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BOOTS STRAP 外国語と ゆかいな哲学の館

ありふれた日常を考察する
<芦屋・三宮>

今年のゴールデンウィークは、雨や風が吹き荒れた日もあったが、
期間を通してみれば良き天気に恵まれたとも言える。
ただ、凄まじい雨風は、台風を思わせるほどに強いもので、傘も役に立たないほどだった。
その傘だが、現代のような雨傘が発明されたのは18世紀の半ば頃のイギリス。
発明者はジョナス・ハンウェイという人物。
彼の発明によりヨーロッパで一般化することになるが、思えば、そんなに古い話ではない。
日本の番傘などの雨傘の歴史をたどると鎌倉時代に遡ることができると言われる。
残念ながら、その発明者の名は出てこない。
ただ、和傘の内側の骨組み模様は現代の眼から見ても造形美を感じさせるところがある。
そんな傘を持ち登場するのが、歌舞伎の演目「白浪五人男」。


この演目の正式名称は『青砥稿花紅彩画(あおとぞうしはなのにしきえ)』。
彼らが手にするのは、お揃いの蛇の目傘。
この傘がこの五人を印象付ける大きな小道具。
これがあることによって啖呵を切り、決めのポーズに味が出る。
傘の内側の造形美も一役かっているように思える。

世界各地で問題になっているのは旱魃(かんばつ)被害。雨が降らないと作物は育たない。
そんな状況になると、日本で登場するのは「雨乞い」なるもの。
世界ニュースで「雨乞い」のようなものをやっているのを見たことがないが、
日本では、雨と土(天と地)の交わりで雨となるという発想があり、
空模様を「男女の睦」としたりもする。
そんな機微を詠んだのが与謝蕪村。彼の句に「雨となる 恋はしらじな 雲の峰」とある。
恋の鞘当てのような雲といったところだろうか。
そんな恋があって、雨が生まれるというものらしい。
もう少しすると雨の季節。
ジョナス・ハンウェイが発明した雨傘も日本の傘も、構造上、
相合(あいあい)傘のように、一人で入るより二人で入るようにできている。

雨の季節と言うより、恋の季節 ♪ か?

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<了>

世の中には、様々なゲン担ぎがある。
その一つ、日本では言霊信仰があったせいか縁起の悪い言葉は使わないように心がけたりする。
例えば、受験シーズンになると、「落ちる」や「すべる」を使わないようにしたり、
日常的でも「スル(失う)」などの否定語を使わず、「カツ(勝つ)」の言葉が好まれたりする。
類似的な言葉のせいか、受験シーズンでは受験とは直接関係がない「キットカット(きっと勝つ)」が売れたりする。
そんな「ゲン担ぎ」では、否定的なものよりポジティブなものを良しとする傾向がある。
言葉としては、「前向き」や「上向き」を歓迎する傾向がある。
そんな形でのゲン担ぎをするのは日本ばかりではない。

中華料理店の入り口などに「逆さ福」が赤い台紙に貼られていたりする。
これは「福」が降ってくるというゲン担ぎ。
逆さ福

アメリカの南部あたりでは、自分の愛車に馬蹄(ばてい=馬の蹄鉄) をつけ、
"U" の文字になるように固定し、天からの恵みを貯める向きにする。
逆にすると流れ落ちてしまい、恵みは受けられないということらしい。

また、地下鉄などの駅のコンコースなどにかかげられている矢印「↑」がある。
このマークがあると、日本では、この先を直進することを意味するが、
パリのメトロをはじめ、欧米では、直進はこの下向き矢印「↓」となる。
「↑」と「↓」、どちらのマークでも「まっすぐ行くのだな」と理解できる。
ただ、日本では、たいてい「↑」になっている。
これは、「上向き」がいいとする日本流のゲン担ぎから生まれたものかと思ったりする。

当方が、いつも利用するスーパーの駐車場の塀には「前向きでお願いします」と書かれている。
つい、
「そうありたいです」と答えてしまいそうになる (^^;

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<了>

随分前のことだが、外国人講師から「"Cool"を日本語で言えば何?」と聞かれたことがあった。
「いいね」とか「カッコいい」などと挙げてみたが、もう一歩、しっくりいかない。
そこで、「シブい」が思い浮かび、伝えたところ、
"Cool" と言いたいところで「シブイ」と言ってみると大ウケだったという。
こんな言葉を外国人が使うところが面白かったようだ。

こんな風に、もともと味覚表現の言葉だったものが感覚表現として使われたもの。
他に感覚を越えた表現には、「甘い囁き」などというのがある。
また、かつては「甘いマスク」というイケメンを表す表現もあった。
「どこが甘いねん?」とツッコミたくなるが、
いつの間にやら感覚器官を越える表現に対する抵抗はほとんどなくなっている。

フランスの19世紀の詩人・ランボーに『母音』と題する詩がある。


この詩は、聴覚的なものを色彩的、視覚的に捉えようとするもの。
その「詩」の冒頭部分を抜粋すると、
「Aは黒、Eは白、Iは赤、Uは緑、Oは青、
母音たちよ、オレはいつかお前たちの秘められた誕生を語ろう」
こんな風に始まる。
この詩でランボーが語っているのは、母音の音を聴くと、
決まって色彩が思い浮かんでくるというもの。
すなわち、聴覚として捉えたものから視覚的な色彩が思い浮かんでくるということらしい。

視覚、聴覚ばかりではない。英語の"Cool" も、元々は触覚表現。
それが触覚以外の表現になっている。
視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚などの"五感" の感覚器官は、
それぞれに互換性があるものらしい。

そう言えば、時々、どの感覚か、わからなくなる時がある (^^;

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