BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

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ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

フランスの女性で特筆される人物としてまず挙げられるのはレカミエ夫人(Madame Récamier)かも知れない。
激動のフランス革命からナポレオンのいわゆる帝政期に、
文化人や政治家などが集うサロンを作った女性としてその名をとどめている。
才気煥発、才色兼備の女性で信念にもえるところがあり、
それを隠すことなくナポレオンの皇帝就任に異を唱えている。
そのナポレオンからラブコールを受け、ナポレオンが、
お抱え画家のような立場であったダヴィッドに夫人の肖像を描かせた。
ダヴィッドに描かせた夫人の肖像画
マダム・レカミエがサロンで過ごすときのスタイルがこのようであったと伝えられている。
まず、横たえるような形でこの長椅子に座り、ファッションとしては、このような露出度の高いギリシャ風の透けるようなモスリンのドレスが彼女の定番であったという。
この姿でサロンの客を招いたという。
ジェラールが描いたレカミエ夫人
この当時の女性ファッションリーダー的な存在であったとも言える。
その当時、上流階級はマリーアントワネットが着用していたようなウエストが締まってスカート部分が横に広がっているファッションが主流であった。
それに比べると自然で滑らかな身体の線が見てとれるものだが、
女性の解放の意図が感じられるファッションとも言える。

ただ為政者に対して異を唱えることはその立場を危うくするのは必定とも言える。
銀行家であったレカミエ氏は破産へと追い込まれることとなった。
夫の破産後となる1819年に、修道院に居を構えることとなったが、
それでも、そこにシャトーブリアンなどの作家が集ったとも言われる。
マダム・レカミエは、歳を経ても、いつまでも魅力的な女性であったと伝えられる。

パリに、この夫人の名を冠したカフェが誇らしげに存在している。

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<了>

今のパリの街並みの礎が作られたのは皇帝ナポレオン3世の時代。
当時のパリの知事オスマン氏を起用して、今に通じるパリの青写真ができたとも言える。
下水道や通りを整備したり、重要な建築物の建設も行なっている。
その一つが、旧オペラ座。愛称としてガルニエ宮と呼ばれている。
ミュージカルで知られる『オペラ座の怪人(Le Fantôme de l'Opéra)』は、
このオペラ座を舞台にしたもの。
フランスの作家ガストン・ルルーによって1909年に発表されたゴシック小説。

この小説には、オペラ座の人知れない場所に怪人が住んでおり、
その怪人は醜い容姿を隠すための仮面に黒いマントを身に纏っている。
怪人からは五番のボックス席は必ず開けておくようにという指示など理不尽な要求がなされる。
それに従わぬオペラ座には、次々と想像を絶する災厄が降りかかるというもの。
ボックス席の一つ
こういったボックス席は、『椿姫』や『失われた時を求めて』の1シーンにも使われている。

シャガールの天井画が印象的である。

まさに、フランス社交界やベルエポックの時代を彩った建物だと言える。
このオペラ座はデザインコンペで選出されたものだが、特選で選ばれたのではなく佳作の一つ。
残った7人の作品からの選考となったもの。
竣工時は、ナポレオン3世は失脚してしまい次なる共和制の時代へと移り変わっていた。
この建設場所のとなったところは、地下に湖があり、それが建設を苦しめたとも言われる。
実際に絢爛な建物の地下の部分には運河につながっている。
『オペラ座の怪人』の作家ガストン・ルルーは、元々は記者。
その辺りをしっかりと取材し物語を構成していた。

こちらは、お上りさんで訪ねてみたが、
そこは、多くの物語を生み出した歴史的な建築物。
今もしっかりとその歴史を湛えてどっしりと建っているのに圧倒される。

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<了>


#パリのオペラ座 #ガルニエ宮 #オペラ座の怪人 #失われた時を求めて #プルースト #オスマン知事 #英会話芦屋 #フランス語レッスン
今日は、エリザベス・グレフュール伯爵夫人(Élisabeth, Comtesse Greffulhe)の肖像画を見ていた。

19世紀末ごろのパリの社交界を彩った女性。
マルセル・プルースト『失われた時を求めて』のゲルマント公爵夫人のモデルともなった。
当時のパリの社交界は、かつての貴族階層から次第にブルジョワに移行していく時代。
有力貴族が住んでいたフォーブル・サンジェルマンの代表格とも言える家柄の出身。
当時の貴公子と呼ばれたロベール・ド・モンテスキューは従兄弟にあたる。
社交界のブルジョワたちがセーヌ川の右岸にサロンを構えていく時代、
かつての威光を保っていた女性とも言える。
『失われた時を求めて』にもしばしば登場するオペラ座は、
そういった女性たちが輝く場でもあった。
かつて、訪ねた時に撮った写真があった。

そして、グラン・フォワイエ

また、プルーストの言葉によると、グレフュール伯爵夫人こそ真に美しいと思えた女性だと。
夫人が、オペラ座の階段を歩く姿を見るために何度も訪ねたとある。

観覧席に着くためには、この階段を歩く必要があった。
伯爵夫人の立ち姿が優美で美しかったと表現している。

この階段を眺めつつ、夫人の幻想が浮かんでくるような気がした。

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