GLAYさん全員大好きなので全員の好きなところを語りたいのだけど、まずは俺達のリーダーについて語らなければなるまい。
いや、あんな男前な人おる?
センスの塊だし、紡ぐメロディーと言葉が変幻自在だし。
真摯だし紳士だし。
でもおちゃめだし。
ライブで見せるセクシーな大人の魅力は他の追随を許さないし。
圧倒的統率力。圧倒的な愛。
きっと日々すごい重圧にも耐えてると思うけどそんなこと見せずにGLAYを率いる絶対的リーダー。
むしろ我々ファン達のリーダーでもあると思ってる。
リーダーに従います!押忍!!
でも実はTAKUROさんへの今のビッグ・ラブを語るにあたり、避けて通れないことがある。
それが前に書いた「失われた10年」なんですよね。
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(ここでチラッと書いた。)
あれは忘れもしない、2001年のGLAY EXPOの後のこと。
当時自分はまだ社会人経験も浅く、今みたいに遠征しまくれるような状況じゃなかった。(当時の会社ブラックだったしね…)
それが悔しかったとかそういうわけじゃないし、当然だと思ってたんですよね。
後日、確かそのエキスポで「映像化して欲しいシーン(曲?)は?」みたいなアンケートがあったと記憶してるんですよ。
その後のFC会報に掲載されていたメンバーの対談で『南東風』が見たいという意見が多かったという話をされてて、
その中で
「あれは、大変な思いをして九州まで来てくれた人のために特別に(ゴチダンスとかを)やったんだよ。お前らはがき送っただけだろ?」
って言葉があったの。
それを見た瞬間に一気に気持ちが冷めたというか、「あ、そういうふうに考える人なんだ…」とがっかりしたというか・・・
悲しかったり腹立たしかったりで、FCも辞め、しばらくGLAYからは遠ざかってた…というのが私の”失われた10年”、暗黒期の実情です。
おもちの心の声:「行きたくても行きたくても行けないことだってあるのにそんな言い方しなくてよくない??」
今は、多分そんなつもりで言ったんじゃないだろうなってことはわかるし、半分冗談だったんだろうなってことはわかるんだけど、当時は私も若かったんで(^_^;)
「はぁ?じゃあもういいわ!行かんわ!!!」とキレてしまった・・・と。
FCは更新せず、持っていたCDやビデオ(古)やDVDもすべて手放した・・・
それでも嫌いにはなりきれず、未練がましくちょろちょろと情報は追ってたり、CDが発売されれば確認し、誘って貰えれば数年に1度はライブに行ったり…でも、何かを持つことはしなかった。
今となっては当時の自分をぶん殴りたいですけどもねw
その間に、GLAYさんは独立したり、多くのファンの記憶に残る活動をしてて、TAKUROさんがどれほどの熱量を注いでいたのか、後から知ることになるんですよ私は。
逆に言うとあの暗黒期があったからこそ今TAKUROさんの偉大さがわかってるってところある。
音楽にこんなに深い意味を持たせてくれたのはこの人だなと思ってます。
メンバーや家族だけじゃなく、ファンも、なんなら世界ごと愛してるなって思うTAKUROさんが大好きだ!!
俺達のリーダー!!!
音楽で泣かせてくれたり笑わせてくれたりするとこがTAKUROさんの一番好きなとこです!