BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館 -22ページ目

BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

我が子供の頃、冬が到来し「寒い」と言ったら、よく返されたのが、
「冬、来たりなば、春、遠からじ」という言葉。
「冬が来たということは、春が近いということだ」などという解説まで聞かされた。
そんな言葉に対して子供心に感じたのは、ただ素直な気持ちで「寒い」と言っているのに、
ねじ曲がった返答をされたという苦痛。
「冬が来たなら寒いのは当たり前ね。だけども、冬が来たのなら春は近いとも言えるのよ」
などという優しい言葉で聞かされたのなら、ちょっと変わったかもしれない。
一つの教養の付き合いをさせられたという苦痛の方が大きかった。

この言葉に対する嫌悪感は今でも続いている。
この出典は、
19世紀の初頭に若くして亡くなったイギリスの詩人シェリー(Percy Shelley)の一節。
この出典となった詩は、
『西風に寄せる歌(ODE TO THE WEST WIND)』というタイトルがついた詩。
西風に寄せる歌

全編、擬古典調で書かれている。
そのせいか、日本語の題名も「冬、来たりなば、春、遠からじ」という古典調で表現されている。
詩の内容としては、
「秋に吹く西風は枯葉をとばしてしまうほどの破壊力ではあるが、
同時に種子を飛ばし、春への備えをする存在でもある。
それは、破壊が新たな創造を生み、再生をもたらすことを意味するのだ」
というもの。
力強くも感じるが、詩人・シェリーは、もともと反骨心の塊のような人物であったらしい。
この詩も、その辺りを高らかに詠ったもののようだ。

子供の頃に感じたこの言葉に対する直感的嫌悪は、
この反骨心を感じたものかもしれない。
「冬が来たということは、春が近いということだ」
寒さの苦手な当方としては、何を戯言(たわごと)を言っているんだという気持ち。

これから、本格的な冬。
冷たく長い冬を耐え忍ばなければならないと思うと、
ナマ優しい春よりも、
キョーレツな夏の到来がひたすら恋しい。

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<了>

「この画像はAiで作成しました。拡散しないでください」
こんな言葉と共にSNS 上に有名人を使って本物らしく作られた画像がアップされていた。
「拡散しないでください」と言うのならアップすべきではないハズ。
これが、やがて「Aiで作成しました」の文字がなくなり、
何者かによってまこしやかに拡散されることになるのだろう。

それで思い浮かぶのは『徒然草』73段にある一節。
「世に語り伝うること、まことはあいなきにや、おおくは皆、虚言(そらごと)なり」
というもの。
この意味は、世の中に伝わっていることのほとんどは、根も葉もないウソばかり。
これは、鎌倉時代に編纂された吉田兼好の随筆。

また、1978年に寺山修司が発行した『寺山修司の仮面画報』 の一節に、
「写真とは、『真を写す』のではなく、『偽を作る』のだ」と出てくる。
いかにも寺山修司の言葉らしい。
「寺山修司の仮面画報」1978年版

写真は、やはり曲者。
Ai 時代の今日、その時代よりも、はるかに容易くニセ画像を作成することができる。
その上、ひとたび情報が流れると、それが瞬く間に拡散してしまう社会でもある。
そんな脅威に溢れている。

ニセ情報を、た易く信じてしまう社会の住人の意識は、
鎌倉時代も今も、そして、いつの時代も何ら変わらない。
『徒然草』の、この段(「虚言(そらごと)多き 世の中」) の結びには、
「偏(ひとえ)に信ぜず、また、疑い嘲(あざけ)るべからず」と表現されている。
この意味は、「無闇やたらと信じることをせず、
疑問や疑念を抱くことを軽蔑したり馬鹿にしたりしてはならない」。
すなわち、ここに疑問を感じるべきだ。

毎日入る大量の詐欺メールにニセ情報。

「おおくは皆、虚言(そらごと)なり」

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<了>

中国の戦国時代の思想家・孟子は、いわゆる諸子百家の一人。
性善説を唱え、「仁義」による政治こそ本来あるべきものと唱えた人物。
彼の言葉として「人の本性が悪なのか善なのかはわからないが、性は善であるべき」
と説く。
すなわち、人間は善なるものとして扱うことが肝要ということらしい。

この孟子にまつわる熟語に「孟母三遷」というのがある。
これは、賢明なる母親が、子供時代の孟子に良き教育のため三度、住環境を替えたというもの。
ただ、これは信憑性に乏しいらしい。
もう一つの熟語「孟母断機」は、実際の話。
これは、孟子がまだ若い頃、学問を究めるために家を出たが挫折して帰って来た。
その姿を見て、機織(はたお)りをしていた母親が激怒して、
織っていた機織りの機械を壊して見せて、
「お前がやっていることは、このようなことだ。何が大切かを考えろ!」と諭したという。
まさに「孟母断機」。
なかなか激烈な母親だったようだ。

先日、ネット検索をしていると「愛されるママキャラ」のランキングというのもに出くわした。
ダントツの一位に選出されていたのは「野原みさえ」。
野原みさえ

言わずと知れた「クレヨンしんちゃん」こと、野原しんのすけの母。
この野原みさえだが、徹底して夫の野原ひろしを尻にしき、しんちゃんに対しては手厳しい。
これで第一位というのはどうか?というところだが、
彼女の弁に、「好きで嫌われ役をやってるわけじゃない」「親にとって子供ってのは自分以上」「嫌われたっていいから自分の子供を守りたいだけ。それが母親ってもの」というのがある。
すなわち、厳しさの裏にあるのは子供への強い愛情。
これこそ「孟母断機」を彷彿とさせるもの。

こんな母親に育てられれば「本性は善であって欲しい」と切実に願うハズ。
孟子の「性善説」は、そこからか?

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<了>