徳沢でのソロテント、朝を迎えた。
今日も雲ひとつない快晴。
せっかく建てたこの家をまた畳んで、それを背負って登らなければいけない。
そう思うと、また怠惰なもう一人の自分が ここで二泊にすれば?と囁く。
いやいや 天気は最高だ。これ以上に好条件があるだろうかというくらい。
体調だって、緊張で寝不足なくせに体は元気。
さあ行こう。7時半に出発だ。
不思議なことに、動き出している時が一番落ち着く。じっとしていると、この先どうなるのか ドキドキする。
早く上に行きたい高揚感がある。
急登ではなくても一式背負いながら歩くととても挨拶できる余裕がない。こちらからの挨拶は割愛だが、下りの人がしてくれるとやはり元気をもらうものだ。止まって道を譲ってくれたり、ゆっくりでいいよ 気をつけていってらっしゃいね とか すれ違い様の何気ない一言がソロの私に孤独ではない安心感をくれる。
そして言葉を交わさずとも、同じようにソロテントで頑張る人を見かけ、良い刺激を受ける。
下界ではそれぞれの立場も仕事も生活もあるだろうが、ここでは同じように頑張る仲間である。(勝手にそう思ってます)
1人で歩くと これまで気づかなかったことに気付く。
本谷橋を越えると急登の始り。
重荷を背負っているので、すれ違い様にバランスを崩さぬように注意して、谷側ではなく山側を歩く。
以前細い巻道で落ちた教訓である。
登りはきついが、景色が変わり飽きないし、程よい達成感も味わえる。
やがてガレ場を過ぎればいよいよ涸沢カールが見えてくる。
「ヒュッテが見えてからが長いのよね〜」と、ソロのおば様の呟きにうなづく。
見上げるたびにパノラマはダイナミックになり、色づきは増していった。
11時30分にテント場に到着。
二回目なのでドギマギせずに落ち着いて場所選びをし、家を立てる。
ここでもまた、去年と同じ場所に落ち着いた。条件としては、トイレに行きやすいようにメイン通り沿いなのと、地面が岩場ではない平であったこと。おかげで去年強風に煽られながら借りた有料の床の板は今年は無しで快適な寝床ができた。
天気が良すぎて、テント内は暑いほどだった。
この旅初めて、心がやけに穏やかに満たされていく感じがあった。気持ちに山あり谷ありあった中で歩いてきたが、思い描いていた場所にようやく着いたのである。お疲れ!自分!
充実感はテントで何もせずゴロゴロする時間をも楽しくさせる。
プライベート空間で体を拭いて(これがテントの良いところ)綺麗な服に着替えると、気持ちが更にスッキリした。身嗜みとは重要なものです。
こうなると自然にどんどん前向きになり、見るもの感じるものが自分のために用意してくれたような気までしてくる。
疲労、不安、期待、体調、思考、 ソロだからこその変化がある。
ここから翌朝までは、もう ご褒美の連続だった。
穂高連峰と紅葉を眺めながら飲むお茶。
日が暮れた後の山々のシルエットとカラフルなテントの明かり。
夜中(早朝3時)にトイレ起きて、テントのジッパーを開けた瞬間に見えた眩い空の星。文字通り、天然プラネタリウムの下で眠っている事実。星空というのは、夜よりも夜中〜朝方までにより深まって輝きが増す感じがする。人も動物も寝静まって シーンと静寂な時間。気温も最も低くなる時間。
そこからの朝焼け モルゲンロート。
本当に来てよかった。心から思った。
たった二泊の旅の中のこの一晩で、宇宙と地球の天体ショーと日本の自然の素晴らしさを全身で味わった。
山の中では、毎日当たり前にこんなショーが起こっているすごさ。
素直に地球に生まれたことを感謝してしまった。
今この瞬間、この感じ、この気持ちを、忘れるな。忘れまい。
皆で朝焼けにで染まるパノラマ空間を堪能しながら、優雅にテントを畳んだ。
昨年の嵐の中の撤収とはえらい違いである。
6時半。降り始める。
コースタイムは約5時間の道のりだ。
名残惜しい景色を何度も振り返りながら歩く。行きとほとんど変わらない重さのザックを背負っていても、心も足も軽い。
やはり山は、登りも下りも両方ありき。最近は下りも好き。
一歩一歩 怪我をしないようにしっかり歩く。つい早く降りてしまうが あくまでも 一歩一歩。
今度はゆとりが生まれたので、なるべく登る人に対して道を譲り、こちらから挨拶をする。下りになった瞬間に先輩風吹かしてます。
あとは目指すゴール 温泉である。
11時に上高地に着く。
2日前に来た時よりも更に山がカラフルになっている。
更に20分ほど上高地温泉ホテルまで歩く。
ホテル前のベンチで座って温泉が開くのを待っていると、予定よりも30分も早く開けてくれた。
バスの時間が14時だったので、かなりありがたい。
思わず、もう一人のソロのお姉さんと「ラッキーでしたね」と目を合わせて喜ぶ。
しかも、私たち2人で貸し切りの一番風呂だ。
3日ぶりのシャワーと温泉 格別な気持ちよさ。
このお姉さん、日焼けの具合と雰囲気から察するに相当な人だと思っていたら、的中。なんと私と同じ日程で西穂登りの涸沢下り! ツワモノである。この時期に。
一人だけど一人じゃない。そんなソロのトレッキングは、天気の力が大きいだろうけど、これからの人生にとって素晴らしい経験になった。感謝である。
松本駅の新鮮な立ち食いそばは疲れた体に染みた。
帰りの新宿行きのバスが松本を出ると、どこまでも続く山の稜線が夕焼けに照らされていた。
そこにいたのは、行く前に思い描いていた、自分の姿だ。