8月15日の記事「トランプ逮捕は間近?」に対し、在米の方より批判的なコメントをもらった。そこで、ここに返答の形で記事を書く。出来るだけ裾野を広げて、日米の歴史的関係の復習も兼ねて書いた。いち素人の日本国民が、国の将来を心配する気持ちから書いたもので、その意味でのバイアスが掛かっていると思う。客観的な批判及び評価を期待する。

 

そのコメントには、バイデンが大規模な選挙不正により大統領に当選となったが、トランプはその年の12月に戒厳令を布いて、選挙票の再カウントをすれば良かったという部分に特に強い批判が書かれていた。

 

以下に原文のまま再掲する:

 

アメリカ在住です。共和党の判事もトランプが指名した判事も最高裁も認めなかったのです。そして現在も組織的な不正の証拠などあがってませんよ。監査もあったけど結果は変わらなかった。


1州だけではないんだ、民主党が結託してそこまでの大きな選挙結果をかえる組織的な不正があったのならもうとっくに出てますよ。トランプは負けたんですよ。
 

当時のトランプ弁護団は追い詰められてますけど、戒厳令って冗談じゃない。
 

トランプ信者は自分達の事しか考えてないのですね。こんな状態で戒厳令なんて出したら国家反逆罪。
 

信者は不正があったと心底信じてるけど裁判で勝訴もしてないし逮捕者も出てないのにトランプに票を入れなかった人が納得できると思ってるのですか?
 

戒厳令なんてどこぞの独裁国家のやる事ですよ。トランプは戒厳令はしなかったのは当たり前だし、そのような考えをもつのは危険だと思います。
 

2)コメント欄への短い答と本記事への準備

 

直後の答えの概略は、以下の通りである。

 

最初に、私はトランプファンではありません。トランプの政治はMAGAです。所謂孤立主義の延長上で外交も行うという姿勢です。トランプは大統領就任後、日本は自分で国を防衛すべきと言って、多額の米軍駐留費を要求してきました。日米同盟は日本のためと誤解してのことです。(補足1)ただ、日本は当面、世界のリーダーとしての米国を必要とします。(補足2)トランプはそれに相応しいとは言い難い面があります。

 

貴殿の質問には新しいブログ記事で答えようと思います。その為に1-2日の余裕をいただきたいので、この短い返答で今日は終わります。その間、米国の半世紀以上にわたるインチキ政治の一例を示す、私の記事をお読みいただけると幸いです。それは、例えば第七貿易センタービルが崩壊したことでも解る911のインチキ、そしてアポロ宇宙船で月面着陸したという嘘を広めたインチキです。

 

米国の真実を隠蔽し、嘘を捏造して世界に広める体質に気付いてもらうべく、「私の月面着陸の嘘」についての記事を勧めた。 https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12466516473.html

 

アームストロング船長が月面に残したとされるクッキリとした靴跡、その時の言葉「That's one small step for a man, one giant leap for mankind.」のインチキをあばいた記事である。十分な知性をお持ちの方なら、きっと目を見開く切っ掛けになると思ったのである。

 

大統領選挙での組織的不正に対する告発を裁判所は門前払いした。その理由は正確には分からない。ただ言えるのは、日本でも同じだが、最高裁を始め裁判所は、極めて政治的に判断するということである。それは裁判官自身が自分の命と地位を守るためなのだろう。

 

日本の最高裁は1959年の砂川事件裁判で自衛隊の違憲判決を避けた。憲法9条は明確に武力の保持を禁止している。しかし、そのような高度な政治判断は、政治家がするべきであるとして、違憲判決を避けた。その論理は、統治行為論という言葉で語られている。

 

3)本記事を書く準備をする間、ほとのどその目的に合う記事を見つけた。

 

一つは20201224日に書いた文章である。①10年後から観た現在:米国を中心に進んだ民主主義崩壊の経緯」:https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12645924554.html

 

この記事では、トランプには戒厳令を布いて軍政下に選挙票の数え直しを行う以外に、選挙結果を次期政権の決定に正しく反映する方法はないだろうことを書いている。ただ、これを実行したとしても、結局失敗した可能性大である。

 

何故なら、時のアメリカ軍制服組トップである統合参謀本部議長マーク・アレクサンダー・ミリー(Mark Alexander Milley)陸軍大将は、大統領の命令を無視し自分の考えに近いと思われるエスパー国防長官(~2020/11)の指示に従ったからである。つまり、トランプ政権末期、ミリー大将は大統領に何の相談もなく、中国人民解放軍の将軍に対し、米軍は(大統領の命令があっても)中国軍を決して攻撃しないと連絡をとっていたのである。

https://www.asahi.com/articles/ASP9Y6S13P9YUHBI00P.html

 

そして、もう一つは、②「米大統領選挙の組織的詐欺的不正:米国在住の方との議論」である。

表題もズバリ今回の記事の目的の一部(選挙不正)をそのまま文章にしたものである。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12647937944.html

 

選挙不正については①の記事にもかなり書いている。しかし、決定的な話として、②の記事にyoutube 動画カナダ人ニュースさんの解説を引用している。(この動画は検索にかからない)

https://www.youtube.com/watch?v=zdWV2MHGSo8 

 

激戦州の一つミズーリ州のカウンティ(郡)の一つAntrium郡の投票集計機は、あのドミニヨン製である。その装置のログなどの調査によると、エラーをワザと起こらせ、その投票を別入力で変更した可能性があった。

 

ログ(使用記録)が大幅に削除されていたので、証拠は消されているが、68%という高いエラー率は残されていた。同様に、もう一つの激戦州であるジョージア州のFulton郡の装置も、エラー率が90%であったとの記録が残っていた。

 

どうやら投票用紙が、読み込みエラーが発生するようにつくられていたようである。このエラー票は、予め入力されていた比率で各候補に割り振られるとのことである。ドミニヨンの装置には自動的にそれを行う機能(RCV機能)があるという。そう考えると開票中継で、バイデン票がジャンプした謎が理解できる。

 

この投票用紙に問題があった可能性がジョージア州で議論され調査が決められた。その途端に、保管中の投票用紙が全てシュレッダーにかけられたという。アリゾナ州Maricopa郡でも同様の疑惑があったようだ。詳しくは、上に引用の動画で確認していただきたい。

 

このほか、郵便投票における多数の不正もあった。死亡者や引っ越し済みの人たちに郵便投票の通知が多数送られたと聞く。勿論、再度カウントしても結果が変わらない可能性もあるが、重要な不正が無かったという話はあり得ないことが、現政権の再調査をさせないところで明らかだろう。

 

尚、米国のグローバリストたちには、選挙不正を主張して大統領選挙の結果をひっくり返す手法は、2004年のウクライナ(ジョージソロスらが暗躍したオレンジ革命)で実践済である。それが現在のウクライナ戦争の起点である。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12740158516.html

 

 

4)戒厳令の発布の異常性について:

 

今回のコメントの主による「戒厳令なんてどこぞの独裁国家のやる事ですよ。トランプは戒厳令はしなかったのは当たり前だし、そのような考えをもつのは危険だと思います。」という指摘だが、これは「米国は現在内戦の最中である」という認識が、このコメント主に全く無いことが原因である。

 

前政権のスティーブバノンやピーターナバロを白昼衆人環視の下で逮捕し監禁する現政権の姿は、“どこぞの独裁国家”同様のならず者国家のものである。

https://www.trumpnewsjapan.info/2022/06/07/donald-trump-reacts-to-navarros-arrest/

 

米国は、2020年秋より冷戦の形をとるものの内戦中であり、それが最近ホットな内戦になったのだと思う。このあたりの事には、日本から移住した在米の米国籍或いは永住権を持つ方及びその子孫(例えば、youtuberHaranoTimesさん)の方が鈍感である。

 

それは、民主党の政策原理「マイノリティーの権利確保」によって、日系も利益を受ける立場だったからだろう。多分、今回コメントを下さった方やブロガーのchukaのブログさんも、HaranoTimesさんと同じ範疇に入る方々なのだろう。

 

日本の将来を憂いている在米の日本人(例えば、山中泉氏、伊藤貫氏)の方がこの情勢をより客観的に見ていて、その報告には悲壮感すら感じられる。共和党のMAGA派にとって、実権を握るには軍の支持を何とか得るしか、方法はないのだろう。

 

それは共産党中国と全く同じである。(補足3)米国が民主主義的だったのは、表面だけであり、イザという時には、裏の勢力が大統領職でも何でもガッチリと掌握する。それは、タフト大統領が二期目を目指したときも、同じであった。米国の中心にしっかりと座っているのは、ホワイトハウスの住人よりも、タフトの後に大統領になったウイルソンに設立させたFRBの支配者たちだろう。

 

 

補足:

 

1)日本に存在する米軍は、米国の国益のために存在する。その基本的理解がトランプには無かった。日本は19世紀後半の明治の新政府から、英米とその政治において強い影響力を持つユダヤ金融資本のプログラムに支配されて来た。20世紀の始め、日本は満州の権益で米国特にユダヤ系資本家と対立したために、その後今日のロシアのように徹底的に痛めつけられた。敗戦後、一般民にとっては貧困からの脱却に手を貸してくれた米国に感謝すべき面もあるのは事実だが、GHQは日本の主だった政治家(石橋湛山など)を追放し、書籍を焼却し、その後米国の家畜国として日本国を育てた。トルーマン政権はマッカーサーに司令し、売国奴の吉田茂(養父は、ユダヤ資本の香港商社の横浜支店長)を用いて、骨抜き国家の日本を作り上げた。

 

2)以前投稿した記事の中に引用したトルーマンの言葉を見て頂ければわかるが、米国の家畜国として復興した戦後の日本国に、野生の本能を取り戻す余裕を与えないで、日本防衛は自分でやれとトランプは言ったのある。これでは日本国民の一人として、心の底から応援する訳にはいかない。日本は何とか独自に自主防衛意思と能力を備えることなど、野生の本能を取り戻さなければならない。その時間的余裕を得るためには、米国に今のまま、世界のリーダーとしての地位を保ってほしい。トランプがもし次期政権につくのなら、2017年からの政治経験の中で、この日本の苦境に対して理解してほしいと切に願う。

 

3)中国でも、国家を掌握できるのは、軍を牛耳るものである。鄧小平が権力を掌握したとき、国家主席や共産党総書記の身分にならなかったが、しっかりと中国共産党人民軍のトップの地位だけは保持した。

 

性的マイノリティーに対して、マジョリティと同じ権利の全てを認めるべきとする空気が世界に蔓延している。陸上競技でも“元男性”の性転換者が女性の部門に出場してメダルを獲得している姿は、極めて異常である。元男性の女性部門への出場=> https://finders.me/articles.php?id=2468


この異常さは、世界のさまざまな所で発生している、特別な人々による政治的活動の影響だと解釈される。例えば米国では、マイノリティの権利拡大は、大きな政治運動のテーマだった。それらは、ユダヤ人や黒人などの民族的マイノリティの政治的権利の尊重などから始まったようだ。

そこから、マイノリティの権利尊重は、異常なレベルで政治的社会的影響を世界に向けて与えた。LGBTQの権利拡大やBLM運動もその一環であった。そこから更に別方向に発展したのが、Critical Race 理論やCancelCulture等である。(補足1) 

それら性的マイノリティの権利拡大運動は、現行の社会制度と現代文明にとって、良いことではない。何故なら、人間も自然の中に棲む動物であり、その存続は、自然のルールに従うことが条件だからである。(補足2)

性的マイノリティは精神and/or肉体の異常である。彼らの個人の権利は当然認められるべきだが、次世代を担う子供たちを生み育てるべき男女間の婚姻とそれに関係した権利、更にそれを育む社会の諸制度は、同性のカップルに開放されるべきではない。

婚姻は、現在、社会の健全な発展とその維持の為に、男女二人一組で家庭をつくるための制度である。我が国では、婚姻とともに新しい戸籍をつくり、行政のために記録する。それは、社会制度の根幹に位置することである。従って、現状の社会制度の中では、同性婚が認められないのは当然である。

何故このような馬鹿げた話が出てくるのか、私には分からない。恐らく、現在の社会を屁理屈で混乱に導き、そこに革命か何かの切っ掛けを見出そうとする左翼勢力の悪だくみだろう。

8月22日のMAG2NEWSに「自民・生稲晃子議員の同性婚反対は、統一教会の影響か」と題する記事が掲載された。参院選で統一教会の支援を受けていたことを理由にして、同性婚反対の姿勢が、統一教会への忖度だといって攻撃しているのである。https://www.mag2.com/p/news/549193


これは、統一教会が叩かれているので、それに便乗して同性婚に賛成の雰囲気をこの国に育てようと言う企みだろう。この記事を読んだのが本ブログ記事を書く切っ掛けである。


2)青森市が同性の二人から提出された婚姻届を受理しなかったこと

平成二十六年六月、青森県青森市在住の女性二人が青森市役所に婚姻届を提出したものの、青森市は日本国憲法の規定を根拠に受理しなかった。「不受理証明書」には、「日本国憲法第二十四条第一項により受理しなかったことを証明する」と書かれていた。(補足3:憲法24条)

この件を引用して、立憲民主党の逢坂誠二という方により平成30年4月、国会に質問が提出された。 それは、同性婚も認めるべきだという主張なのだが、その論拠は以下の通りである。

憲法24条は、同性婚を想定していないが、同性婚を禁止しているとは言えない。
民法には、婚姻が異性間にのみ成立すると規定はない。
憲法14条:法の下の平等
憲法13条:すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

と②は、同性婚が法的に禁止されているわけではないと言う主張の論拠。➂と④の「全ての個人は平等に幸福追求の権利を有する」という規定は、「同性婚も認めるべき」という自説の論拠としている。次のセクションで述べる様に、何れも異常な法令の解釈に基づいている。

解答は、「同性婚を認めるべきか否かは、我が国の家族の在り方の根幹に関わる問題であり、極めて慎重な検討を要するものと考えている。従って、同性婚に必要な法制度の整備を行わないことは不作為ではないかとの指摘は当たらない」であった。当時の安倍政権は正しく門前払いしている。

3)性的マイノリティは生物学的には病的症状である

憲法13条の「自由及び幸福追求の権利は、公共の福祉に反しない限り尊重される」という規定に対する不十分な解釈が、逢坂氏をして上記質問に導いたのだろう。

 

同性婚が認められなくても、同性カップルが一緒に住むことは勝手である。それは、憲法に保障された通りである。しかし、同性婚を法的に認めることは、公共の福祉に反する。

 

婚姻は、社会制度の基本である。それは、(誕生、養育、就職、結婚、出産)の人生の一サイクルの舞台として家庭を想定している。そして、次の世代は、このサイクル維持に必要な全てをその中で学ぶ。そして、親の子に対する慈しみから、子供の社会性が教育される。

 

その結果としての子の親を大切に思う心から、社会の平和と安定の基礎が作られる。同性婚の法制化は、その現行の社会制度を否認することに繋がる。逢坂氏の質問は、子供は社会が養育すればよいと言う思想の下に、国会に提出されたのだろう。それは社会全般に混乱を誘発し、健全な文化を破壊するだろう。

同性婚を認めることは、人の生物学的特性における正常と異常の区別を無視することである。(補足4)それと同時に、婚姻が果たす社会的文化的役割を無視することになる。以上から、同性婚は公共の福祉に著しく反する

勿論、性的マイノリティが病的な症状だとした場合、彼らは人生において一定のハンディキャップを背負うことになる。それは身体的障害と同様であり、可能な限りそれを埋め合わせるような対応を行政はしなければならない。しかし、それを正常として扱うべきという主張は、繰り返すが、退けるべきである。

この問題について、HaranoTimesさんが、興味ある議論の動画を配信されている。ここに引用させていただく。https://www.youtube.com/watch?v=osLqvvffuDo

 

 

(16:30 編集)


補足:

1)馬渕睦夫元ウクライナ大使によると、ユダヤ人が米国で政治的権力を握ったのは、「マイノリティの権利を尊重すべき」という主張で、黒人やヒスパニックなどを巻き込んで人権運動を展開した結果であると、元大統領補佐官のブレジンスキー氏が講演で語った。 

2)人類ほど生存の形態に大きな変化を成し遂げる動物はいない。従って、時代がくれば同性婚どころか、ペットとの結婚すら認められる時代が来るかもしれない。反対するのは、性的マイノリティの権利拡大運動が社会の変革に利用されることである。社会の変革があって、その結果それと整合性のある形で同性婚容認の運動がなされたなら、反対する理由はあまりない。

3)第24条:①婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

4)同性婚と同様に、近親婚、未成年者の婚姻なども禁止されている。これらの内、同性婚のみを認めるという正常な感覚とはほど遠い主張は、深い政治的目論みに由来する。それについては補足1に記したとおりである。

 

金曜日のNHKテレビの「チコちゃんに叱られる」では、何故誰かのファンになるの?がテーマだった。その答えは、誰かのファンになるのは「自分はこれでいいんだ!」と思えるからであった。
 

ある大学の先生は、そのプロセスを3段階に分けて解説していた。最初に①その有名人のパフォーマンスかキャラクターに憧れることであり、次に②ファン仲間との交流があり、そこで憧れの心理は増幅され、その中で➂自己肯定感が強くなり揺るぎないものとなるというのである。
 

この➂の情況が、チコちゃんの答えの中身である。(下の写真参照;引用のアドレスからコピーさせていただいたhttps://tmbi-joho.com/2022/08/19/chiko182-fa/

 

以上の解説は一応TVショー的には説得力がありそうにも見えるが、自分の確立という所の詳細が分からない。 ファンの熱狂的な応援の姿をみると、私には「自分の確立」ではなく、自分の喪失のように思える

 

多分、出演の先生が言いたかったのは、同じファンが作る大きな集団の中に安定に存在する自分を見出すことができるという意味だろう。群れを作る動物がバラバラに存在するときに感じる孤独感から解放されるのである。
 

上のダイヤグラムだが、ファンになる動機をスターの成績(アチーブメントやパーフォーマンス)と個性(キャラクター)とに分離することは通常できないだろう。


 

2)ファン心理の本質:
 

上にも書いたが、人は群れを成して生きる動物である。そして、群れを成す動物には、多くの場合群れ毎にリーダーを必要とする。(補足1)リーダーに従うことで、グループ全員の安全と繁栄を確保するのである。戦うときには、そのリーダーの指揮の下、全員で戦う。それがファンとしての行動や心理の裏にある人間の本質だろう。
 

ファンは、憧れの対象であるスター或いはアイドル(以下スター)に何を求めているのか?
 

「チコちゃんに叱られる」で解説されたように、選手としての成績やスター芸能人の容姿などは、ファンになる切っ掛けに過ぎない。ファンがスターに求めるのは、ファンにとっては全ての面での“理想像”であると思う。スターが野球選手だとしても、人間としての全ての面で優れた人物でなくてはならない。
 

逆にスターは(一般に普通の人間であるから)、ファンとの関係において適切な距離を保ち、ヒーローを演じなければならない。(補足2) 例えば仕事人的に野球をプレイしても、ファンの熱狂に対しては、適度なテンションで応じなければならない。常に冷静を通せば、ファンとスターとの関係を築けないだろう。

 

ファンになる人の性格について:

 

視野が広い人間で、冷静に例えばそのスター選手のプレイを見る人は、ファンにはならない。それは、スターが一つの分野で優れた成績を残したとしても、その他の面で普通の人間であると確信したのなら、ファン心理が冷却されてしまう。

 

つまり、熱狂的ファンになる人は、視野が狭いか、適当に視野を狭める芸当の出来る人物だろう。従って、若い群れを作りやすい人たちはファンになり易く、「個の確立した段階の人物」はファンになりにくい。(補足3)後者は、生きていく上で特にはリーダーが必要ないからである。

 

幼い子供には、スターに自分の将来の理想的モデルを見る(想像する)場合がある。自己とスターの同一化である。しかし、青少年にもなれば、スターと自分の間に超えることのできない壁を感じながらも、ファン側に自分を置いて熱狂するだろう。

 

生態学的には、外敵に狙われる草食性の動物や鳥類が群れを作る場合が多い。人間は食物連鎖の頂点におり天敵はいないが、生息する空間が広く、異民族や異教徒が天敵となる。襲われる危険性を意識する人が熱狂的な「ファン」になり易いだろう。
 

群衆となってスターのライブに熱狂する時間は、日常のトラブルなども忘れ、幸せな時間だろう。そこに漂う熱気や共感の空気は、群れで行動するときのフェロモンのような働きをするだろう。団結して、敵とこれから戦う為に集まった群衆の心理も同様だろう。
 

3)宗教や政治における役割

 

このスターに憧れ、群衆となって熱狂する人の心理は、政治や宗教に影響する。

 

地理的に広い範囲での政治的不安定とそれに伴う世情の乱れなど、人々の生死にかかわる情況は、世界史上数えきれない位発生した。そのような情況下では、群れとなって強力な集団を作り得ると考える人達は、そのリーダーとなるヒーローを求める。
 

その時、ある人物が弁舌鮮やかに理想や神の意思を語り、屈強な肉体と精神をもって大衆の目前に現れた場合、その人物と集団は、「神とその信者の関係」を徐々に築く。または、そのヒーローは、戦争のリーダーや政治のリーダーとなる。

 

革命の第一段階も、このようなプロセスで進むだろう。英雄的政治家と、その演説にあつまる群衆の姿は、スターとファンの関係に相似である。新興宗教の開祖が演説する会場での熱狂する群衆の姿も、同様である。私の頭の中にあるのは、ヒトラーが群衆のまえで演説する姿、文鮮明とその夫人が彼らの信者の前で演説する姿である。

 

終わりに:
 

現在、先進国の殆どでは、所謂民主主義政治が行われていると言われる。民主主義の要諦は、個の自立及び自由な思考である。換言すれば、個人の自由な思考と意思が、政治に反映しなければ、民主主義は崩壊する。
 

それにも関わらず、信教の自由と結社の自由が、先進国の基本的ルールとして尊重されている。それらは、別の強力な宗教や結社を破壊する意味があるが、入れ替わった結社等においては、個の自由の放棄が再び行われる筈である。これは民主主義政治が抱える矛盾である。

 

民族の伝統の中にある宗教とその中にない新興宗教等を峻別すべきである。ヤクザが反社会的集団なら、新興宗教等や多くの政治的秘密結社も同様に反社会的集団になり得る。すくなくとも、反民主主義的集団の筈である。西欧の民主主義の国で殊更信教の自由を謳うのは、それまでの強大なキリスト教団に対する対策だったと思う。東洋の民主国に信教の自由を憲法で謳うなら、カルト宗教を社会から排除する明確な法的記述がどこかに無ければむしろ有害である。

(編集あり、6:30)

 

補足:

 

1)渡り鳥でV字編隊で飛ぶ姿が写真に撮られている。この場合の先頭は特に群れのリーダーという訳ではないようだ。観測の結果では、何分かでトップが交代するという。トップは空気抵抗が大きいので、疲れるそうだ。動物の群れは多くリーダーを擁するが、その選び方と理由は様々である。https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/102600627

 

2)ファンとの距離を一定に保つのは、スターにとって大事なことだと思う。何故なら、全人格的な完璧を求めるファンは、ある特別でも何でもない一人のファンがスターと親しくなることで、そのスターはその一般人と同列に見え、スターの完璧性を失う。

 

3)個人の自立には、時間軸及び空間軸の両方において、視野が広いことが必要条件だろう。なによりも「無知の恐怖」から解放されることが、自立の第一歩だからである。気の弱い人物でも広い視野を持てば予測可能な範囲を拡大でき、より自立に近くなり得る。勿論、人間には完全な個の自立はあり得ない。死ぬときだけである。