★1967年トヨタ2000GT ケロヨンと生死の狭間から ~ 自動車カタログ棚から 099 | ポルシェ356Aカレラ

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★映画「007は二度死ぬ」でのボンドカーとしての活躍を始め知らぬ人はいないほど有名な国産名車であるトヨタ2000GTについては、書籍等で様々な切り口から語り尽くされており、名車中の名車であるため、カタログも主なものはトヨタ博物館から精巧な復刻が出されているので、実車については概略の説明に留め、この項では私個人の思い出に纏わる事柄を重点的に記録しておきたいと思う。

★トヨタ2000GTは、1965年(昭和40年)10月の第12回東京モーターショーでお披露目された後、翌1966年(昭和41年)10月1日~4日に茨城県筑波郡谷田部町(現 つくば市)の自動車高速試験場で長時間スピード・トライアルを行い、国際記録を樹立してその高いポテンシャルを内外にアピールした。そして、1967年(昭和42年)5月から市販に移された。

★トヨタ2000GTの性能は当時の2リッター級スポーツカーとしては、ポルシェ911Sに比肩する程の国際的に高いレベルにあった。トヨタ社内デザイナーであった野崎喩氏を中心にデザインされたスタイリングは、どの角度から見ても美しく、日本の5ナンバー枠に収まるコンパクトサイズのスポーツカーとしては歴史上最も美しいクルマだと言える。なお、ツインカムエンジンの開発はヤマハ、ボディもヤマハによる手造り生産がされた。1969年(昭和44年)8月に、フォグランプの小型化等のマイナーチェンジが行われ1970年(昭和45年)10月までの3年余りの間に累計337台が生産された。

★1966年(昭和41年)11月21日から日本テレビ系列で放映された木馬座アワーのケロヨンは、私が子供の頃に大好きだった思い出深いキャラクターのひとつ。ケロヨンの作者である藤城清治氏(1924年4月17日-)はスポーツカー好きとしても知られ、番組の中には当時の国産スポーツカー、トヨタ2000GTやトヨタスポーツ800等も登場した。番組に登場した2000GTは藤城氏自身のクルマで何と2000GTの市販第一号車だったという。

●藤城清治氏の木馬座マークの入ったトヨタ2000GT
後ろはトヨタスポーツ800(前期型)木馬座所有車と2代目コロナ
$1959PORSCHE356Aのブログ-藤城2000GT

★心臓手術とトヨタ2000GTの思い出
(1)1966年(昭和41年)春、
小学校に入学した際の就学児対象集団レントゲン検診で私は重篤な先天性心臓病を病んでいることが発覚した。トヨタ2000GT市販の約1年前、ビートルズ来日公演直前の頃、両親は医者から「気の毒ですが12歳までは生きられません」「しかし、唯一助かる可能性のある心臓手術は難しく成功率は5割以下で失敗すれば命はありません」と言われて悩みに悩んだそうだ。トヨタ2000GTが5月に発売され、7月にはビートルズのアルバム「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が発売された翌1967年(昭和42年)の秋、テレビでウルトラセブンの放映が始まった10月の晴れた日に小2の私は東大病院胸部心臓外科に入院した。両親は苦渋の思いで手術を選択し、成功に賭けたのである。病室は大部屋で私と同じような先天性心疾患の子供が大勢入院していた。隣のベッドは4年生位のお姉さん、向かいのベッドは私と同年位の男の子、その隣には5年生位のお兄さんが入院していた。入院に際して、もしかするともう家には帰ってこられないとの思いからか、両親は私が欲しがるモノは何でも買ってくれた。そうして買ってもらった高価なHOゲージの鉄道模型や沢山のミニカーやレゴ・ブロックやらを山のように病室に持ち込んで、私は毎日遊んで過ごした。ある日、隣のベッドのお姉さんの周りに大勢の人が来て(親戚の人だとかだったのだろう)、ストレッチャーで運ばれていったきり、2度とお姉さんは戻ってこなかった。お姉さんは「ポルちゃん、ポルちゃん」と言っていつも私と仲良くしてくれていたのに、その日を境に2度と会うことはなかった。向かいのベッドの男の子とはよく鉄道模型で遊んだことを覚えているのだが、その子もある日、ストレッチャーで運ばれていったきり、2度と病室に戻ってはこなかった。不思議に思った私は「お姉さんは?」「あの子は?」と母に聞くと、母は涙ぐんで「遠くに行ったのよ」と言うだけだった。私が入院した当時は1956年(昭和31年)に人工心肺装置が初めて臨床使用されてから未だ10年と日が浅く現在では高い確率で助かる命もなかなか助からない時代だった。手術中に患者の心臓を止めて機械が代わりを務めることで漸く心臓にメスが入るようになった時代だった。

(2)私が8歳の誕生日を迎えて間もないある日、両親、兄弟、父方母方双方の祖父母が朝から集まって見守られる中、私は手術室に向かった。手術室に入って全身麻酔のためのガスマスクをして意識が遠のいていく時の感覚を今でもボンヤリと覚えている。そして、運がよかったとしか言いようがないのだけれども、成功率50%以下、失敗すれば命はないと言われていた難手術が成功した。当時の心臓外科の権威 木本誠二先生(1907-1995)の執刀による長時間の手術が予想以上に上手くいったとの話だった。もし私が10年早く生まれていたならば、手術中に心臓を止めて心臓の代りをする人工心肺装置がこの世にはなく手術自体が不可能だったのだから、12歳までには死んでいたことだろう。今の私は大勢の人のお蔭で生かされているのだという思いがある。今では医者からフルマラソンにいきなり出るとかいうことでもしない限り普通に何でもしてよいと言われる体になった。

(3)東大病院には4ヵ月位入院していた。院内には雑貨と共に玩具やプラモデルを売るお店があって、母にねだって買ってもらったことをよく覚えているのが、当時実車も発売されたばかりだったトヨタ2000GTのプラモデルだった。それは1/32スケールの小さなプラモデル(恐らくマルイ製)ながらリアハッチの中にはスペアタイヤがちゃんと載っている優れモノだった。ワクワク胸を時めかせて造ったことを覚えている。あの遊び潰してしまった2000GTのプラモデルが何とも私には懐かしく同じものを手元に取り戻したいと願いつつ、しかし、残念ながらあれから丸45年が経った今もまだ私の手元には取り戻せずいる。


【主要スペック】 1967年 トヨタ2000GT (型式MF10型)
全長4175㎜・全幅1600㎜・全高1160㎜・ホイールベース2330mm・車重1120kg・FR・水冷4サイクル直列6気筒DOHC1988cc・最高出力150ps/6600rpm・最大トルク18.0kgm/5000rpm・変速機5速MT・乗車定員2名・最高速220km・販売価格238万円


●1967年5月発行 トヨタ2000GT 前期型 本カタログ (33×33cm・ケース入りカード式5枚)
前期型のボディカラーは、白・赤・シルバーメタの3色
$1959PORSCHE356Aのブログ-67年ケース

※中のカードから
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$1959PORSCHE356Aのブログ-67年10中

※スペック掲載箇所
$1959PORSCHE356Aのブログ-67年11スペック

●1969年8月発行 トヨタ2000GT 後期型 本カタログ (縦24×横30cm・24頁)
後期型のボディカラーは、白・赤・シルバーメタ・黄・深緑・青メタの6色
$1959PORSCHE356Aのブログ-69年表紙

※中頁から
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●1968年発行 トヨタ2000GT 英文リーフレット(A4判・表裏1枚)
$1959PORSCHE356Aのブログ-英文(1)
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●1967年10月 トヨタ2000GTスピードトライアル パンフレット(A4判・4つ折)
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★オマケ(その1): ダイヤペット162番 1/40スケール 1967年 トヨタ2000GT
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★オマケ(その2): メーベトーイ A-29番 1/43スケール 1967年 トヨタ2000GT
当時から現在に至るまで夥しい種類のモデルカーが発売された中で、この伊メーベの当時物2000GTは最も出来も雰囲気も良い。
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★オマケ(その3): 米澤&ツクダ 1/15スケール トヨタ2000GT
ノーマルは米澤製、ケロヨンバージョンは米澤の金型を流用したツクダ製(何れも当時定価850円)。
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★オマケ(その4): トヨタ2000GT 前期型実車
先日イベントで見かけた前期型。話を聞いたら3200万円で売約済とのこと。
新車当時も高嶺の花だったが、2000GTは今でも高価だ。もし3750万円のレクサスLFAを買う余裕があったとしたなら、私なら迷わず2000GTを買うだろう。
$1959PORSCHE356Aのブログ-実車1967年



★オマケ(その5): 1966年10月1日~4日 トヨタ2000GTスピードトライアル動画