
スピやオカルトをSNSで発信
する時の自衛について
自分はスピリチュアルのアカウントだからといって、そればかり発信しているわけではありません。
日常のことを書いたり、創作の話をしたり、どうでもいい与太話をしたりもします。
最近だと、AIとのやり取りについて書いていることの方が多いくらいです。
なので、普段から何もかも真面目に考えて発信しているわけではありません。
ただ、スピリチュアルやオカルトの話をSNSに出す時、ちょっと気をつけた方がいいことはあります。
特に、国に関わること。政治、軍事、戦争、宗教関係など。
この辺りは、個人的に感じたことや受け取ったことを書いただけでも、読む側からは政治的な主張や宗教的な見解として受け取られることがあります。
こちらに悪意があるかどうかは、あまり関係ありません。
良かれと思って書いた内容でも、悪意のある解釈をされたり、
一部分だけ切り取られて広められたりすることはあります。
SNSでは投稿がすぐ流れていきます。
だからといって、
「どうせすぐ見えなくなるから大丈夫」
というわけでもないんですよね。
スクリーンショットを撮られることもあるし、魚拓を残されることもあります。
投稿を削除した後になって、元の流れを無視した状態で持ち出されることもあります。
ネットに一度放流されると忘れてくれそうで忘れてくれません。
投稿直後に何も起きなくても安心とは限らない
投稿した時に特に反応がなかったからといって、その内容が安全だったとは限りません。
数日後に誰かの目に留まることもあります。
数か月後、何年か経ってから掘り返されることもあります。
誰かが批判的な言葉を添えて紹介したことで、突然人が集まってくることもあります。
その時になって、
「そんな意味で書いたわけではない」
「良かれと思って書いただけ」
と説明しても、全員がこちらの事情をくみ取ってくれるわけではありません。
一度外に出した文章は、自分の意図から離れて読まれます。
何を言いたかったのかだけではなく、どう読まれる可能性があるかも、少し考えておいた方がいいです。
投稿する前に一回だけ確認する
自衛で一番大事なのは、批判された後に慌てて対応することではなく、投稿する前に一度確認することだと思っています。
そんな大げさなことではありません。
投稿ボタンを押す前に、
これは事実として書いているのか。
個人的に感じたことなのか。
考察なのか。
夢やイメージの話なのか。
創作や与太話なのか。
そこを自分の中で分けておくだけでも、かなり違います。
個人的に受け取った情報や、神仏、霊的存在との会話のように感じたものを出す場合も、それを確認済みの事実のように書かない方が安全です。
自分の内側で起きた体験と、現実についての断定は別物です。
特に、実在する国や民族、宗教、戦争、事件などに触れる時は、今もそのことで傷ついている人がいることを忘れない方がいい。
霊的な意味づけをしたことで、現実の被害を軽く扱っているように見えないか。
特定の国や民族、宗教を悪者にしているように読めないか。
陰謀論や差別的な主張として使われそうな部分はないか。
この辺りは、公開前に一度だけでも見直した方がいいと思います。
受け取ったものを全部出す必要はない
見えたものや聞こえたものを記録すること自体は、別に悪くありません。
私も記録はします。
ただ、記録したものを全部そのまま公開する必要はないんですよね。
受け取ることと、人に見せることの間には、少し編集があった方がいい。
これは隠すという話ではなく、自衛と整理の話です。
自分の願望や思い込みが混ざっていないか。
誰かを必要以上に怖がらせないか。
誤解されやすい言い方になっていないか。
そもそも今、外へ出す必要があるのか。
その場の勢いで投稿せず、一晩置いて読み直すだけでも、見え方は変わります。
自分だけでは判断しづらい内容なら、投稿前に誰かへ見せるのもありです。
その場合、自分の話を全部肯定してくれる人より、現実的な感覚で読める人の方が役に立つこともあります。
注意書きは案外大事
個人的な体験や与太話として出すなら、そのことを最初か最後に書いておくのも防御になります。
たとえば、
「個人的に感じたことです」
「事実として断定するものではありません」
「現実の判断材料にはしないでください」
「宗教や団体を代表する意見ではありません」
といった感じです。
もちろん、注意書きを入れれば何を書いてもいいわけではありません。
ただ、これはどういう位置づけの文章なのかを、読む人に伝えることはできます。
私の場合は、
「与太話だから、信じた方がバカを見るぜベイビー」
みたいなことを書くことがあります。
ふざけていますが、あれも一応、防御です。
真に受けるな。
現実の判断材料にするな。
こちらも絶対的な事実として出しているわけではない。
その線を引いています。
コメント欄の扱い
SNSには、返信できる人を制限したり、コメントできる範囲を変えたりする機能があります。
内容によっては、フォロワー以外からのコメントを受け付けない。
返信できる人を限定する。
コメント欄を閉じる。
そういう設定を使ってもいいと思います。
誰からでも自由に意見を受け付ける状態にしておくことだけが、誠実な発信ではありません。
議論をしたいわけではない投稿まで、全方向から反応を受ける必要はありません。
私もコメントが欲しくない時は、投稿ごとに制限しています。
ただし、コメント欄を閉じれば内容に責任を持たなくていい、ということではありません。
反論を受け付けない形にするなら、その分、投稿前には自分で少し確認した方がいいです。
無料投稿でも仕事と無関係とは限らない
無料で書いた投稿であっても、その発信を見て信頼し、相談やセッション、占いなどを依頼する人が出てくることがあります。
スピリチュアルやオカルトに関係する仕事をしている場合、日常の投稿も活動全体から完全に切り離されているとは限りません。
発信内容から、その人の考え方や判断力、仕事への姿勢を見ている人もいます。
なので、
「個人的な投稿だから」
「受け取ったものを書いただけだから」
「無料で出したものだから」
というだけで、何を書いても仕事には関係しない、とは言い切れません。
何もかも完璧に確認してから発信しろ、という話ではないです。
そんなことをしていたら、何も書けなくなります。
間違えることもあります。
後になって考えが変わることもあります。
大事なのは、間違えないことより、自分が扱える範囲を把握しておくことです。
判断できないものは、いったん保留する。
確証がないものは、断定しない。
重い題材は、本当に今出す必要があるのか考える。
間違いに気づいたら、訂正したり削除したりする。
そのくらいでいいと思います。
批判されてからでは遅いこともある
炎上した後になって、
「そんなふうに受け取られると思わなかった」
「悪意のある人に曲解された」
と言っても、投稿がすでに広がっていることはあります。
実際、最初から悪く読むつもりの人もいます。
足元をすくえる部分がないか探している人もいます。
だから、世の中の人が全員善意で読んでくれる前提にはしない方がいい。
悪く読もうと思えば、どんな読み方ができるのか。
一部分だけ切り取られたら、どう見えるのか。
自分を批判したい人が読んだら、どこを使いそうか。
投稿前に少し考えることは怖がりすぎでも卑屈でもありません。
普通の危機管理です。
スピリチュアルやオカルトを語ること自体が悪いわけではないし
私も普通に語ります。
ただ、見えないものを扱うからこそ、現実の人からどう見えるかは忘れない方がいい。
受け取ったものを全部そのまま出さない。
事実と体験と考察を分ける。
重い話題は、一度読み直す。
必要なら公開範囲やコメント欄を調整する。
そして、出した言葉は自分の名義のものになる。
批判されてから傷つく前に、できる防御はあります。
自衛というのは、何も言わずに黙っていることではありません。
自分の言葉を、少し丁寧に扱うことです。
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