第3話 前兆(1/2)
忌まわしき悪夢の日から、十年の月日が流れた。
何事もなく、平穏な日々はこのまま続くかのように思われたが、確実に何かが変わってきていた。
遠くデザイハムの国では数年前から内乱が勃発し、たくさんの血が流れ始めたという。
それに伴い、奇妙なうわさも聞こえてきた。
それは、デザイハム国のとある島に、巨大な黒い城が突然姿を現したというものだった。
王妃を亡くしてからというもの王は全く元気をなくし、五年の間には見る影もなくやつれはて、もはや国を動かすだけの力は持ち合わせていなかった。
その為、14歳の第一王子・長兄のシャクランが国の政を執り行っていた。
火の力を司る、美しく聡明で、思慮深く兄弟思いの素晴らしい王子である。
第一王子シャクランのもと、第二王子ケイ・第三王子サコウの支えもあり、国は揺らぎないものに見えた。
しかし、それからさらに五年ほど過ぎた頃、異変は現れ始めた。
生まれたばかりだったアオリは15歳の美しい王女に育っており、彼女はその異変をいち早く感じとっていた。
その異変は風に運ばれ、不穏な空気を如実にアオリの元へと運ぶ。
あれほど温厚だったシャクランが、全土統一の野望を語り始めたのだ。
第二王子・ケイも、そんな兄の行動に疑問を抱いた一人だった。
「シャクラン兄さん。この長い歴史の中で、我々はこの領土を守り、
平和に暮らしてきたではないですか。今ここで、全土を統一するというのは早計かと…。」
シャクランは執政室で、高く積まれた書物の間から落としていた視線を上げた。
「何を言っているんだ、ケイ。この平和はまやかしだ。偽善だ。
実際、デザイハムでは内乱が起こっているだろう。その理由がわからないのか?
デザイハムの内乱は、王座を奪おうとする家臣の反乱からと聞く。
そんなやつらが王座を得、権力を握ってみろ。すぐにでも他の国々…無論我々の領土にも目をつけるだろう。
他国の連中は、虎視眈々と我々の土地を狙うことになる。いや、もう遅いかもしれない…。
そうとわかっているのに、先手を打たないのは愚かであろう?
これを機に全土統一を果たし、更なる平和を手に入れるのだ。
なあ、ケイ…。」
シャクランは、灯りのせいか角度によって赤く光る瞳を窓の外に向けた。
ケイは背筋に寒いものを感じながらシャクランを見つめ、さらに食い下がった。
「兄さん。兄さんほどの聡明な人がどうしてそんなことを?
今まで互いを尊重しながら他国の地を侵さずやってきたではないですか。
争いは争いを呼びます。この平和の均衡を崩す理由が私にはわかりません!」
シャクランはそれには答えず、振り向いてケイの目を見据えた。
ケイは驚いた。ずっと見てきた兄の顔だ。そのはずなのに一つ大きく違っていた。
灯りのせいだと思っていた瞳の色が、いつもの美しい夕焼けのオレンジ色ではなく血のような深紅色に染まっているのだ。
シャクランはそのまま何も言わなかったが、少し歪めた口元は笑っているようにも見えた。
ケイは恐ろしくなって無言の兄を残し部屋を出た。
「空だ。…空の力が欠けているせいだ。
火の力が暴走を始めたのだろうか?いったい、どうすれば…。」
ケイは長い廊下を歩きながらつぶやいた。