【作品#0587】メッセージ(2016) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

 

メッセージ(原題:Arrival)

 

【Podcast】


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【概要】

2016年のアメリカ映画
上映時間は116分

【あらすじ】

世界各国に謎の宇宙船が現れ、言語学者のルイーズ・バンクスと物理学者のイアン・ドネリーは、アメリカ陸軍のウェバー大佐の要請で調査を始めることになる。

【スタッフ】

監督はドゥニ・ヴィルヌーヴ
音楽はヨハン・ヨハンソン
撮影はブラッドフォード・ヤング

【キャスト】

エイミー・アダムス(ルイーズ・バンクス)
ジェレミ・レナー(イアン・ドネリー)
フォレスト・ウィテカー(ウェバー大佐)
マイケル・スタールバーグ(ハルペーン)
ツィ・マー(シャン上将)

【感想】

テッド・チャンが1998年に発表した短編「あなたの人生の物語」の映画化。アカデミー賞では作品賞含む8部門でノミネートされ、音響編集賞を受賞した。

<女性主人公のSF映画>

女性主人公の映画は数多くあれど、女性主人公のSF映画はあまりお見掛けしない。シガニー・ウィーヴァーが主演した「エイリアン」シリーズや、ジョディ・フォスターが主演した「コンタクト(1997)」、サンドラ・ブロックが主演した「ゼロ・グラビティ(2013)」などあるが、男性主人公のSF映画に比べるとあれもこれも思い浮かぶほどはない。ちなみに、世界各地に現れる宇宙船のうち1つが日本の北海道に来たとのことだが、これは「コンタクト(1997)」からの引用だろう。また、本作で反乱軍による爆破行為があるが、これも「コンタクト(1997)」で似た場面があった。

本作は最低でも二度は見てほしい作品である。一度目を見て理解して二度目を見ると冒頭から伏線だらけであり、主人公が映画内で得た経験や思考を元にどういう生き方をしたのかが冒頭のたった5分間で分かり、それだけで泣ける。

<繰り返しのイメージ>

このチャンネルでも以前より何度も取り上げているが、繰り返しやその場でとどまるイメージとして円環構造、あるいは丸い物、あることをしたキャラクターと別のキャラクターがそれと同じことをするなどが映画内でよく用いられる。それは冒頭からである。まず、マックス・リヒターの「On the nature of the daylight」という楽曲は始まりなどないかのようにいつの間にかフェードインして、いつの間にかフェードアウトしており、曲をループさせると切れ目がないような楽曲であり、この楽曲は映画の冒頭と最後に使用される。ちなみにこの楽曲はマーティン・スコセッシ監督の「シャッター アイランド(2009)」の中でも使用されている。本作の冒頭5分は、本作のラストの続きでもある。映画自体も円環構造になっている。

また、映像の始まりは天井をカメラが前進しながら捉える映像で、暗闇からゆっくりとその姿を確認できるものであり、これも映画の最後に再び登場する(実は冒頭のルイーズの室内とラストの室内はワイングラスが2つあることから同じ場面であることが分かる)。このイメージも映画内で何度も使用されており、最初に宇宙船に入る前に、宇宙船に手を伸ばして触れる場面がある。

そして、エイリアンがまるでイカ墨を吹きかけるように表現する文字も円形であり、それには文章として始まりと終わりがあることを確認できるようなものではない表意文字である。文章のように途中で言葉を変えることができないため、初めから結論が決まっていないと出来ない表現である。

その円形のイメージは他にもたくさんあり、冒頭のシークエンスの最後にルイーズが病院内を歩く場面も円形の廊下だし、ルイーズが使用する教室も生徒が座る座席が円形になっている。また、娘の名前ハンナも「Hannah」と前から呼んでも後ろから呼んでも同じように読める。ちなみに、イアンを演じたジェレミ・レナーの「Renner」も回文になっている。

<スクリーンのイメージ>

横長のスクリーンのイメージも本作内に度々登場する。ルイーズの室内から外を眺める窓は横長だし、ルイーズの使用する教室のホワイトボート、テレビ画面やパソコンの画面、それからエイリアンと対話する場所、そこへ持ち込む小さなホワイトボードも横長の形状になっている。

そのスクリーンには学びのイメージもあるわけだ。ホワイトボードがわかりやすい例だが、映画館のスクリーンだって新しい価値観や経験をできる場所でもあるわけだ。そのスクリーン越しにルイーズがエイリアンの発する墨のような文字を認識して学んでいく過程こそ、学びの場所で用いられるホワイトボードであり、そして映画を観に来た観客が新たな価値観を学んでいる構造とも重なる。

<音を発するイメージ>

エイリアンの宇宙船に乗り込むと、そこにはカナリアがいる。かつて炭鉱で先に進む際に毒ガスがないかを確認するために、先に危険を察するカナリアを使用していたのだ。そのカナリアの鳴き声も本作では宇宙船の中とルイーズの見る夢の中で登場する。冒頭のルイーズが講義をする際に生徒たちの携帯電話の着信音が次々に流れるのも後のカナリアの鳴き声を予感させるものがある。

宇宙船をルイーズが初めて目撃し、観客にもその全容が初めて見える場面で、高音の変わった音楽が流れる。あの高音は人間の声であり、DVDやBlu-rayに収録される特典映像で、黒人の男性がレコーディングしている様子が少し映る。それ以外にも本作のサントラは人の声を使った楽曲が多数使用されており、これも本作のイメージにとても合っている。

<予感させるイメージ>

ルイーズはヘプタポッド語を理解したことで未来が見えるようになるのだが、映画という時系列で考えれば、序盤のあるシーンが後のあるシーンに連動しており、まるで本作自体がルイーズの理解できたこととも言える。

ルイーズが自宅で大きな横長の窓の外を見ながら携帯電話で話す場面は、後にエイリアンとガラス越しに対話する場面を予感させし、軍のテント内を歩いて進んでいく場面は、後に宇宙船に入りエイリアンと対話する部屋に向かうまでの道のりを予感させる。

ルイーズがイアンと初対面するのは夜のヘリコプターの中である。ヘリコプターの轟音が鳴り響く中、初対面の彼らは普通に話してもコミュニケーションが取れず、ヘッドセットを使ってようやくコミュニケーションが取れる。さらに、イアンはルイーズの書いた本の話から始めるが、ルイーズはもっと軽い会話から始めたいと考えており、彼らが後にエイリアンとコミュニケーションを苦労しながら積み重ねていくところが予感される。

そして、上述したカナリアは無酸素状態や有毒ガスがあるかどうかを先に察知するため、特に炭鉱などで先に進む際にある意味いけにえにされていたものである。本作ではその役目も果たしているが、そのカナリアこそルイーズそのものでもある。彼女は相手との信頼関係を構築すべく、誰もやっていない防護服を脱ぐという行為を率先して行っており、炭鉱で先に進むカナリアなのだ。

冒頭以降、初めてルイーズの頭の中に現在起こっている出来事以外の何かが思い浮かぶのは宇宙船で防護服を脱いで自己紹介をして少しわかり合えた気持ちになった後、宇宙船を出てからである。ほんの短い場面だが、ルイーズが娘のハンナと2人で馬小屋で馬と接している様子である。想像だが、おそらくまだ小さなハンナにとって初めての馬との交流であろう。これこそ、言葉の通じないエイリアンと対話するルイーズとも重なる姿であり、言葉の通じない相手というのは人間だって場所が変われば存在するし、赤ちゃんだって言葉を習得するまでは言葉の通じない存在でもある。また、馬小屋といえばイエス・キリストが生まれた場所でもあるわけだし、後述のように宗教的な観点からこの馬小屋が選ばれたのだろう。

また、シャン上将とのやり取りが終わると、黒い画面の奥にニュースのテレビ画面が映り、そこから各国のニュースのテレビ画面が次々に浮かび上がってくる。ヘプタポッドとの最後のやり取りで多くの文字を表示したところと重なるわけである。

そして、本作の終盤になると、今までフラッシュバックに思えたものが後に実はフラッシュフォワードであったことが分かる。将来、ルイーズはヘプタポッド語をまとめた本を著して講義している様子がうかがえる。ルイーズは将来自分が著する本を見てヘプタポッド語を理解したようにも見え、この鶏が先か卵が先か論に通ずるタイムパラドックスが生じている。それは地球がどのようにして誕生したのかが明確になっていないことと同様に何が先で何が次で、何が始まりで何が終わりかなんてわからないものだらけである。

<贈りもの>

言葉がヘプタポッドからの贈りものだとしたら、それを人間がどう扱うかがポイントとなる。本作では宇宙船の現れた12か所それぞれがエイリアンを交流し、それぞれが成果を報告し合っていた。ところが、ヘプタポッドの発する言葉から「武器」という言葉を認識してから中国が宇宙船へ宣戦布告することになり、それまで協力し合っていた12か国は通信回線を遮断してしまう。もし、それぞれの成果を惜しみなく提供していれば「共通言語」になったかもしれない。ある言葉の解読、解釈をそれぞれ異なる言語を話す人たちが々解読、解釈になるのは難しいかもしれないが、共通言語があればそれは人類の持つ大きな強みになる可能性がある。たとえば、「What is your purpose on Earth?」という質問をしたいのだが、英語には「あなた」と「あなたたち」を区別する言葉はない。そういった各言語の持つ不便さを解消できるツールになるかもしれない。また、サルから人に進化してきた人間が、火を使い言葉を使えるようになった。そこから何世紀もかけて高次な人類に進化することができるかもしれない。そういったロマンが本作にはある。

また、これは少し宗教を感じさせる部分でもある。ユニバーサル原語というタイトルの教科書を出版したルイーズが講義する様子も映るが、書物となって広がっていく様子はキリスト教が聖書とともに全世界に広まっていったところと重なる。それに、母親が存命中に子供が死ぬというのも、マリア様から生まれたキリストがマリア様の存命中に死んだところとも重なる。ある人にとっては宗教に出会ったことで今までにはなかった価値観と出会い、心が救われて前向きに生きることだってできる。あと、ルイーズが宇宙船に入り通路の先に辿り着くところで流れる怖い音楽はパイプオルガンというわけではないが、どこか宗教音楽っぽい雰囲気もあるし、あの暗い通路の奥に光る場所が待っているのも大聖堂のステンドグラスのようでもある。

3,000年後に人類の助けが必要になるからヘプタポッドは現れて言語という贈りものを届けにやって来た。アメリカでは人間の破壊工作により爆破に巻き込まれたアボットは死んでしまう。時世のない考えを持つヘプタポッドにとってアボットはそこで死ぬことは分かっていたわけである。それでも彼らは地球のアメリカにやって来た。これはルイーズが後に子供を若くして亡くすのに子供を産む選択をするところと重なる。

<子供が病気で死ぬと分かっていても子供を産むか>

ルイーズはイアンとの間に子供を作り、その子供が希少疾患で若くして亡くなるという未来を見る。それでもルイーズは子供を作ることを決意する。将来への不安があっても子供を作る主人公と言えば、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の「静かなる叫び(2009)」を思わせる。あの映画に出てくるメインキャラクターは主人公の女性以外には、フェミニストを憎むテロリストの男と、女性を助けようとしながら銃を向けられて何もできずに責任を感じて自殺した男だった。身近にそんな男がいれば、自分の産む子供が男の子だったら、「テロリストになるかもしれない」とか「自殺してしまうような人間になるかもしれない」と思っても不思議ではない。それでもたくさんの愛情を注ぐことを決意して妊娠を決意する主人公であった。本作のルイーズにも通じるところを感じる。

もちろん人間誰しも「死」は避けられない。ルイーズの娘ハンナのように若くして亡くなるケースの方が少ないとしても、誰しもが明日死ぬかもしれないのだ。厚生労働省が発表した「令和3年人口動態」によると、日本でも2021年だけで143万人が亡くなっており、1日あたり約4千人が亡くなっている計算になる。誰かの死はニュースで毎日のように見聞きするが、実際に身近で誰かが亡くなることはそんなに多くはない(もちろん職業柄などにもよるが)。

そのハンナの死が悲しいものであっても、ハンナをお腹の中で10か月ほど育てることも、生まれてからハンナと過ごした日々はルイーズにとってかけがえのないものであり、たとえハンナに早すぎる死が待っていたとしても、それらの経験は産まなければ得られないものであろう。そしてその経験を現在の段階で知ったからこそ、シャン上将に連絡して攻撃を止めさせたわけでもある。「生」があるから「死」もあるわけで、人生たとえどれだけ充実したものを送ったとしても、悲しみや苦しみを全く経験せずに生きることはできない。喜びも悲しみも人生である。

そして、人は生と死を繰り返していく。そうやって生存し続けてきた。これからもそうだろう。どのタイミングで誰と本作を見るかで影響度合いは変わりそうだが、これからの生き方、自分や他人の死との向き合い方を考えずにはいられない。SF映画の新たな傑作。

 

 


取り上げた作品の一覧はこちら

 

 

 

【予告編】

 

 

【配信関連】

 

<Amazon Prime Video>

 

言語

├オリジナル(英語/ロシア語/中国語)

 

<Amazon Prime Video>

 

言語

├日本語吹き替え

 

【ソフト関連】


<DVD>

 

言語

├オリジナル(英語/ロシア語/中国語)

├日本語吹き替え

映像特典

├新しいSF:「メッセージ」が伝えたもの

├特徴的な音響:サウンド・デザイン

 

<BD>

 

言語

├オリジナル(英語/ロシア語/中国語)

├日本語吹き替え

映像特典

├新しいSF:「メッセージ」が伝えたもの

├特徴的な音響:サウンド・デザイン

無限のループ:音楽

自由な発想:編集のプロセス

原作者テッド・チャンによる解説:時と記憶と原語の原理

 ※下線部は上記DVDに収録されていないもの

 

<ULTRA HD+BD>

 

収録内容

├上記BDと同様

 

【音楽関連】

 

<マックス・リヒターの「On The Nature of The Daylight」>

 

 

<CD(サウンドトラック)>

 

収録内容

├20曲/56分

※マックス・リヒターの「On The Nature of The Daylight」は収録されていません。

 

【書籍関連】

 

<ドゥニ・ヴィルヌーヴの世界 アート・アンド・サイエンス・オブ・メッセージ(大型本)>

 

発売日

├2023/02/10

形態

├電子/紙(2,500部限定生産)

著者

├タニア・ラポイント

翻訳者

├阿部清美

長さ

├176ページ

 

<あなたの人生の物語(本作の原作)>

 

原作者

├テッド・チャン

長さ

├528ページ

収録内容

├「あなたの人生の物語」を含む計8編