「見えた」は証明にならない
スピリチュアルの世界では、霊的存在の姿や言葉を
「見えました」「感じました」「受け取りました」
という言葉をよく耳にします。
ですが見えたことと、それが正しいことは別問題です。
人は誰でも勘違いをする
これは霊感に限った話ではありません。
人は見間違えるし聞き間違えもします。
思い込みも、勘違いもします。
経験や知識によって解釈も変わります。
つまり、人間が受け取る情報には常に誤差が含まれています。
だからこそ謙虚さが必要
見えたり感じたり、言葉を受け取ったり。
それ自体は構いません。ですが、
「だから絶対に正しい」になると話が変わります。
人は間違える生き物です。
だからこそ、自分の感覚を信じながらも、自分を疑う姿勢も必要だと思います。
結局は生き方の問題
どれだけ見えたとしても、人を不安にさせるために使うのなら
意味がありません。
逆に見えなくても、誰かを助けたり支えたりする人もいます。
能力の有無よりもその人が何をしているのかが大切です。
見えることは価値ではありません。
どう使うかが価値なのです。

