つれづれのーと -48ページ目

懐かしき事かな

確定申告という普段は余り聞きなれない言葉。年度末前にバタバタしますよねびっくり

会社員時代は印鑑を押して、何か書き込んで?書類を出せば一瞬で終わったように思いますが、退職した私は自分でやらなくてはいけません。

それに加えて年間10万円をこえた医療費控除にも挑戦しようと思っていますウインク

とても難しい事のように感じてネットで何度も確認してきましたが、平成29年度分から領収書が不要になったり、と分からない事だらけあせる
週明けにでも税務署で確認します。それが一番早いですしねグッ

会社員時代は、2月に入ると『年度末感』が漂ってきて、上司が気にしていたのはやはり売上の昨年度費でした、、
人件費もこの時期はおさえたい所。

その他、気になる春の人事異動や新商品、サービスの変更、社内ルールの改善(中には改悪と感じる事も)、等々、あのバタバタ感が少し懐かしく感じました猫あたま

みんな元気かな、あの人はまだ続けているのかな?と思い出して行く内に、一人一人の顔が浮かんできます目

元気でいてくれたら、それだけで嬉しいです。

今年も1月15日がやって来た。
昔でいう成人の日だね。

なかなか近況報告に行けずにごめんね。

でも、忘れた事はないよ。

私の勝手な思いなんだけど、『千の風になって』の歌詞にあるように、


千の風に
千の風になって
あの大きな空を
吹きわたっています

たまにはこちらにも気まぐれな風になって会いに来てね。


色々あって、多感な時期で、距離を置いていた事もあったのにね。

でも、距離を置いていた時期でも、部活の合宿で着ようってお揃いで買った暗闇で光るTシャツ、ずっと大切に持っていたよ。

いつかまた同じコートでテニスが出来ると信じていたから。


前日の電話、まさかあれが最後の会話になるなんて、想像もつかなかった。

こうして話すのは久しぶりだね、お兄さんも元気?と、兄の事まで心配してくれたよね。
兄は一生懸命手編みで編んでくれたマフラー、その後も大事に持っているよ。


今でも悔しいし悲しいし、乗り越えられていないのかもしれない。
今だになぜって思う。

でも残されたご家族はきっと前を向いて進んでいるよね。そう信じたい。

弟さんがご結婚されたのは風の便りで聞いたよ!おめでとう。

無邪気な笑顔はあの頃のまま、忘れない。

戻れるなら戻りたい。きちんとありがとうとごめんねを伝えたい。

思い出すと悲し涙になってしまうから、今日は楽しかった思い出を紡ぎながら寝るね。

今年は必ず会いに行くから。

寂しい会いたい言葉を交わしたい。



本当に、何も理解してあげられず苦しい思いをさせてしまったのかもしれない。ごめんね。

せめて夢の中で会いたい。でも人気者だから、忙しいよね、予約待ちかな。

それでも待ってるから。

学校そばのお店でクリームソーダを一緒に飲む約束、忘れてないよ。

学校はもう統合されて無くなってしまって、町並みもあの頃とはだいぶ変わっているけど
今でもあるなら。今度一人でも行ってみるね。

そう言えば小田和正さんの『あの人に会える』という曲を教えてもらったよね。まだ聴いているよ。
あの人に会える、だからここに来る、あの頃のままのこの場所へ。
本当だね。目印の欅は今もあるはず。

あの場所に行けば、会えるのかな。


いつかまた会える日まで。

それまで何とかやっていくから。ずっと心の中にいてね。

どこかでたまに見ていてね。


バイバイ、またね。


縁。ひとりごと。

体調がイマイチな事もあって
ウトウトしていたら、色々な夢を見た。
好き人が登場してくれたけど、あまりよく覚えていない....けど、夢の中で幸せだった。


高校在学時から文通をしていた友達、Tちゃんのお話。

1年で同じクラス、2年で別のクラスになってしまってから、手紙の交換が始まったんだよね。

他愛のない事、沢山話したね。

高校を卒業して、私が地元を離れる時、最後に遊んだTちゃん、本当にいろんな事を話したね。Tちゃんのお家のお墓参りにも一緒に行かせてもらって、当時二人で好きだった紅茶の色々なフレーバーを飲みながら、将来の事を話したり。


最後名残惜しくてズルズル夕方になってしまって、自宅に帰ったら、引っ越しの準備を親が全部していてくれて、ちょっと怒られた記憶があるから、あれは旅立ちの前日にTちゃんに会えたんだな。



あれから約20年。

通信手段も、メールにとどまらず、SNSやLINE等がこれだけ普及しても、ずーっと文通だったんだよね。そこは何となくお互い最初の始まりの文通を意識していたというか、守っていたと言うか。

これからも3~6ヶ月に一度くらい、お互いの近況報告や他愛のない話が出来たらいいな、と思っていた。
励まされることも沢山あった。
悩みも沢山聞いてもらった。
手紙も全て保管してある。

でも....
2年半前に手紙が途切れたまま。この初夏が来て3年になる。


ずっと、何かいけない事を手紙に書いてしまったかなと悩んでいた。
傷付けてしまったのかも、と悩んだ。Tちゃんに何かあったのかな、と心配にもなった。

悩んで悩んで、最後にしよう、これで返事が来なかったら諦めようと勇気を出して葉書を書いたのが去年の6月。

結局、返事は来ず。

今はどうしているんだろう。元気でいるのかな。

縁はもう切れてしまったのかな...

お互い生きてさえいれば、縁さえあればいつかはまた会える、つながる事が出来ると思ってきた自分。

そう考える事で、実際もう会えないって分かりきっている人に対しても『縁』という言葉で希望をつないできた。
これは寂しくならないように、私がしてきた自分勝手。都合のいい解釈。

でもそれは間違いだったみたい。

縁は多分少しの事で途切れてしまうこともあるんだ、と今なら思う。
相手の気持ち、自分の気持ち次第な所もあるし、物理的な理由かもしれない。

それらを全て飛び越える力があるのが縁だと思ってきたけど、間違いなのだろうな。

元をたどれば、出会えただけで立派な縁だったんだよね。
もし別々の高校だったら、もし1学年違っていたら、ともし、を考え出したらきりがない。

途切れてしまった理由は分からないけど、
単にもう手紙なんて書くのが嫌になった、とか
私が傷付けてしまったのかも、とか
考えても仕方がないのかなぐすん

Tちゃんが元気に毎日を送れている事だけ祈ろう。

だから、寂しいけどいったんバイバイなのだ。

縁がなかったと諦める、今年はこの気持ちの切り替え方を身に付けよう。これは自分の為でもある。

そしていつまでも後悔するのはやめよう。

会いたい人、近況を知りたい人は沢山いるけど、それは私の自己満足な思いでしかないから、どこかで元気に生活してくれていれば、それで良い、と思う。

縁と言う言葉にがんじがらめになっていた自分にもさようならしよう。

大切に思う人が今日もどこかで元気に生きていてくれますように。