霊的な存在が見えることと正しいことは別問題 | Passage of time is bridged~観測世界の断片にかかる橋~

Passage of time is bridged~観測世界の断片にかかる橋~

埼玉県川越市で活動している梛木 赫(ナギ ・アキラ)です。
状態を整えるためのワークを制作しています。
癒しや変化を目的としたものではなく、
判断や思考が重くならない状態を保つための
セルフメンテナンス用ワークです。

「見えた」は証明にならない

スピリチュアルの世界では、霊的存在の姿や言葉を

「見えました」「感じました」「受け取りました」

という言葉をよく耳にします。

ですが見えたことと、それが正しいことは別問題です。


人は誰でも勘違いをする

これは霊感に限った話ではありません。

人は見間違えるし聞き間違えもします。

思い込みも、勘違いもします。

経験や知識によって解釈も変わります。

つまり、人間が受け取る情報には常に誤差が含まれています。


だからこそ謙虚さが必要

見えたり感じたり、言葉を受け取ったり。

それ自体は構いません。ですが、

「だから絶対に正しい」になると話が変わります。

 

人は間違える生き物です。

だからこそ、自分の感覚を信じながらも、自分を疑う姿勢も必要だと思います。


結局は生き方の問題

どれだけ見えたとしても、人を不安にさせるために使うのなら

意味がありません。

逆に見えなくても、誰かを助けたり支えたりする人もいます。

能力の有無よりもその人が何をしているのかが大切です。

見えることは価値ではありません。

どう使うかが価値なのです。