前回記事において、日本の属国化は、実は明治のクーデター(明治維新)に始まっていたと書いた。その時、日本の支配者が天皇の権威を借りた江戸幕府から、英国の指導或いは指示で動く薩長に代わったのである。

 

天皇は日本人の精神的柱であることを知った支配層は、その形をとり続けることで、支配を万全とした。戦後マッカーサーはその歴史を知り、天皇を形だけの支配者に置くことが日本の支配に必要且つ便利であることを理解していたのである。

 

日本人は、精神的には天皇に依存し支配され、政治的には権力者に支配されるという二重の支配の下にあった。その状態が、江戸時代から現在まで継続しているのである。

 

トルーマンは日本人を家畜と言った。しかし、日本人を家畜にするかしないかは支配者の頭の中にあるが、日本人は知らないし、ずっと知らなかった。

明治の体制になって以来、支配層以外は奴隷或いは家畜状態だったことが戦争に至る経緯と支配層による日本人(同胞)虐待で明らかになった。つまり、食糧や武器の補給などを無視し、兵士を消耗品として扱い、更に敵軍の都市爆撃などで国民が大量に殺されてもなお、本土決戦一億玉砕を主張した帝国軍の姿勢は、市民に対する姿勢ではなく、奴隷か家畜に対する姿勢である。

 

現在も日本が自立していないと見るのは自然である。過去のブログで、「日本の政治を本当の意味で民主主義にするのは無理である。何故なら、日本は市民革命を経験していないから」と書いた。市民革命とは、市民各個人が自立を宣言すること、奴隷や家畜状態でないと宣言することなのだ。

 

姉妹サイトのグーグルブログで、ヤフーブログの時代に書いた文章がこの一か月ほどの間、ロシアから相当閲覧されているというデータを得た。その記事の一つを以下に転載する。米国を口撃するだけでは、日本の自立は無理であることがわかるだろう。

(12:00、イントロ部分修正;20時語句の修正))

 

個人の自立を体験していない日本の歴史と日本政治の根本的欠陥については、昨年26日の記事で詳細に述べました。日本人は奴隷や家畜の性質など持たないと自信過剰な方はぜひ一度お読みください。

 

 

 

1)自立しない日本人:

日本国が自立しない理由は、自立しない日本人の集合だからである。日本人が自立しないのは、日本人は生きているのではなく、生かされているからである。

この後の文には反論があるだろう。しかし、「自分が独力で何か優れた成果をあげても、判で押したように“皆さんのおかげです。皆さんの応援があったから、この成果をあげることができたのです。”とコメントするでしょう?」と言えば、「いやいや、それは本心ではなく、周囲を丸く収めるために言っているだけですよ」と再度反論するだろう。

確かに個人の力は限られている。仮に何か歴史に残るような業績を挙げたとしても、その環境や条件のほとんどは過去から現在までの周囲の人たちが作ったのは事実だろう。しかし、その果実を摘み取ったという成果は、紛れもなくその業績の主(ぬし)のものである。もっと素直に、自分の成果を主張した方が、社会の風通しが良くなると思うのである。

自分の主人が自分であるのなら、自分の成果は自分のものである。周囲はあくまでその成果に対し、従なる貢献をしたに過ぎない。それが、自立した人間とその社会での出来事に対する見方である。主と従の峻別がなくては、論理が成立しない。

主従を峻別する文化は、仕事とその責任の在処を決定する際に必須である。それなくして、人々が協力して何かをすること、その延長上の”共同社会としての国家を国民の総意で運営すること”、などは無理である。日常のテレビのニュースなどを聞いていると、責任の在処が明白でない出来事であふれている。それが、日本社会の特徴だと感じる。

2)人は生かされているのか?

「人は生かされている」は筆者のオリジナルではなく、テレビなどでもよく聞く。結婚式などでの挨拶には欠かせないセリフだと、思う人も多いかもしれない。ネットで検索すると、すぐにそう主張する文章の良い例が見つかる。例えば、松下政経塾のHPにある以下の文章である。人は「生きる」のか「生かされている」のかと題する文章である。

書いた方が政治の世界の人であり、日本の防衛大臣の秘書をやっておられた方なので、失礼な言い方だが敢えて言う。最初の方だけ読んだのだが、後の方を読む気がしない文章である。https://www.mskj.or.jp/report/3172.html


松下政経塾のHP管理人は、この文章が素晴らしいと思うのだろう。そして、同じように思う人が日本人に多いだろう。この塾で政治家として育った人間が、日本の政界に35名ほどいる。これらの方々が、上記のような考えに染まっているとは思わないが、万が一そのような考えで日本のリーダーになったのなら、日本は当に破滅への坂を転げ落ちるだろう。

日本人は本当に「人は生かされているのだ」と思う時があるだろう。他力本願など仏教とよく調和する考え方である。そして一人になった時、その人が普通の人なら、「本当は、自分は生かされているのではなく生きているのだ」と思うだろう。

西洋風に言えば、日本人はその両方の姿勢をずる賢く使い分けているのだが、日本人の立場に理解を持てば(つまり、日本文化に理解を持てば)、日本人は二つの世界、つまり世間(補足1)と一人の世界、の両方に生きているのである。つまり、世間(せけん)にいる時には「自分は生かされている」のだが、一人になると「自分で生きている」のである。

世間にいる時にも、「自分で生きている」人間は、支配者とはぐれ者である。「非支配者は、世間つまり”社会”(補足2)に棲息している間は、自分の意思を前面に出して生きてもらっては困る」というのが、日本社会(日本文化)の要請である。

上記政経塾HPの文章の筆者は、「人は社会を作って共同で暮らすという約束の下に生きている」ことを強調したかったのかもしれない。しかし、“社会”や“共同”という言葉が明治以前の日本に無く(補足3)、日本人の思考パターンに組みこまれていないため、いつの間にか意図が正しく伝達される文章にならなかったのだろう。何よりも、主と従が逆転してしまっては元も子もない。

3)日本の政治システム:

日本人は、①其々自分の意志で生き、②共同社会である国の形成し、そして③優れたリーダーを選び、その運営を委任する。非常時には命を賭けてその指示で共同社会である国家を護ために戦いぬく、という三連立方程式が解けなかった。

次善の策として、②と③を重視して、民族の国家(国民国家)をつくり、民族のリーダーの下に協力して国を運営することを考えた。その場合、天皇の下に集まるまでは比較的簡単に出来るが、各人が主人公として共同体を作るという考えが無いため、優れた実務リーダーを選ぶことができない。

そこでは、構成メンバーは自立し主張する個人ではない方が、政治システムに摩擦を起こさない。その代わりに、リーダーは、下々(しもじも)を思いやる姿勢が大事であり、それを為政者の道徳にする。「和をもって尊となす」とはそのような考え方だと思う。明治になって、その日本に西欧風の思想「広く会議を興し、万機公論に決すべし」を移植しても、竹に木を継ぐことになるだけである。

この場合、異なる部族や民族と接触しない限り、安定した時代が続くだろう。それが現在でも日本の姿のように思える。突出したリーダーに恵まれない状況と、国際的摩擦の時代に世界が入るようになったため、日本の将来を案じるのは、政治に関係する人なら自然な成り行きだろう。

なんとか現在の日本の旗印をより強力にしたいと考えたのが、天皇元首制や旧皇室復興などを主張する所謂右翼の方々である。

明治以前に戻るのでは、日本に将来はない。根本的解決に備えて取り敢えずすべきことは、まともな教育である。一流の大学を出て、大臣秘書までやった方が上記のような文章を書くようでは、日本の将来はない。個人を批判しているのではない。その程度の教育しか、今の日本にはないということが言いたいのである。

第一歩は、教育の現場から一人で生きる姿勢を徹底することだと思う。そして、お前はどう思うかと問われて、自分の考えが言える人間を育てるべきである。的を得た答えを出せないことが恥ではなく、沈黙が恥となる教育を16年間、小学校から大学まで継続すべきである。そこに、閉塞した日本政治の出口があると思う。

補足:

1)世間とは共同体意識のない社会である。日本の、お上(おかみ)と一般大衆との間の空間。其処は、お上の命(めい)と大衆の視線が往き来する空間であり、人々が共に話をし、議論を交わす空間(社会の公の空間)ではない。


2)日本の世間という言葉は普通「社会」に置き換えられる。しかし、前の補足に書いた通り、厳密には英語のsociety=社会という意味ではない。しかし世間以外には、特殊な例を除いて社会に代わる空間を持たないので、ここでは漠とした意味で用いている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E9%96%93
 特殊な例とは、例えば「日本化学会」のような学会である。


3)和製漢語は明治時代に西欧の言葉の翻訳として作られた。有名なのは正岡子規の作った「野球」などである。和製漢語のリストが以下のサイトにある。http://www5b.biglobe.ne.jp/~shu-sato/kanji/waseikango.htm

1)日本人は何もしないで祖国を消滅させるほど臆病且つ卑怯な国民なのか?

 

このようにニューヨーク在住の政治評論家伊藤貫氏は言う。ウソであることを実証してほしいと日本人を叱責又は激励する言葉だと思う。日本人がそのように見えるのは、敗戦後の米国の対日政策の骨組みとでも言える三つの巨大な嘘に対して、まともな反応が見えなかったからである。それらの嘘とは:

https://www.youtube.com/watch?v=Y3oFn3jjJ0o&t=14s

 

日本国憲法は占領軍憲法であり、本来無効である。この憲法のウソを日本人は平和憲法といって有難く受け入れている。

 

日米同盟は、一見独立国家同士の軍事同盟だが、米国にとってロシア或いは中国のような地域の覇権国の封じ込めに用いるためための道具であり、日本の属国化協定である。この日米同盟のウソを日本の防衛の基軸としてありがたがっている。 

 

核の傘は、北朝鮮、中国、ロシアの核兵器から日本を守るというが、それは日本人の命を守るために米国市民の命を犠牲にするというあり得ない幻のモデルである。それは、国際政治に於いて嘘をつくことを常としてきた歴史を持つ米国による核の傘のウソである。

 

 

以下、伊藤氏が語るこれらの嘘に支配されてきた日本の現状について、私の理解を書く。文責は本ブログ記事の筆者にある。

 

この嘘による日本支配は、Fルーズベルトからトルーマンの政権による対日戦争と日本の占領政策、そしてその延長(現在もその延長上にある)として実行された。上記①~③の大きな嘘の枠組みが、米国の日本支配の体制である。従って、米国は多くの核武装国に囲まれていても日本だけには核武装を絶対許さない。

 

国民の多くが、これらのウソを見抜けないこと、そして日本の政治に根本的疑問を感じないことが、劣悪な日本外交と政治家が無能であり続ける原因である。無能な人間が高い地位にあれば、かれらに誠意(反卑怯)や勇気(反臆病)が期待できないのは当たり前であり、それが外からの日本が副題の様に見える原因である。

 

これら三つの大嘘が見抜けない理由の一つは、それら大ウソの下の政治体制が長年続いたものの、戦後からこれまで一応平和と発展の中で生活できたことである。戦後生まれ育った若い世代が日本の骨格に疑いの気持ちを持つ筈はないのは、卑怯な日本政府が教育項目からそれらを除外してきたからである。

 

その体制は、広島と長崎に原爆投下を命令した米国トルーマンが、日本の今後について語った「猿(日本人)は家畜として虚実の檻で育成する」という言葉における「虚実の檻」である。(補足1) 

 

その理由の二つ目は、自民党や外務省など日本のエスタブリッシュメント層が、これらのウソを背景に出来上がった体制の下で利益を得てきたことである。彼らは、NHK等のマスコミを支配して、それらのウソがバレないように隠ぺいしてきたのである。日本の保守とは、この売国奴的保守のことである。
 

これらのウソを暴く姿勢を見せた例外的政治家はすべて潰され、最悪の場合は殺された。彼らの何人かは元外交官である孫崎享氏が書いた「アメリカに潰された政治家たち」という本に記載されている。孫崎氏には、是非この夏の殺人事件も入れて改訂本を出してもらいたい。(補足2)
 

また、自民党の作る対米従属体制に協力してきたのが、CIAから自民党とともに資金供給を受けていたといわれる野党の日本社会党である。政治の表舞台では、これらインチキ与野党の茶番劇がサンフランシスコ講和条約後の70年余続いてきたのである。

 

伊藤氏は、このウソが支配する体制が続けば数年後、遅くて十数年後には日本国は無くなっているだろうと言う。最もあり得るシナリオは、中国の属国となる日本である。それを知る環境にありながら、ほとんどの日本人は何も言わず何も動かない。日本人は、国外からは世界一卑怯且つ臆病な国民に見えると言うのだ。


 

2)何故日本人は卑怯で臆病に見える様になったのか?

 

日本は現在までアメリカの属国であり続けたが、様々な隠蔽工作により、その事実を知る国民は極一部に限られた。そのため、十分に激しい反抗活動にはつながらなかった。この日本の属国化は、実は明治のクーデター(明治維新)に始まっていたのである。従って、事実を知る国民は明治の初めから極一部だったのだ。

https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12745118632.html

 

明治以降、現実の政治から国民を遠ざける体制に利用されたのが天皇である。天皇の御簾の裏に薩長が隠れ、その後ろに英国が居たのである。(補足3)戦後、英国が米国に交代しただけなのだ。それが政治というものだと調教された国民には、米国による支配を異常と考える感覚が発生する筈がないのだ。

 

その分裂した日本の本質は、自国兵を消耗品のように扱った明治政府の体質からも、国民のほとんどはマッカーサーを歓迎したことからも明らかである。(補足4) そして、原爆の悲劇も戦争を一日でも早く終わらせ本土決戦の悲劇を避けるためとの米国の論理を、日本国民のほとんどは鵜呑みにすることとなった。

 

もし本土決戦となれば、日本全土が敗戦直前の沖縄の惨状を呈することは想像に難くない。マッカーサーは国民一般にとって救世主だったのかもしれない。多くの日本人にとって、敵は薩長政権なのか米国なのか、不明になったとも言える。

 

何故、日本政府はビルマやレイテなどで補給なしに多くの兵士を無駄死にさせたのか?何故、満州にソ連軍が流れてきた時に、軍隊が先に引き上げたのか?何故、本土決戦&一億玉砕などという恐ろしいことを主張したのか?

 

彼ら日本政府の薩長の高官たちは、兵士や国民の多くを自分たちの大事な仲間とは思わなかったからだろう。このような何故?は昭和の歴史には山ほどあるだろう。それを誤魔化してきたのだから、米国の誤魔化しの論理も特別に卑怯だというのは説得力に欠ける。

 

日本人が卑怯で臆病に見えるとしたら、それは現在の日本の政界や官界を形容した言葉である。彼らは日本国民一般に、幕末以降の自分たちの歴史を明らかにすることを150年間拒否し続けたのだから。最近になって、原田伊織氏、林千勝氏、西鋭夫教授らにより徐々に明らかにされつつある。

 

「巨大なウソの支配」を片耳に挟んだとしても、気づいたことが相手側(米国か日本政府かわからない)に知れたら被害者になるかもしれない。それでは元も子もない。これが大多数の日本国民の隠された本音なのかもしれない。つまり、「日本国民は」と単一の主語で何かをかたることなどできないのだ。

 

「国民は皆、天皇の下にあって等しい存在である」という論理(補足4)は、全くの作り話である。その証拠に、あのような馬鹿みたいなのが天皇から各省大臣に任命されるのは何か変だと思う人がほとんどだろう。彼らの地位は、高い供託金と大きな一票の格差という現行選挙制度で守られているのだ。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12781714628.html


 

おわりに:

 

上に紹介したように、伊藤貫氏は、このままでは遅くとも10数年後には日本は消滅すると言った。しかしそれは今世界を席巻している左翼勢力がこのまま力を増していった場合のことである。ところが最近、左翼の人いたちにも何か異変が起こってきたような気がする。

 

総本山の米国民主党ホワイトハウスでは、主人であるバイデン大統領の身分に異変がおこりそうである。米国の左翼ネオコンたちは“機密文書持出疑惑”という武器でトランプを倒すことに失敗したのだが、その武器が現在バイデン大統領に向けられている。米国の極左勢力が最近すこし焦りだしたようにも見える。

https://www.youtube.com/watch?v=GoGlzhJ1bkI 

 

また、世界の左翼の総本山だと思われてきた世界経済フォーラム(WEF)主催のダボス会議を、世界の首脳の多くが欠席したり、ダボス会議は茶番だという有力者が現れた。ツイッターのオーナーであるイーロンマスク氏や、保守活動家のクリストファー・ルフォー氏である。(補足4)

https://www.youtube.com/watch?v=vgej6oGcoMY

 

ここで少し時間ができたような気がする。日本人もできるだけ多くが覚醒すべきである。

 

世界を破滅から救うのなら先ず、ウクライナ戦争を終結させなければならない。このままの延長上には、ロシアの核兵器使用から最終戦争が始まる。それには、バイデン政権の方針からドイツやフランスが離れるべきである。

 

21世紀が始まって以来、アメリカのネオコン政権がロシアつぶしのためにウクライナを利用する長期計画を実行してきたこと、そしてゼレンスキー大統領はその手先となって現在働いているとのモデルが、ウクライナ戦争の実相だという見方があることをウクライナの人たちは知るべきである。

 

そして、地図上のウクライナの国境線よりも、家族と同胞の命のことを、そして世界の人類の命のことを考えるべきである。現在ゼレンスキー独裁政権に逆らうのは命がけである。それを実行しなくても、その考えを先ずもってもらいたい。ウクライナ政府は分相応の地理的位置と国際的地位を受け入れるべきである。

(18:45最後の2節編集)

 

補足:
 

1)「猿(日本人)は家畜として虚実の檻で育成する」「家畜はいざという時(屠殺のとき)のために肥やしておく」というトルーマンの言葉は、ウイキペディアの最下段「語録」に書かれている。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BBS%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3 

実際、広島と長崎で大量の屠殺が行われた。

下の林千勝氏らによる動画によると、英国チャーチルと米国ルーズベルトがニューヨークのハイドパークで1944年11月に会談し、原爆による日本人の大量虐殺の合意がなされた。原爆投下は苦渋の決断ではなく、冷徹な現実主義の下で行われたことを知るべきである。つまり、現在でも彼らが日本人を同じようにみているだろう。https://www.youtube.com/watch?v=k7Gj1zNE6zk

 

2)私は、安部元首相の暗殺実行犯は中国だと最初思ったが、やはりその実力があるのは米国だろう。もしかしたら、両国はこの件で同じ穴のムジナかもしれない。

https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12761231304.html

尚、外交官の多くは孫崎享氏や馬渕睦夫氏を、「陰謀論を語る連中」という所謂グローバリストが用いる常套句で攻撃している。これについては、「二つの陰謀論」という題で文章をブログにアップしたことがある。https://ameblo.jp/polymorph86/entry-12553015761.html


3)「天皇は日本国民をまとめる存在であり、統治すると言っても西欧の国王のような存在ではない。その原点に、ニニギノミコトが日本(豊葦原瑞穂の国)に降臨された時にアマテラスに授けられた神勅がある」と語る人は右の人に多い。明治以降、日本の政治と国民の間に大きな溝ができた。それをつなぐ特効薬として、天皇を利用しようと薩長政府はかんがえた。それに天皇家は本当に心から協力したのだろうか?https://www.youtube.com/watch?v=76isINej6L8 

 

4)マッカーサーがトルーマンに連合国司令長官を首になり日本を離れるとき、その沿道に25万人の日本人が見送ったというのである。https://americancenterjapan.com/aboutusa/translations/2378/


5)「クラウス・シュワブ、ダボス、WEF などに注目することは意味がない。我々米国での我々の生活にはたいした影響はない」などと、ダボス会議などを軽視するツイートを公開している。https://twitter.com/realchrisrufo/status/1615137622715953153

 

米国が平和裏に統一を保つには、民主主義の原則がなければならない。多民族共住で民主主義を実現するには、平等の原則とその論理的確認(公正性の確認)が必須である。前回の文章では、その政治の公正性確認にエネルギーを使う米国議会の姿を紹介した。

 

しかし、それら原則に反し、利益を得ようとする個人或いは特定の層が現れるのは人の世の常である。米国でもこれまで、特定のグループが論理は確保しつつ事実を誤魔化すことで国内国際を問わず政治をゆがめ、莫大な利益を蓄積して来たと私は思う。

 

それらの結果が、表向き公正で現実不公正と思われるような政治の継続と莫大な富の偏在である。そのような政治は、情報の独占と捏造による世論誘導でなされて来たのだろう。情報を操れば数日で億万長者になれることもあり得るのだ。(補足1)

 

世論誘導には大衆心理の操作も必要である。その緻密な作戦は、まず相手方の文化の研究からスタートするようだ。例えば、米国の対日政策の組み上げに際し、日本文化の研究が為された。「菊と刀」とか、「ひよわな国日本」などの日本に関係する書物は、その一端を現しているのだろう。

 

米国には、このような緻密な支配計画を行う「機能体」が存在する。最近、トランプ氏とその支持者が、それをDeepStateと呼ぶようになった。(補足2)現在の米国の内紛の深層に、トランプ等(MAGAと呼ぶ人もいる)とDeepState民主党の争いが存在する。似た構図の国際バージョンは、ウクライナ戦争の深層に、G7と欧州を含めた米国側とロシアの争いがある。

 

この現実を理解することは、米国だけでなく日本など米国の周辺国にとっても極めて大事だと思う。米国の支配層は、その手法でグローバルな覇権を実現し、それをより完璧なものにしようとしている。その支配層の中核には国境という概念はもともと重要ではない人たちがいる。(補足3)


 

2)事実は誤魔化せても論理の誤魔化しは難しい

 

殆どの出来事は、何時何分かにある国のある場所で発生する。つまりローカルである。一方、そのニュースはその出来事と言葉で論理的に組み上げられ、一瞬のうちに全世界に報じられる。事実は多くの人々にとって確認不可能だが、「出来上がったニュース」は簡単に伝えられる。
 

人は人の言葉を信じる様にできている。それは、人が社会的動物であることの必要条件である。その特性は、人間がグループを為し、言葉によって幾つもの事実を繋ぎ合わせ、ある大きな“真実”(彼らの真実)を含むモデルを共有するためである。

 

そのモデルが、そのグループにとっての善悪を決定し、その悪に向かって立ち向かう行動の動機とエネルギーを産む。集団での行動(戦い等の社会的活動)の背後にはこのような善と悪の創造が存在する。問題は、その前提となる事実も、結果である善悪も、グループ間で異なることである。
 

追補1)善悪は社会的概念である。19世紀の偉大な哲学者が神など存在しないことを明確にしたことで、人の本質をなすような善悪の基軸が消失したのである。その結果、社会の善悪の座標軸は、その社会の現在から未来にかけての繁栄に寄与することが善、それに反することが悪となった。

 

一定の大きな社会においては、ほとんどの人にとっては遠い現場における事実の確認は困難である。従って、支配層を為す側は、事実の選択と捏造によって、如何様にでもそのシナリオを創造することができる。論理を誤魔化すよりも事実を誤魔化し捏造する方がはるかに簡単だからである。
 

現場へのアクセスにおいて特別の能力を持つマスコミが、大衆の事実を知る唯一の手段であった場合、不公正に利益を得ようとする支配層が、その独占を狙うのは当然である。ただしそれには大きな経済的実力を必要とする。

 

近代以降現代までに、経済的に裕福な特別な人たちの固いグループが、上記手法で国々の政治支配をほぼ完成しているだろう。それらを統合する時期がいよいよ始まるのかもしれないし、既に始まっているのかもしれない。それがグローバルリセットと呼ばれるたくらみなのだろう。
 

以下に二つ程、事実の独占とそれによる支配の実例をあげてみる。

 

例1:

ウクライナ戦争を例に取り上げれば、ウクライナを含む西側諸国はロシアという悪を創造し、それと戦っている。その一方で、ロシアはウクライナのゼレンスキー政権と米国バイデン政権に悪のラベルを貼り付けて戦っている。

 

彼らが戦う善悪のモデルを組み立てる際の基礎となる事実が共通ではないことに注意すべきである。ただそれが日本のマスコミでは全く報道されていない。米国等西側諸国とゼレンスキーの側は、主として2021年の秋からの事実を用いている。一方、ロシアはソ連崩壊の1991年からの事実で論理を組み上げている。
 

その違いにより、善悪が逆転する。それぞれの論理展開はおおむね分かりやすいが、米国側はこの歴史的経緯を隠している。具体例的は、2014年のマイダン革命の際に、米国が民主的手法で選ばれたウクライナ大統領を国外に追い出す運動に深く関与した事を意図的に無視していること等である。

 

例2:

敢えて日本の出来事に触れる。これは必ずしも米国支配層が関係するかは未だ不明である。安部元首相暗殺事件では、日本政府は最初に救命医療に従事した奈良県立医大の福島教授の記者会見の内容を意図的に無視している。銃撃犯とされる山上徹也氏の異例の長期の鑑定留置を行った。
 

今月7日に鑑定留置を終えて、奈良県警に戻され、起訴がなされた。裁判への政府の介入は必至だろう。上記福島教授の発言内容から、死因の特定に関する議論が何らかの形で封じられる筈である。その算段の成果が二審以降に発揮されると思う。そして、山上氏の長期勾留の意味が明らかになる筈。
安倍元首相暗殺事件:山上は精神異常で無罪? | Social Chemistry (ameblo.jp)

 

 

3)おわりに:

 

21世紀になって、情報と捏造と独占という伝統的手法が徐々に通じなくなってきた。この30年間のデジタル技術の発展とその市民文化への展開が、この方法の万能性を排除したからである。つまり、スマホとパソコンの利用が一般的になって、事実を見る目が支配層が牛耳る巨大マスコミの独占ではなくなったからである。
 

そこで、かれらが新たな手法として用いているのが、ルールの大元にある人間の価値基準を混乱させる(或いは再構築する)手法である。それらが、例えばクリティカル人種理論でありそれを用いたBLM運動などである。この運動は、黒人の利益を守るように見えて、内実は米国の白人マジョリティに対するユダヤ人などマイノリティの権利拡大の運動である。(補足4)
 

尚、クリティカル人種理論とは、「白人は黒人を奴隷として使役した歴史を持つ。従って、現代に生きる白人はその債務を黒人に対して償う責任がある」と考える人種理論である。(補足5)この考え方では、過去の歴史をさかのぼって再評価する。それは近代的な価値とその論理を根底からの組み換えることを要求する。

 

以上は理系素人老人による言葉遊びかもしれません。議論などあれば是非お願いします。
(16日早朝大幅に修正)

 

補足:
 

1)英国ロスチャイルド家の第二代目ネイサンロスチャイルドは、英国がナポレオンに侵略されるだろうという噂の拡散を利用して、英国公債を空売りし、膨大な利益を得た。その手法の中心に、噂の利用と誰よりも早く情報を入手したことがあった。その膨大な資産で、英国の政治を支配することになった。今もロスチャイルドの力は国王より大きいという

人もいる。(写真左が英国ロスチャイルド家当主)

 

2)現実の政治では、上級公務員層が深層支配層の意向を汲んで動いているようである。この上級執行官はSenior Executive Service (SES)と呼ばれる選挙でえらばれないで雇用される人たちで、任期はない。 200505_26.pdf (lec-jp.com)

 

3)この世界支配の計画は、スイスに拠点を持つ世界経済フォーラム(WEF)の主張する世界革命グレートリセットと同一だろう。つまり、米国の多民族の民主主義は、グレートリセットで実現を考えている世界帝国のモデルなのだろう。ただ、中枢から少し離れたところには、その計画よりもそのプロセスで金儲けだけしたい人たちも群がっているように思う。なお、国境が重要な概念でない人たちとは、世界に散らばり多民族の中で生きる人たちである。

 

4)元大統領補佐官の故ブレジンスキーの言葉にある。ユダヤ人たちは、マイノリティ(少数派)の権利確保という名目で、黒人やヒスパニック等と連携して運動を組織化し、米国を牛耳ることに成功したというのである。 https://www.youtube.com/watch?v=Z85BnnOPmZ4&t=412s

 

5)この理論を批判が少なくなるように言い換えた場合、以下のようになるだろう:

米国には白人至上主義の遺産が現代もなお社会制度のなかに組み込まれている。その結果、米社会は白人に有利なので、人種間に制度的な逆差別を定めれば定めればばより公正な社会になると主張する。 米で議論沸騰 「批判的人種理論」とは何か - WSJ