教育の分野に集まりました。一方男性の大半は、農作業、工場、建設等の仕事に従事していたらしいです。

やはり、男女には生まれながらにしてある程度差があるのが現状のようです。

その他、白人に比べて黒人の知能が低いといういうのは本当かもしれない等、危ないネタが満載です。

現代社会は、人権というものに関してかなりうるさくなっており、メディア等でうかつな発言はできません。
「人種間によって知能に差がある。」
「知性や犯罪傾向の多くは遺伝によって決まる。」
「男女には生まれながらにして多くの差がある。」
等の発言をしようものなら各地から集中砲火を浴びます。
しかし、こういった現代社会の風潮は、臭い物に蓋をしているだけなのかもしれません。
最近、ゼロ葬というものが増えているそうです。

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ゼロ葬というのは、その名のとおり何もやらない葬儀のこと、通夜無し、告別式無し、戒名無し、お墓なし、といった具合で、火葬のみを行うやり方のようです。

私はこのゼロ葬というものがもっと広まってもいいものだと考えています。今は不況の世の中ですし、お金に余裕が無い人も多いでしょうから。

こんなことを言うと、
「それじゃあ個人が可哀想すぎる。」
「あまりにも薄情だ。」
等という人が出てきそうです。

しかし、こういう人達に尋ねてみたい。
本当は見栄でやってるだけなんじゃないの?」

今の時代かなり信仰心というものは希薄になっています。
信仰熱心な人は変人扱いされる世の中です。
葬式にしたって、ただ儀式をこなすだけという感覚になっている人も多いのではないでしょうか?

本当はお経なんて拝んでもらったって、ちっともありがたいと思っていない。ただ、坊さんがぶつぶつ何かを呟いているのを我慢して耐えている。こんな人がほとんどではないでしょうか?
大体、今のお坊さんは結婚する、酒も飲んで肉も食べるといったかんじで仏教の戒律など全く守っていません。本来、お坊さんは戒律をきちんと守る人だからこそ、お経には人を成仏させる効果があるものということになっています。つまり、現代のお坊さんのお経には全く意味がありません。

戒名というのは、本来仏教徒になった証としてもらうものであって、死んだ時にもらうものではありません。それなのに、本来の意味をわかってないで、やたら高いお金を出して立派な戒名をつけてもらう人が多いこと。どうせ、立派な戒名つけたってほとんどの人は覚えていないのに・・・・・・。

信仰心が薄れた現代となっては、死後の世界なんて真面目に信じてる人はかなり少数なのではないでしょうか?
どんなに丁寧に葬ってもらったとしても、故人は何も感じない
というとが分かっている人もかなり多いのではないでしょうか?
それなのに、
「何となく昔からの風習を続けている」
「立派な葬式にしないと世間体が・・・・」
という理由で立派な葬式を行っている人が多いのでないかと推測しています。

お墓については見栄で立派なものを作るのは本当にやめた方がいいと思います。

現在、日本各地で無縁墓地の問題が発生しています。少子高齢化の影響もあって、墓守がいない墓が増加し、それらの墓が放置されて大変なことになっています。
ろくに考えもしないで立派な墓を作ることは周りの人にとっても迷惑です。
よく経済学は机上の空論と言われます。
私はそういう説について今まで半信半疑の状態でした。
何せ今まで経済学の勉強をしたことが無かったので結論の出しようが無かったわけです。
そして、今は資格取得のために必要なため、経済学の勉強を進めてみました。
その結果、少なくともある分野については完全に机上の空論であると確信するに至りました。

それは企業の生産量決定の理論です。以下、なぜ机上の空論といえるのかの説明をしたいと思います。

その前に予備知識の説明をしたいと思います。経済学の世界では限界費用や限界収入という概念が出てきます。限界費用とは、物を一単位追加で採算した時にかかる費用のこと、限界収入とは物を一単位追加で生産した時に追加で得られる収入のことです。

具体例を出して説明します。A社という自動車を生産している企業があったとします。今まで生産した自動車が10台であったとします。そして、追加で11台目を生産して追加でかかった費用が100万円、そして追加で得られた収入が150万円だったとします。
この場合、限界費用は100万円、限界収入は150万円ということになります。
何故、限界収入と限界費用という概念を持ち出すかというと、この二つが生産量決定のうえで重大な要素になるからです。

そして、完全競争市場を念頭に生産量決定の説明をしたいと思います。
完全競争市場においては,限界収入は常に一定であるとされています。なぜなら、完全競争市場では、他に物の生産を行う企業が多数あるのである企業が生産量を変更したところで、市場価格に影響を与えることはできないとされているからです。
限界費用は、ある点までは減少し続け、ある点をこえると増加し続けるという特徴を持っています。(限界費用逓増の原則)

そして、限界費用と限界収入が等しくなる点まで生産がなされることになります。
なぜなら、限界費用<限界収入のうちは、追加で生産すれば利潤が増え続けますし、限界費用=限界収入となってから増産し続けると、限界収入<限界費用となってしまい、増産すればするほど利潤が減少し続けるからです。
詳しくは以下の図の通りです。





しかし、この理論は完全なる机上の空論であるといえます。
この理論は現実では絶対にありえないことが前提となっているからです。

それは、
生産した物は全て売れる」というものです。
限界収入=限界費用となる生産量が200個だとしましょう。
その場合、例えば150個しか売れなかったとしたら、利潤最大となる点は150個であり、限界費用=限界収入となる点Aではないことになります。
「生産量が200個の時点で限界費用と限界収入は等しくなる。だから、利潤を最大にするために200個生産しよう」
という考えは、完全に「生産した物が全て売れる」という前提にたっています。現実として、こんな考えで生産量を決定している企業はないでしょう。

http://www.tachibana-akira.com/2015/12/7023/3
詳しくはこちらのブログに載っていますが、1950年代には、各企業にアンケートが行われて、実際に限界費用が逓増しているか調査がなされました。
そして、全1082製品のうち6割については、平均費用は生産量に応じて減少(つまり限界費用も生産量と共に減少)していた、ということでした。限界費用が逓増しているものは、全体の6%にすぎませんでした。
つまり、現実には限界費用が逓増するまで生産を続けている製品はかなり少ないということです。現代ではコンピューターや半導体等の製品も登場しているので、当時よりもかなり少なくなってきているでしょう。

現実の企業の生産活動は、
「多分この車は200台くらいは売れるから少し余分に210台生産しようか」
というように、いくら売れるかを予想して決められるものであって、
「限界収入=限界費用となる点まで生産しよう」としている例はほぼないはずです。

そして、この「生産量決定の理論」が机上の空論であるとするならば、経済学の理論のかなりの部分が机上の空論となってしまいます。

経済学の世界では、供給曲線は右上がりということになっています。
なぜ右上がりになるのかというと、個々の企業の限界費用が右上がりであり、ぞれらを合計すると右上がりになるという理由らしいです。
しかし先ほど述べたように、限界費用が逓増するまで生産をする企業はごくわずかです。ということは現実の供給曲線は右上がりの曲線にはならないわけです。


実は経済学の数多くの理論は根本的なところで既に破たんしているのではないかと思いました。


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今回からは、昔は良かったs論の嘘について何回かテーマを分けながら執筆したいと思います。

第一回目となる今回は児童虐待についてとりあげたいと思います。

最近は児童虐待の増加が叫ばれています。

2015年あたりの報道では、虐待が過去最悪の水準になったと言われています。

「昔はこんなこと無かったのに」

「最近の親は本当にけしからんな」

等という声が聞かれます。

でもそれは大間違いです。

昔には児童虐待は多数発生していました。今と違うのは、昔は今だと問題視される行為が大して問題視されなかっただけです。

よく年配の方がこういう発言をするのを聞いたことがあります。

「私らが子どものころは大人が子どもを叩いたって誰も大騒ぎしなかったんだ。」

つまり、今なら虐待と騒がれるようなことが、昔は対して問題視されなかっただけの可能性が高いです。

昭和の時代は、家庭内のトラブルは殺人でもない限りは警察は介入してくれなかったらしいです。
そのせいで、DVに関しては完全に放置されていました。虐待に関しても同様だったと考えられます。

子どもの人権についてうるさく言われるようになったのはここ最近の話です。

つい70年前までは、子どもを丁稚奉公に出したり、借金のカタに働かせるようなことが普通に行われていました。丁稚奉公に出された子どもは結構劣悪な環境で働かされていました。

江戸時代では、間引きがふつうに行われていましたし、戦前になっても一部の地域ではその風習が続いていました。

今の方が昔よりはるかに子どもは大切にされているのが実情ではないでしょうか?





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