口は災いの元 | ロンドンつれづれ

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日本でもニュースになったらしいが、英国の女王陛下が今、苦境にたたされている。


おとといのクイーンのガーデン・パーティで、ついうっかりもらした一言が、大騒ぎの元になっているのである。



クイーンのガーデン・パーティは、NPOで活躍する一般市民や公務員など、国家のために尽力している人々を招待して、女王陛下がねぎらうことが目的で、年に何回か催されているのである。


そのガーデンパーティで、警察官の女性と、女王陛下の間で以下のような会話が交わされたと言う。


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Lord Chamberlain: Can I present Commander Lucy D'Orsi, who was Gold Commander during the Chinese state visit...


The Queen: Oh, bad luck.


Lord Chanberlain: ...and who was seriously, seriously undermined by the Chinese, but she managed to hold her own and remain in command. And her mother, Judith, who's involved in child protection and social work.


Commander D'Orsi's mother: Yes, I'm very proud of my daughter.


Lord Chamberlain: You must tell your story.


Commander D'Orsi: Yes, I was the Gold Commander so I'm not sure whether you knew, but it was quite a testing time for me.


The Queem: Yes, I did.


Commander D'Orsi: It was, er, I think at the point that they walked out of Lancaster House and told me that the trip was off, that I felt, er...


The Queen: They were very rude to the ambassador.


Commander D'Orsi: They were, well, yes she was, Barbara was with me and they walked out on both of us.


The Queen: Extraordinary.


Commander D'Orsi's mother: I know, it's unbelievable.


Commander D'Orsi: It was very rude and very undiplomatic, I thought....

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大変に英国らしい会話である。女王陛下の歯切れのよさ、ロード・チェンバレンや女性警察官の言葉遣い、そこはかとなくただようウイットとヒューモア・・・。


短くまとめると、中国のシ・ジンピン氏につきそっていた在中国英国大使(女性)と、警備に当たっていたこの女性警察指揮官を大変に軽くあしらって、シ・ジンピン氏の随行団はこの二人を置いてきぼりにした、というのである。


中国トップの随行団の警備と聞いて、最初の、女王の、"Oh, bad luck"(まあ、お気の毒だったわね) というのがなんとも、おかしいではないか。


Seriously, seriously undermined by the Chineseという部分も思わず、笑ってしまう。「彼女の立場が台無しにされた」というのを非常にていねいな言い回しであらわしているのである。


「女王陛下はご存知ではないかもしれませんが・・・」と言われ、Yes, I did. (いいえ、聞いてますよ)と断固という口調もおかしい。 It was quite a testing time という言い方も、大変にていねいに、「ひどい目にあった」ということをあらわしている。


英国大使を中国の随行団が無視した態度を、They were very rude to the ambassador (彼らは大使にとても非礼だったようですね)、と大使の肩をもつ女王陛下である。 そして、Exraordinary (とんでもないことです)と、同意してみせる。


国家のためにつくしている、自国の公務員を、大変にいたわる言葉ではないか。



そもそも、日本で警察官や大使が、天皇陛下に対して自分の仕事上のことをこういう形で報告することはまず無いだろう。ましてや、「いいなさい、いいなさい」と横でたき付ける人もいないだろう。


さらに、公務員が愚痴をいったところで(まず言わないだろうが)、天皇陛下が同調して、「それは不運な」などとうっかり口になさることはないだろう。


そして、それを皇室付きのカメラマンがたとえ撮影していたとしても、放映してしまうこともないだろうと、私は思うのである。


そして、その結果、英国中どころか、世界中の新聞やメディアで、「女王陛下は中国のトップの随行団について、『大変に非礼』と言った」、と騒ぎ立てられてしまったのである。


新聞は、"The Chinese will not react well"(中国人はこれを喜ばないだろう)といって、女王陛下の発言は英中関係に水をさすだろうとしている。 現に、女王陛下のこの発言の報道は、中国国内では規制がかかって、一切ブロックされ報道されていないようである。


もちろん中国は英国との良好な関係を自国民にアピールしたいだろうし、バッキンガムパレスに宿泊までした、シ・ジンピン氏の訪英を政治的に「大成功」にしたいのだから。



そして新聞はつづけるのだ。


「実に、驚くべきことに、これと24時間以内に、キャメロン首相も失言をして、問題を起こしている。彼は、『ナイジェリアは信じられないぐらい政治的に腐敗した国だ』と女王陛下、カンタベリ大司教との会話の中で話した」と書いている。 どちらも、バッキンガムパレスのカメラマンによって録画され、すっぱぬかれているのである。


ナイジェリアは英国の支援で成り立っている貧困国だが、中国はアメリカを追い越す勢いのエコノミック・パワーであるから、発言には気をつけたほうがいい、と新聞は書く。


そして、英国のロイヤルファミリーが中国に対して失言をしたのはこれが初めてではない、と続ける。


チャールズ皇太子は、中国の外交官たちのことを appaling old waxworks (恐ろしい蝋人形たち)と表現したことがあるし、エジンバラ公(女王陛下の夫)にいたっては、中国にいる英国人留学生に「あんまり長くいると、(中国人みたいに)目が細くなっちゃうぞ」と言ったりしたそうである。(ちなみに、エジンバラ公は失言のアラシで有名である。どこかの国の元首相みたい)


もちろん、中国政府も英国政府も、良好な経済関係を結びたいと思っているのだから、今回のできごとはありがたくないに違いないだろう。




口は災いの元である。それが女王陛下であっても、メディアは放っておいてくれないのだ。



日本では、こと皇室に関しては、メディアのセルフセンサーシップ、自己検閲があるから、英国のようなことにはならないだろうが。


そして、天皇陛下はご自分のおっしゃることにはとても気をつけているそうである。


食事に関しても、いっさい「甘すぎる、辛すぎる」などの感想をおっしゃらないそうである。


自分の一言が、いかに他の人を奔走させ、うっかりすれば料理長の首がとぶかもしれない、とわかっているからであろう。




自分の発言が、他人に対してそれほど影響力をもってしまうとは、ある意味、とても不幸なことだ。


うっかり何の感想も述べられない。


うっかり自分の意見も言えない。


こんな人生は、不幸ではないか。




よく、有名人の言うことをうのみにしたり、すぐに影響されて大騒ぎをする人たちがいる。



世の中には、自分の頭で物事をしっかり考えないで、他人の言葉に翻弄される人々がかなりの数いるのだ、ということを認識していないと、危ない、ということだろう。



しかし、ただ単に自分が有名だからといって、自分の発言にいちいち影響を受ける他人の愚かな行動にまで責任を持たされるというのは、本当に不幸なことだ。



そして、だからこそ、王や女王になる人たち、あるいは政権のトップを狙う人たちには、それなりの教育が必要なのであろう。 自分の言葉のもつ影響力に対する責任感と、自分の言葉のいちいちに過剰に影響される愚かな人たちのことをしっかり認識するための教育が・・・。




今回の件は、プレスの前で発言した公のものではないはずだ。


だから、バッキンガムパレスも、「女王陛下のプライベートな発言に関してはコメントしない」と述べている。



プライベートな会話まで取りざたされて、大騒ぎされる立場にいる人々が、本当に気の毒である。自由になにも言えないではないか。



世界中のメディアに報道されてしまって、女王陛下はきっと苦い顔をしていらっしゃるだろう。 



これで、女性警察指揮官が窮地にたたされることが無いことを祈っているが・・・。ま、イギリスだから大丈夫かな。