提案を却下されつづけると人格が否定されているような気がする。 | ともの闘病日記(うつ病)

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2017年11月6日に「うつ病」と診断され、回復までの「つぶやき」や「泣き言」を投稿してみます。
【注意事項】感情の起伏が激しい為、過激的な内容になっています。
読んでくださる前には過激な表現・内容になっていることにご注意ください。
※2020.07.03タイトルを変更

提案したことを否定され別の案に切り替えられ続けると人格そのものが否定された
気になってしまう。

ずっと我慢していたのですが、自分の意見が否定され続けていても頑張っていたのですが、
結構凹んでいます。

ちょっとこの連休中に提案を日々否定されつづけ、もう嫌になってしまい、
アムカをしちゃいました。

さすがに3連休中、全て提案を否定されると生きる気力もなくなるわけで。

否定の仕方もあるよね。いきなり頭ごなしに反対の意見を言われてしまうと
かなり落ち込んでしまいます。

自分なら一度肯定をした上で他の方法として訂正をするんだけれどな。

家族間の提案なんて些細なことなんです。
自分の意見が通らないと思うと、提案していくのも嫌になりますね。

何も言わない方がいいのだろうな。

精神的に落ち着くまでは、自分の意見を言わない方がいいのかもしれませんね。
頭が回っていないから直感的に言っているのは事実で考慮されていないから
否定されてしまうのでしょうね。

精神疾患でバカになってしまう病気なんだなと思ってしまう。

だって頭が回らず直感的なことしかいえず、その結果、意見を否定されてしまうから
なんか落ち込みが激しくなっていきます。

そうしないためには「臭いものには蓋をする」作戦で、何も言わないという方法が
一番いいのかもしれない。

精神的に落ち着いてきた時にやっと意見を入れる権利が得られるのかもしれない。

今は意見を言える権利がないから否定されてしまうのだろうな。

そもそも生きる権利ってなんだろうか。
以前、Twitterで障害者は生きる権利無しみたいな記事をみたことがある。
明日の我が身かもしれないのによく書くなーって見ていたけれど。

精神疾患は脳の病気だから正しい判断とか苦手になるのですよね。
直感的なことしか言えなくなるからいざこざが起こりやすいわけでして。

家族間でこれだけ落ち込むから一般社会だと当然やっていくことができず、
作業所などの福祉社会でしか生活ができない。

政治とかで福祉に力を入れると言っているけれど、ここ近年で何か変わったかと
言われるとそんな気はしないな。
作業所の工賃が増えるわけでもなく、通勤費が上がるわけでもない。

結局、障がい者には生きづらい社会であることには間違いはないなー。

今日はかなり落ち込んでいます。テンションが下がりまくり。。
だから、アムカもしちゃうわけでして。

タバコだけがどんどんと減っていく。
気分転換はタバコしかないし。休日になるとあまり良いことがないな。