【作品#0550】プロミシング・ヤング・ウーマン(2020) | シネマーグチャンネル

【タイトル】

 

プロミシング・ヤング・ウーマン(原題:Promising Young Woman)

 

【Podcast】


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【概要】

2020年のイギリス/アメリカ合作映画
上映時間は113分

【あらすじ】

優秀な医学生だったキャシーは、親友のニーナが同級生にレイプされて自殺したことを受け、医学部を中退して喫茶店で働いている。ただ、彼女は夜になると、バーで酔っ払ったふりをして誘ってきた男性の家に行き、女性の体目当ての男性に制裁を加えていた。そんなある日、医学部時代の同級生ライアンと再会を果たし、次第に仲を深めていくが…。

【スタッフ】

監督/脚本はエメラルド・フェネル
製作はエメラルド・フェネル/マーゴット・ロビー
製作総指揮はキャリー・マリガン
音楽はアンソニー・ウィリス
撮影はベンジャミン・クラカン

【キャスト】

キャリー・マリガン(キャシー
ボー・バーナム(ライアン
アリソン・ブリー(マディソン)
アルフレッド・モリーナ(ジョーダン)※ノンクレジット

【感想】

女優だけでなく作家としても活躍するエメラルド・フェネルの長編映画監督デビュー作は、コロナ禍の影響もありそこまでヒットこそしなかったが、批評家からの評価は高く、アカデミー賞では作品賞含む4部門にノミネートされ、脚色賞を受賞した。女性監督としてはデビュー作として初、そしてイギリス人女性監督としては初のアカデミー賞監督賞ノミネートとなった。ちなみに、キャリー・マリガンとアルフレッド・モリーナは「17歳の肖像(2009)」で親子役で共演している。

本作を見てまず思い出すのは、1970年代の女性による復讐映画である。西部劇にしても「女囚さそり」シリーズに代表される邦画にしても女性による男性への復讐映画はメジャーではないにしても一ジャンルとして地位を確立していた。また、男性主人公ではあるが、チャールズ・ブロンソン主演の「狼よさらば(1974)」なんかも思い出す。この映画では、チャールズ・ブロンソン演じる主人公ポール・カージーの妻と娘が暴漢にレイプされ、妻は死に、娘は精神を病んでしまう。平和主義者のポールは銃を手にし、夜道や地下鉄であえて不良に絡まれて銃殺し、次第にそれがやめられなくなっていくという物語であった。いわゆるビジランテものの映画である。本作の主人公が親友のレイプに関わる人間以外に鉄槌を下していくところも似ていると言える。

その本作の主人公キャシーはかつて優秀な医学生だったが、親友ニーナが同級生にレイプされたことを受けて自殺してしまい、それにショックを受けたキャシーは医学部を中退して喫茶店で働いているという設定である。また一方で夜になるとキャシーは、男女が集まる酒場で酔っ払ったふりをしてあえて「お持ち帰り」され、男が手を出してきそうになったら鉄槌を下すという行為を繰り返しているのである。そんなキャシーのファーストカットは酒場のソファーに座り両手を広げている。どう見てもキリストの磔を想起させるものであり、この格好は本作で何度となく登場する。

そんな本作はクラブで踊る男性たちのチノパンの股間や臀部のアップで始まる。酒を飲むと人によっては気持ちがオープンになり、男女が仲良くなる可能性のある場所でもある。なので当然のように男性が女性に、あるいは女性が男性に声をかけたりナンパしたりすることも行われることだろうし、それ自体が悪い事ではない。しかも、男友達同士でいれば、「あの女の子に声かけて来いよ」なんてノリも当たり前のようにあるだろう。そんな中でキャシーの最初の被害者!?になるのはジェリーという男である。キャシーは泥酔し、スマホをなくしたと言って、ジェリーの部屋にお持ち帰りされることになる。タクシーに乗って家に着くとジェリーが2つのグラスにお酒を注ぐのだが、明らかにキャシーに渡す方のグラスに自分のグラスよりも多く酒を注いでいる。いかに男が自分がコントロールできる状況に持っていこうとしているかがよく分かる。キャシーはあくまで連れて来られたという雰囲気を醸しつつも、ジェリーはキャシーをベッドに連れて行き、パンティを脱がし始める。そこに唐辛子型の照明がいくつもあるのはまさに男性器の象徴のように思える。キャシーが「Wait.What are you doing?(ねえ。何やってるの?)」と何度聞いてもジェリーが行為を続けようとすると、キャシーは起き上がって真剣に「何やってるの?」ともう一度聞く。

すると、画面は翌朝に切り替わり、キャシーは荷物とハイヒールを持ち裸足で道を歩いている。その後、工事現場の男連中から声を掛けられると、真顔で睨み返している。すると男連中から「女ならニコッとしろよ」と笑顔まで強要される。ハイヒールを履き、愛嬌を振りまくようにと男性側から押し付けられる女性像から脱却すべく、ハイヒールを脱ぎ、真顔で男連中を睨みつける姿はまさにひとりの素の女性、人間ということだろう。また、キャシーのシャツには血ではないかと思わせるものが付いているので、殺したのではないかと思うが、おそらく左手に握る朝食のケチャップだ朗。また、後の男たちに鉄槌を下す様子を見るにそこまではしていないのだろうと推察できる(後にジェリーの友人だった男も出てくる)。また、彼女は後に相手に対して絶対に許さないというわけではなく、「許す」という選択肢も持っている。その相手が次回同じような行動をとる時に、「もしかしてこの女性もあの女性と同じ考えだったら…」と躊躇させたらいいわけである。さらに面白いのは、本作を見ること自体が抑止力に繋がる可能性があるというところである。本作を見た男性が目の前で酔っ払っているであろう女性に対して、「もしこの女性が「プロミシング・ヤング・ウーマン」を見ていた女性だったら…」と思わせることだってできるはずである。そこまでできれば大成功だろう。

次にキャシーに鉄槌を下される男は会話が音声だけ聞こえる。その次はニールという小説家の男である。キャシーの顔を見て「化粧をしない方が良い。男は化粧が嫌いだ。女性を抑圧するシステムは嫌いだ」と言って、自分が相手に押し付けていることに何も気付いていない男である。男たちはキャシーがシラフであることが分かると急に弱くなる。

酒を介した望まない性交渉はどこの国にもあるものなのだろう。その被害に遭うのは多くの場合が女性である。本作ではキャシーの親友ニーナがどんなことをされたのかは明示されないので何となくしか分からないが、おそらく酒を大量に飲まされて意識もない状態のままアルという男にレイプされたのだろう(ちなみに本作にはレイプという直接的な表現は出てこない)。しかもその様子をライアンの友人ジョーが撮影していたのだ。その映像をキャシーが見る場面があるが、あくまでキャシーの表情を捉えているので直接的な表現はない。音声は聞こえるが、男たちの声ばかりでニーナの声もしないので、完全に意識を失っていた状態なのだろう。また、動画に撮られているのはアルだけだが、他の男たちも後に行為に及んでいたかもしれない。この件についてかつての同級生に話を聞いて回り、そのうちの一人マディソンは、「彼女も大量に酒を飲んでいた」と話している。ニーナの親友キャシーの言い分からすると、ニーナが大量に酒を飲んでしまいその結果として望まない性交渉をしてしまった可能性は低い。ただ、本作ではニーナが自主的に酒を飲んだのかまでは描いていないので彼女に落ち度が全くなかったとまでは言っていないようにも感じる。学長が「疑わしきは罰せず」と言っているように、疑いはあるが100%有罪であるという風に描いている訳ではない。もちろん、複数の男たちがカメラを回して1人の女性をレイプしたのは事実だろう。酒に睡眠薬を入れていたかもしれないし、正常な判断ができなくなるまで飲ませたのかもしれない。この描き方はかなり微妙なラインを攻めていると感じる。また、この感じは後のリドリー・スコット監督の「最後の決闘裁判(2021)」にも似たものを感じた。ここでニーナがレイプされるまでにどのような行動をしたのかも描かれることはない。これは多くのレイプ事件が密室で行われ、真相がはっきりしないまま不起訴になったり無罪になったりすることと重ね合わせられているようだ。ただ、現実に酒に飲まれてしまう女性がいるのも事実である(だからと言ってレイプされた女性側が悪いとは一切思わない)。酒に飲まれて正常な判断のできない状態になれば、他人に迷惑をかけるかもしれないし、何かを盗まれるかもしれない。

キャシーはマディソンを呼び出し、「何も変わってないね」と見た目のことを言うが、おそらく中身もだろう。大量の酒を飲んだマディソンは徐々にくらくらし始める。そこでキャシーは席を立ち、スタンバイさせていた男にホテルの部屋へ連れ込むように指示を出してその場を後にする。後にキャシーはマディソンに「何もなかった」と説明しており、おそらくその通りだろう。ただ、ここも上述のように「本当はどうだったのかは分からない」わけである。この男がキャシーの指示を無視してマディソンをレイプした可能性だってあるわけだ。密室ともなれば隠しカメラでもない限り何が行われたのかは知る術もない。泥酔した状態のせいで記憶がなく、「もしかしたらレイプされていたかもしれない」なんて恐怖でしかないだろう。これは女性側へもアルコールや男を甘く見ない方が良いという十分すぎる教訓になっているとも言える。

キャシーの母親は医学部を中退して実家暮らしをし、ケチなコーヒーショップで働くキャシーを異常だと言う。友達に聞かれても娘のことを答えられないと嘆いている。結局、キャシーの母親もキャシーに対して「こうあってほしい」という理想像を押し付けようとしている。キャシーの母親だってキャシーを全面的に観方する存在とは言えない。

かつて在学したフォレスト大学のウォーカー学長もキャシーの味方ではない。久しぶりに訪れてニーナのことを尋ねると覚えてすらいなかった。ニーナの告発に対し、言い分が違い過ぎるとか証拠が足りないとか言って、「疑わしきは罰せず」の考えの元、アルらを罰することはなかった。ニーナも酔っ払っていたし、人は自分の欠点を認めようとしない。また、この一件で前途洋々の若者を潰すわけにもいかないとまで言う。ニーナが自殺したことで将来が潰されたのに、そんなことはお構いなしと感じてしまう。また、この直前にウォーカー学長の娘を「誘拐」したキャシーがその事実をウォーカー学長に伝えると、急に態度を翻して「あなたが正しい」と言い始める。自分の学校の生徒と自分の娘でコロッと態度が変わってしまう。

マディソンもウォーカーも考えを変えていなかったことに腹を立てたキャシーはライアンからの映画の誘いを断り、また酒場で酔ったふりをして男へ鉄槌を下すという復讐行為を行おうとしていた。すると、ライアンが通りかかって自分とのデートを断って酒場で男漁りをしていたと思われてしまう。

最終的にキャシーに協力するのは女性ではなく、かつて加害者の男たちの弁護をした弁護士の男ジョーダンである。明らかにレイプした男たちを弁護して無罪を勝ち取り続けたという過去の自分の行いを悔いて精神を病み現在は休業状態になっている。告発を断念させると特別手当が出たとか、ネットでパーティで酔う女性の写真を見つけたら陪審員の心証を悪くすることができるとか、当時どのようなことをしていたのかを正直に話してくれる。ここでキャシーはこの弁護士の男を許すことにする。ここでジョーダンはキャシーの対応をしながらタバコを吸っており、ジョーダンに余裕がないことが分かる。また、座るキャシーの両後方に枯れた植木鉢が置いてある。ジョーダンに植木鉢の植物に水をやる余裕がないことが示されると同時に、ジョーダンが正直に話したことでキャシーの復讐の気持ちが萎えていることも示しているように感じる。

その後、キャシーはニーナの母親を訪ねることになる。ニーナの思い出話をしていると、16歳の誕生日の話をして、ニーナの母親は「彼女にとって人生最悪の日」と言っている。ニーナが自殺した以上、彼女にとって人生最悪の日はニーナの母親の言う16歳の誕生日ではないわけで、ニーナの母親はあの事件のことを忘れようとしていることが分かる。すると、ニーナの母親はキャシーに「何しに来たの」と聞いて、キャシーは「あなたに会いに来た」と答えている。おそらく弁護士のジョーダンが罪を認めたために、そのことを伝えに来たのではないか。もしくは苦しんでいるであろうニーナの母親を慰めに来たのではないかと感じる。ニーナの母親はキャシーに「前に進んで。みんなのために」と言う。以降のキャシーは復讐行為をやめて、ライアンとの楽しい日々が始まっていくのだが、ここでカメラは彼女を正面から捉えるロングショットに切り替わり、さらにカメラは後退していくのが面白い。ロングショットに切り替わることで、後ろ向きの人間がキャシーしかいないことを示し、カメラが後退することで、彼女にとって「前に進みなさい」の一言では簡単に片付かない問題であるということが、このカメラの引きに集約されているように感じる。

男遊びをしていたとライアンに思われたキャシーがライアンの元へ謝罪に行く。当然、持ち帰り男に鉄槌を下していたなんて真相を話すことはできず、男遊びは止めたからもう一度チャンスをくれとライアンにお願いする。ライアンは「分からない」と答えると、キャシーはそれ以上を望まずにその場を後にする。少し前には、弁護士のジョーダンが本当のことを認めて謝ってキャシーは許した。今度はキャシーが本当のことを隠して謝ってライアンは「分からない」と答えたところも面白い。

その後、コーヒーショップにライアンが現れて仲直りすることになる。そこからは、いわゆる恋愛映画やラブコメのような画面構成になっている。特にキャシーがピンク、ライアンが青の服を着るという、いわゆる女性らしい、男性らしい色使いの衣装を身に纏っているところも意図的だろう。そして、ライアンを実家に招き両親と4人で食事するなどキャシーが「前進」しているように映画も進んでいく。

嫌なことは忘れていたのに、実家にマディソンが現れる。キャシーがマディソンからの電話を折り返さなかったことで不安に思い、あの時何もなかったかをマディソンがキャシーに直接確認する。ホッとしてマディソンは「見せたいものがある」と言ってキャシーの部屋に上がる。部屋に入ったキャシーの視線や表情から、「もう30にもなるのにこんな部屋なの」という感じが受け取れる。どこか少女のような彩りの部屋であり、キャシーという女性がまるであの7年前から止まっているのではないかと思わせる。衣装もどこかパステルカラーのような淡い色合いのものが多い。

マディソンは当時出回っていたという動画の入った携帯電話をキャシーに渡す。そして、「私を巻き込まないで。そして二度と連絡してこないで」と言って立ち去る。酔っ払って起きたら知らない男性がいたという経験をしたことでニーナのことを思い出したとマディソンは言っていた。自分が酔っ払って寝ている間にこの男にレイプされたかもしれないという思いを経験したけど、でも巻き込まれたくないのだ。おそらく自分には双子の子供もいるし、面倒なことには付き合いたくないと思っている。これだけのことを経験してもキャシーに味方するでもなく、突き放す。もし同じ状況ならこのマディソンと同じような反応をする人も多いかもしれない。そして彼女から渡された携帯電話に残る動画を見るキャシーをカメラはただ映し続ける。ここでどんな映像なのかは見せることはない。キャシーが表情を歪めるショットだけで十分に伝わる。この動画に収められるような悲しい過去を持っている人たちへの配慮でもあるし、あと何と言っても本作にはニーナの姿が映ることはほとんどない。静止画でおそらくニーナであろう女性が映るのもほんの僅かである。これもこの女性がレイプされたと連想されにくくする配慮であろう。本作はこういった配慮もしっかり行き届いていると感じる。

順調だと思っていた生活も、このニーナのレイプ動画にライアンがいたことでぶち壊されてしまう。この動画をライアンに見せると、ライアンは「見たくない」とか「覚えてないんだ」とか「ガキだったから」と言い訳を始める。「僕は悪い人間ではない。許してくれ」とキャシーに言うが、キャシーはそれを断る。本当のことを言ったジョーダンは許しても、言い訳ばかりして罪を認めないライアンを許せるはずがない。「僕は何もやっていない」と言い、キャシーから「罪なき傍観者ってわけね」と返される。多分ライアンはニーナをレイプしていないのだろう。ではなぜ止めなかったのかというわけだ。

キャシーはアルの独身最後のパーティ会場へ行く。キャシーがアルを2階に連れて行き、アルの両手とベッドの格子を手錠で固定する。アルが「緩くしてくれない」と聞くと、キャシーは「慣れるわよ」と返す。また、「君は何もしないよね」とアルが聞くと、キャシーは「私がそんなことする女に見える」と言う。ここもおそらくレイプする男性が痛がる女性に対して使う言葉、怖がる女性に対して男が使う言葉の反転だろう。キャシーはアルに何があったのかを聞こうとするが、アルは一向に答えようとしない。告発されたことに対して「男にとって地獄だ」と言い、レイプされた女性のことなんて何も考えていない。ちなみにここでアルが履いているズボンは冒頭の男性たちの股間のアップで始まるオープニングと同じくチノパンである。

自己を確立していたニーナだったが、レイプされた後に付きまとったのはアルの名前であった。告発したことで事件も明るみに出て、ニーナという1人の女性ではなくではなく、アルにレイプされた人と認識されてしまったのだろう。それが苦で自殺してしまったとキャシーは言う。

最終的にキャシーの復讐は未遂に終わり返り討ちに遭ってしまう。アルに手錠をかけたが、アルの力の前にキャシーはなす術がなかった。男性の腕力の前に女性が腕力で勝ることは現実的に難しい。翌朝、何も知らないジョーがアルのもとへやって来る。アルがこのナースが死んでいると言ってもジョーはなかなか信じない。ついに顔を見て死んでいると分かると、ジョーはアルに「お前は悪くない」と言って慰めてくれる。その時アルのもとへ行く時に、キャシーの腕をさらっとのけているところなんかにこのキャラクターの軽薄さが表現されている。

その後、刑事がキャシーの両親と話していると、「あの子は調子が戻ってきたんだ」と言う。また刑事はライアンのところへもやって来る。刑事が「キャシーが自分を傷付ける可能性はあったか」という問いに対してライアンは「可能性はある」と答えている。これによってキャシーは鬱病を患い、その回復過程での自殺の線で捜査が進んでいってしまう。こう仕向けてしまう辺りも罪深いところだ。

すると、アルの結婚式の場面に移行し、出席したライアンの元へキャシーからメッセージが届く。事前に予約されたメッセージには、「終わったと思ってないよね」と書かれ、次々にメッセージが届き、「結婚式を楽しんで」と皮肉のメッセージそして最後には「;)」の顔文字が送られて映画は終わる。ちなみにセミコロンと括弧閉じの顔文字だが、英語圏では顔文字を横に見るらしい。なのでセミコロンの下のコロンは右目のウインクということになる。これは調べるまで知らなかったが、映画の最後のカットなので見ている時に分かれば良かったなとは思う。

簡単には消し去れない過去。だからこそキャシーは行動するわけだし、動画というものとして過去は残っている。ニーナへのレイプはアルやライアンにとってはすっかり忘却の彼方にあるものかもしれないが、動画が残っていた。このある種の詰めの甘さは、後にキャシーの遺体がいとも簡単に発見されるところとも重なるだろう。そして、多くの男たちが女性をレイプしてきたこと、それを知りながら何も行動してこなかった周囲の人々(それは男性だけでなく女性も)、レイプされた女性が軽蔑の目で見られ続けてきたこと、それぞれを過去のものとして、キャシーは真正面から戦い、その戦いは最後にはライアン、そして観客の手に委ねられることとなった。最後のウインクはそういった意味合いだろう。

キャシーは自ら死ぬ覚悟でそこまでやる必要があったのだろうかと聞かれたら、「あったのだろう」と答えざるを得ない。キャシーの登場シーンがキリストの磔を想起させるものだったことを考えると納得はいく。あの復讐行為に走るキャシーは生きた心地はしなかったのではないか。そして、あの復讐行為も計算ずくでやっていたことだろうけど、それと同時にこの怒りをどこに向ければよいのか分からず生きてきたことだろう。ネット等で「なぜすぐに復讐しなかったのか」という意見を目にするが、すぐに何でもかんでもできないだろう。ニーナの自殺以降、キャシーも心を閉ざして外に出ることすらできない生活が続いていたのではないか。ようやく立ち上がり、実家暮らしであっても喫茶店で働く程度の活動はできるようになった。しかもレイプしたアルはロンドンに行っていたわけだし。また、キャシーが死んでしまうことで、観客にも大切な人が亡くなってしまった喪失感を味合わせたかったのではないかと感じる。キャシーは大切な親友ニーナを亡くした。そして、本作のキャシーはすべての観客に受け入れられるようなキャラクターではないが、キャリー・マリガンの演技力も相まって多くの観客がキャシーの味方だっただろう。そんな彼女が映画の中ではあるが死んでしまった。これぞ映画的体験と言えるのではないか。

ただ、残念ながらキャシーには残された人々のことはもう考える余裕がない。このキャシーの死を受けて、両親だけでなく、コーヒーショップの上司も、それからニーナの母親も悲しみ苦しむだろう。復讐なんて意味がないという趣旨の映画も山ほど作られ、復讐を終えた人物が虚無感に襲われたり、その行為を後悔して悲しんだりする姿は数多く見てきた。ただ、本作はそういった趣旨の映画ではないと思うし、レイプで人が死ぬんだと言うことも強く訴えたいのだと感じる。

また、人生には色んな瞬間があるように本作では悲しみも喜びも怒りも本当にあらゆる感情を表現している。その表現はキャリー・マリガンの演技だけでなく、彼女が身に纏う衣装や部屋やコーヒーショップ、ドラッグストアなどの美術まで多岐にわたる。衣装で際立つピンクと水色。それ以外にも赤色なんかも印象に残った。そらに音楽の使い方も秀逸で、ある場面を切り取ればラブコメだし、ある場面を切り取ればサスペンススリラーだし、というように表情豊かな作品でもある。

さらに映画鑑賞後に考えたのは、キャシーの別の将来である。キャシーがこのライアンとうまくいったとしていた場合、ニーナの遭った被害に対する復讐心は完全になくなっていただろうか。ライアンという人間を考えるといずれライアンに対しても何かしら良くない感情を抱き、また復讐を再開していたかもしれない。それから、もしライアンにすら出会っていなければマディソンに連絡して彼女からビデオを見せられることもなかっただろう。そうすると、あの酒場で酔ったふりをして男へ復讐するという行為も徐々にできなくなってくるだろう。年齢と共に酒場で男が求める女性像からかけ離れていき、同じような復讐はできなくなっていたのではないかと考える。

復讐ものとしても、それから単純に一映画としても十二分に楽しめた。さらに映画を鑑賞中もそれから鑑賞後もこれほどあらゆる思いを巡らせる作品に巡り会うことも少ないだろう。監督のエメラルド・フェネルも本作の出演者も次回作が楽しみになった。

【音声解説】

参加者

├エメラルド・フェネル(監督/脚本/製作)


監督のエメラルド・フェネルによる単独の音声解説。役者の印象、役者からの提案やアイデア、美術や音楽への拘り、撮影時のトラブル、結末の脚本など事細かに語ってくれる。

 

 

 

取り上げた作品の一覧はこちら

 

 

 

【予告編】

 

 

【配信関連】

 

<Amazon Prime Video>

 

言語

├オリジナル(英語)

 

【ソフト関連】

 

<DVD>

 

言語

├オリジナル(英語)

 ※日本語吹き替え版は収録されていません。

音声特典

├エメラルド・フェネル(監督/脚本)による音声解説

映像特典

├前途有望な監督

├キャシーの返信

├本作を支えるキャスト陣

 

<BD>

 

収録内容は上記DVDと同様