浜松市の馬込川に架かる橋シリーズ(1、2)、3つ目の新橋です。
市内には新橋町(にっぱしちょう)の地名もありますが、こちらは普通に「しんはし」と読みます。
新橋西詰から。上流側の歩道橋は後付け。
下流側から。高欄には丸い窓が開いていて…
中に写真のような鉄枠がはまっている。
一本上流の永代橋の高欄と雰囲気は似ているが別の図案である。
どちらも単なる模様にしては凝っているので何か意味がありそうに思えるが不明。
完成は永代橋が昭和12年、新橋の銘板には「昭和二十八年三月修繕」とあり、今昔マップの「昭和25.8.30発行」の地図にも橋が描かれているので、永代橋とそれほど架設年は変わらないのではないかと思う。
追記:
『汽笛・ステンショ・まちこうば』によると、大正時代中頃に簡単な橋ができたのが始まりという。
その後、大正十年に天神町村が浜松市へ合併するときの条件の一つに正式な橋の建設が含まれていた。
そこで新しくできた橋ということで新橋と名付けられたとのこと。
その橋を昭和二十八年に「修繕」したのか、実質架け替えた二代目なのかはわからない。
高欄の頂部に自然石が並べられているのも永代橋に似ている。
親柱には軽く装飾が施されている。銘板は大理石のような白い石でできている。
南東の親柱は破損したのか、同じ形で新しいものに代っていた。
銘板は「新𣘺」「志んはし」と「昭和二十八年三月修繕」が二枚。
新橋越しに浜松の中心にそびえるアクトタワーを見る。
橋の下でカワウとカメが日向ぼっこしてた。