最近、SNSで活動を再開してから、見えない世界についての話を見かけることが増えました。
見える人。
見えない人。
感じる人。
感じない人。
受け取れる人。
受け取れない人。
そんな話を見ていて、ふと思ったんですが、そんなに大騒ぎすることかなって。
私はヒーリングやエネルギーワークの世界に長く身を置いていて、今年で14年目になります。だからこそ思ったんですね。
色んな人が霊感というものを、特別な能力として扱いすぎではないだろうかと。
少し視力が良い人がいる。
少し耳が良い人がいる。
方向感覚が鋭い人がいる。
人の感情の変化に敏感な人がいる。
料理の味の違いがよく分かる人もいる。
それらは皆、人間が本来持っている感覚の延長線上にあります。
霊感も同じではないでしょうか。
もちろん程度の差はあります。
強い人もいれば弱い人もいます。
ですが根本的には、人間が持つ感覚の一部なんですよね。
極端な話をすれば、人は霊感が無ければ生きていけないです。
「今日はなんとなく嫌な予感がする」
「この人は信用できそうだ」
「こちらの道を選んでみよう」
そんな判断を人は日常的に繰り返しています。
勘や直感、第六感、虫の知らせ。
呼び方は何でもいいです。
人は見える情報だけで生きているわけではないのです。
「霊感なんて存在しない」という言葉には違和感があります。
同時に、「霊感があるから特別だ」という言葉にも違和感が。
どちらも極端なんですよね。
視力が良い人が偉いわけではなく、
耳が良い人が偉いわけでもない。
インスピレーションが優れてても偉いというわけでもない。
それと同じで、感覚が鋭いことと人間性は別問題なのです。
どれほど見えても見える以外に役立つことができない人はいるし
逆に何も見えないと言う人でも、誠実で信頼できる人はいる。
能力と人格は別物なんです。そこを何度も見てきました。
だからこそ思うんですよね。
見えるか見えないか。感じるか感じないか。
そんなことよりも大切なものがあります。
その感覚をどう使うかなんです。
人を支配するために使うのか。
不安を煽るために使うのか。
それとも誰かを支えるために使うのか。
そちらの方が遥かに重要なんです。
人間は白か黒かだけで生きているわけではありません。
理屈だけでもなく、感覚だけでもないんです。
見える世界もあるし、見えない世界もある。
その両者があってこそ世界は成立している。
様々なものが混ざり合いながら生きているんですよね。
霊感ある、霊感ない、霊的世界はある、霊的世界はない
どちらの人ももう少し肩の力を抜いてもいいのでは?
人間なんて元々そんなに単純な生き物ではないのだから。

