私は平成29年に不動産鑑定士の試験に合格しました。それ以前は法科大学院というものに通って司法試験の勉強をしていたことがあります。
不動産鑑定士の試験の受験生も、司法試験の時も周りの受験生は「論証集」というものを使用している人がいました。鑑定士の試験の時は、いましたどころの話ではなくて、ほぼ全員だったかもしれません。講師が、「論証例、論証例」と言ってくるので、皆テキストに書かれている論証例を必死になって覚えていました。
司法試験でも不動産鑑定士の試験でも、合格者のブログを見ていると、論証例の暗記を必須のものの様に煽ってくることが多いです。自分たちがそういう勉強法で合格したので当然といえば当然のことかもしれません。
しかし、今回私はそんな受験界の通説とは異なり、
「不要どころか、かえって有害である。」
という立場にたっています。以下、その理由について解説していきます。
一 論証を覚えて鍛えられる能力は限られている。
法律の事例問題を解く時の手順は、
①事案を分析
↓
②使う条文を適用して要件を上げる
↓
③論点抽出
↓
④規範定率
↓
⑤当てはめて結論を出す
という形になります。
このうち、論証を覚えて鍛えられる能力は④だけです。その他の能力は問題を解くことによってしか養われません。巷の「論証集」と言われているものは、問題文が記載されておらず、ただひたすら特定の論点に対する論証のみが記載されています。そして、受験生の中にはひたすら論証を覚えていく勉強をメインに据えている人もいますが、そういう人たちは④の部分だけ鍛えているせいか、③以前の段階で答案がトンデモないことになっていることが多いです。
「論証集」というものを最初に開発したのは、伊藤塾の伊藤塾長であるといわれています。伊藤塾長が「論証集」を開発したのは以下の理由によると言われています。
「事例形式の論述試験には典型論点がある。典型論点について一から自分の頭で考えていたら時間がかかってしまう。だから、典型論点については事前に解釈論を覚えていって、試験の場ですぐに吐き出せるようにして、時間を節約できるようにしよう。」
つまり、「論証集」というのは、元々典型論点についてきちんと答案を書けるような実力がついている人が、時間の節約のために行うものである、ということです。つまり、メインでやるべき勉強ではないということです。
想像していただければわかるとい思いますが、答案を作成する時に③までの段階で間違えていたら完全にアウトです。その後の記述がいかに見事だったとしても、得点は全く入りません。論証をひたすら覚えている人は自分の勉強の費用対効果が恐ろしく悪いことを自覚するべきです。
二 やたら長い
もう一つの問題点として巷に挙げられている論証集はやたら長いことが挙げられます。不動産鑑定士の講座のテキストの論証例の中には、20行を超えているものもあります。
「なんで長い論証は問題なの?」
という方もいると思います。理由は以下の二つです。
(一)覚えるのに時間がかかる。
長い論証は覚えるのに当然のように時間がかかります。上記のように、論証を覚える勉強は本来メインにするべきものではありません。長い論証を覚えようとすると、その分事案分析の練習に使える時間が減ってしまうことになります。これでは完全に本末転倒です。
(二)覚えても意味がない
アガルートの工藤塾長は長い論証を覚えるメリットとして以下のように述べています。
https://ameblo.jp/nancoppi/entry-11950469769.html
「なぜ基本的に「長め」の論証を掲載しているのか,ということですが,それは「長い論証を短くすること」は可能であっても,「短い論証を長くすること」は不可能だからです。」
要するに、
「長い論証を覚えていれば短く調節することもできるしそのまま使うこともできるけど、短い論証は長くできない、だから長い論証を覚える必要がある。」
ということらしいです。
でも、長い論証を使う機会って本当にあるのでしょうか?
ロースクール入試は大体一科目あたりの時間が40分~50分程度で設定されていることが多いです。この短い時間の中で事例を読んで分析して、論述も済ませなければいけません。司法試験にしても、A4で2頁程度の長い事例が出てくる問題を2時間以内で解凍しなければいけません。経験者の方は分かると思いますが、とても長い解釈論をふりかざす余裕なんてありません。
さらに言ってしまうと、工藤塾長の意見の前提となっている。
「書けるのであれば長い理由付けを書いた方が点がよくなる。」
という意見も間違ったものである可能性が高いのです。
https://bexa.jp/lecturers/view/47
上記の記事を執筆者は、現在BEXAで講師をしている中村充さんです。
中村さんが受験生だった時(2004年)当時に合格答案を分析したところ、上位の答案程、論証が薄くて問題文の事実をきちんと使っていたようです。
http://www.yama-nori.com/contents/aims/0002.php
こちらの記事は、平成10年に司法試験に合格されて、その後は数年間早稲田セミナーの講師をされていた山内憲之さんが執筆されたものです。
「論文試験には詳しい論証が必要ということこそ実は迷信のようなもので、実は基本書レベルの説明ができれば充分なのです。私も、論文試験では、判例や通説はほとんど理由付けもなしに書いておりました。」
旧試験は今の司法試験に比べると問題文も短く、長い論証を披露する気になればいくらでも披露できました。しかし、その旧試験においてさえも、長い論証を書いても特に加点はされていなかったようです。
論証集の無意味、有害性についてはかなり長くなりそうなので、残りの部分は後半に書くことにします。