前回の男神社から女神社(めかみしゃ)へ。
…「おんなじんじゃ」じゃないよ。
あ、そういえば田原市に女體神社(にょたいじんじゃ)ってのがあったな。
今度行こう。
さて、男神から女神へ向かう途中の萩間川には女男橋(めおとばし)がかかっているのでついでに見ていきましょう。
両岸の地名を足して橋の名前にするのはよくありますが、ここではそれが自然と「めおと」になるというナイスブリッジ。
横の画は、「むかし男神に大蛇が住んでいて、女神の大蛇の所へ通っていた。あるとき男がそれを知らずに大蛇を松の木だと思ってまたいだところ、高熱を出して寝込んでしまった。」という地元のお話を元にしています。
両岸の左右で計四枚あるけど全部同じなのがちょっと惜しい。
男神側からみた女神山(中央)。
反対の西側から。こっちの方が特徴がわかりやすい。
男神山と同じく石灰岩でできています。
♪Goddess on the mountain topという『Venus』の歌いだしを思い出しながら山頂の女神社へ。
東側から登ります。
かなり急な坂を上ると中腹はお茶畑になっています。
「つわぶき参道」入り口。
ふもとから15分ほどで女神社に到着。
距離は短いけど登りがキツめです。
境内。これでほぼ全景。鳥居と社殿は南側、海の方を向いています。
社殿の周りを含め境内には石灰岩が露出しています。
由緒書き。
女神山は石灰山(いしばいやま)、また男神山の別称天神山に対応して(?)帝釈山とも呼ばれていた。
明治7年に字子守の山王神社へ合祀されたが、明治19年に分祀して現在地へ復帰、明治42年には逆にその山王神社を合祀し女神社へ改称したという社歴がちょっと面白い。
祭神は女神ということで伊邪那美尊と、山王神社の大巳貴命。
ただ、男神女神の山がイザナギ・イザナミ両神というのは後付けで、もっと抽象的に神体山として信仰されていたのではないかと思います。
この山を女神とするのは男神山にたいして形が丸っこいからかな~、と考えていましたが、訪問後にたまたま読んだ『神と自然の景観論』という本にこの辺りに関する記述がありました。
著者の野本寛一氏はこの山を裏山として育っており、
頂に帝釈天が祭られており、その脇には洞窟があった。女神山にはこの他二つの洞窟があっていつも不気味な口をあけており、そこをおそるおそる覗いたこともある。といい、石灰質の山体にできた洞窟を女性に見立てたようです。
しかし、石灰の採掘によってその当時とは女神山の姿は変わってしまっているそう。
山頂の洞窟はまだ残っているんでしょうか。
僕は気づきませんでしたが、境内に張られた縄の向こう側にあったのかな?
この辺りはこんな変わった見た目の山があったり、石油が採れたりとなかなか面白い所ですね。
おまけ。
女神公民館。女子会やってそう。