私が住んでいる辺りでは今週末までが桜の見頃という様子で、日中は上着を脱ぐような陽気となってきました。
暖かくなるとおかしな人が増えるとはよく言いますが、あれは本当なんでしょうか。
それはともかく、中央アルプス駒ケ岳の麓に位置する駒ヶ根市の地名、女体(にょたい)です。
女体は住所としては消滅しており、現在の赤穂(あかほ)北割二区の中に含まれる。
その辺りに残る女体の痕跡を求めてうろついてみた。
…この部分だけ抜き出すとまるきり変質者だ。
まず、中央自動車道駒ヶ根ICを下りたところに「女体入口」バス停がある。
非常に意味深に聞こえるが、単純にここが地名としての女体の端にあたるのだろう。
ここから南方向が女体のはずだ。
バス停横には地下道があって狙っているとしか思えないが、もちろんこれが女体ではない。
地下道にはさわやかな中央アルプスの風景やライチョウの写真などが飾ってあった。
地下道入口に「駒ヶ根市赤穂商工案内図」が掲げられていたので見てみたが、特に参考になる情報はなし。
というか文字が半ば消えかけていて、恐らくここに書いてある旅館やホテルの多くも営業していないのではないだろうか。
昔はこういう素朴な地図看板が駅の近くやちょっとした集落の入口によくかかっていたが、いつの間にか見なくなった。
女体入口バス停横の道路を南へ300mほど進み、東へ曲がった集落の中に「女体いきいき交流センター」がある。
これまた扇情的というか、いやこっちが勝手に興奮してるだけかもしらんけど、スルーするには相当な大人力を要求されるネーミングである。
あとこれを撮ってるときに通りかかったおばちゃんと目が合ってすごく気まずかった。
んでなんとなく想像がついたかもしれないがこれはいわゆる公民館的な施設で、地図上では周りに他にも地名を冠した「○○いきいき交流センター」が点在しているのが見て取れる。
この日の探索では他に女体の地名が残っているものは見つけられなかった。
例えば近くの自販機での住所はこのようになっていた。
その他地図上では駒ヶ根市道大手女体線というのが見えるが、これも現地で文字はみつけられなかった。
地名の由来について、最初に浮かんだのは女體神社にまつわるというもの。
しかし女体の地内にはそれらしい神社はない。
駒ヶ根市内には日本武尊にまつわる美女ヶ森の伝説を持つ大御食神社(おおみけじんじゃ)が鎮座しているが、少し離れていることもあり、特に関係はないようだ。
あるいは牧之原市の男神・女神のように地形的特徴に基づくのかとも思ったが、現地は西に向かってゆるやかに登る平地に畑が広がっていて、女性に結びつくような特徴を感じない。
「中央アルプスの山並みが女性が横たわった姿に似ているから」という説もあるらしいが、そんなこと言ったらそこら中全部女体だらけだ。
中国の双乳山ぐらい議論の余地のない形をしてればともかく。
ということで駒ヶ根市の図書館で資料を探してみると、まず古くは太閤検地に「女躰」の地名が見えるという(『中沢・東伊那の地名ー地字を残すためにー』)。
また以前は女躰とは別に女躰原の小字?があったようだ(『赤穂の地名』)。
そして一番詳しくまた説得力のある考察をしていたのが『長野県の地名 その由来』という本。
それによると長野県内には他の場所にも女体の小地名や、それに音が近い「にょうてい(女帝、女体)」、「にょてがいと(女体垣外)」、「にゅうたい(入田井)」があるという(現在の住所としては多くが消えている)。
それらの土地に共通する要素から考えると、「にょ」は粘土質の赤土のことで丹(に)や丹生(にゅう)、埴(はに)と同じ意味。実際に丹生や赤羽根などの地名が赤土に由来するというのは一般的な説だ。
「たい」は平で台地など小高い平地を指す言葉という(八幡平(はちまんたい)など)。
著者本人がご自身のブログでも女体の由来について触れておられるので、そちらも合わせて読んで頂きたい。
分かってみると単純な地形語の組み合わせということでつまらなく感じるかもしれないが、私は逆に単純な言葉が文字になって伝わる内に変化し、様々な伝説を生み出すことが地名の面白さの一つだと思っている。
オチに代えて、同じ駒ヶ根市内のもっと真面目な入口。