菅原道真が流されたとされる太宰府は、当時の軍地拠点で、重要な場所だった(と、私は思う)。
天照大神の子孫である菅原道真。
もし喜界島に、太宰府の出先機関があったとしたら、菅原道真が太宰府に行かされたのはなんとなく納得できる。
天照大神は島の女だったはずだから。
大物主の子孫のオオタタネコが祟りを鎮めるために呼ばれたように、菅原道真も呼ばれたのかもしれないな。
出口王仁三郎を追ってる人たちが、「喜界島」だけは日本に入れるのが不思議でならなかったけど、この仕組みがセットされているならそうなのかも。
「なぜ天満宮には牛がいるのか」
のやんごとなき方のお答えは、
「天神祭の方が、祇園祭より先にあるなぁ」。
天神様(菅原道真)の牛は、何を意味しているのだろう?
喜界島に、なにがあったんだろう。