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いつも感謝で

アトランタ在住のうぃどう、ぽーの日記

 

 

 

やっとクリスチャン家庭らしく、

昨日の日曜日は教会へ行き、

礼拝後のクリスマスパーティで、

美味しい食事と楽しい会話に

満足して帰ったその夜の事。

 

長男がいきなり、

明日は友達の家に皆んなで行こうと

言ってきたのだった。

彼の友達の親は私の友達でもある。

 

しかしクリスマスイブや当日は、

アメリカでは家族で過ごす日だ。

そんな日に他の家族を訪ねるのは、

とても気が引ける。

 

長男の部屋へ行って、

何故友達の所へ行きたいか尋ねた。

すると返ってきた返事は、

「僕達は何もしないから。」

 

 

亡くなった夫は、

祝い事が大嫌いな人だった。

だから我が家では、

誕生日もクリスマスも

子ども達は何も祝うことはない。

 

そうやって15年間過ごしたから、

今更何かをしようと言っても、

子ども達は祝わなくて良い言いと、

いつも普段と同じように過ごしていた。

 

怠慢な私はそれを良いことに、

これまで殆ど何もした事がない。

でも本当は長男は何かしたかったんだと、

その時思ったのだった。

 

私は長男に謝った。

「これまで何もしなくてごめんね。

家族で一緒に集まって、

何も家族らしいことをしてないよね。」

 

そうすると長男が言った。

「ママ、何を言っているんだ。

僕達はいつも朝から晩まで

一緒にいるじゃないか。

僕達は一致団結したチームだよ。

謝ることなんかないよ。」

 

長男の部屋が薄暗いのを良い事に、

私は流れ始めた涙をそのままにした。

 

また息子に癒されたな。

 

 

 

今日も感謝だね。

メリー・クリスマス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とうとう・・・!

15ヶ月半の付き合いに、

終止符を打ってしまった。

さっき夜中過ぎに、

Rにテキストを送った。

 

彼はそれを

いつ見るだろうか。

すごく切ない想いと、

悲しく辛い想いが、

奥底で渦巻いているが、

これで良かったのだ!

 

さぁ、

また新たにハンティングへ

出かけるとするか。

 

 

 

・・・と、

言ってはみたけどね。

辛いです・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

電話がかかってきてしまった。

そのままフェードアウトは、

やはり彼には効かないのか。

 

心の奥底では、

何度も唱えてはいるのだが、

なかなかさよならを言えない、

弱い私なのだ。。

 

優しい彼の笑い顔や、

楽しい事を思い出す。

そして彼の悲しむ顔を

想像してしまう。

 

それらが頭の中を

何度も駆け巡り、

喉に思いがつかえて

何も言葉が出てこない。

 

彼自身は何かを

気づいているかもしれない。

私に他に誰か好きな人がいれば、

言うことができたかも。

 

今日もう一度、

頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は決断力がない。

いつも流されて生きているから。

でも瞬発力はある。

思ったことを勢いで

行動してしまうから。

 

だからその勢いで、

今ここで決心したい。

すごく苦しい感じが

胸の奥から湧いてくるけど・・・。

 


Rと別れるぞー!

 

 

頑張る!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡や幸運を掴むには、

そのための準備がいると、

上の息子は下の息子に言う。

 

これまで多くの幸運を

与えて貰ってきた下の子は、

その意味をはっりわかっていない。

それは周りがその準備を

してきたからだ。

 

そしてその奇跡を

自分のものにするためには、

それを信じる信念と、

何事にも動じない度胸がいる。

 

私の夫は、

度胸の塊のような人だった。

自分の考えていることを、

やり通してしまう、

恐ろしいほどの自信。

 

二人の息子はその度胸を

父親から受け継いでいる。

父のように向う見ずに

突っ走ってはいかないが、

これまでどのような危機に落ちいようとも、

二人は落ち着いている。

 

 

先月日本へ里帰りし、

その帰り道の出来事だ。

私達の里帰りには、

毎回事件が付き物なのだが、

最終日までは何も起こらなかった。

 

しかしやはりそれは起こってしまった。

私が行き先を間違えて

航空券を買ってしまっていたのだ。

日本に来た時には成田着だったから、

帰りの便が羽田発ということを私は気づかず、

成田への航空券を買っていた。

 

そしてそれは空港で搭乗手続きをする時に、

航空会社の係りの人から伝えられた。

アメリカ行きの飛行機にギリギリ間に合う

羽田行きの飛行機はあったが、

航空券三人分は合計10万円を超える。

 

係の人が言うには、

成田到着後に3時間あるから、

リムジン移動して何とか間に合うかもと、

言ってはくれたが焦りはおさまらない。

前々日に成田へ宅配で送った荷物も、

受け取りに行かなければならなかった。

 

私はとりあえず航空会社へ電話し、

遅れるかもしれないと言うことを前もって伝えた。

そして家族への最後の別れも、

その緊張感からまともに出来ず、

恐るおそると成田行きの飛行機へ乗り込んだ。

 

しかしパニック状態の私とは対照的に、

どんな時にも落ち着いている息子達。

上の子はリムジンバスの時刻表をネットで出し、

どのように行動するか頭で計算していた。

下の息子はまるで他人事のように、

何も考えていないようだった。

 

そして不運は重なったのだ。

その便は25分遅れて成田に到着。

すぐさま上の息子は下の息子に、

飛行機から出てくる荷物を頼み、

私達二人は宅配便で送った荷物を

受け取りに空港内を突っ走った。

 

不幸中の幸いだが、

その荷物は宅配会社の機転で、

羽田へ送られていたのだった。

思いっきり走ったことは余分だったが、

重い荷物を持たなくてよかったことだけでも、

私の心を少し軽くしてくれた。

 

そして走っている間にも、

上の息子はリムジンの時間を見て、

下の息子にテキストを送り、

私にバス停まで走るように指示した。

 

二人でバス停まで走ると、

下の息子も重い二つのスーツケースを

自分の荷物と一緒に抱えて、

後ろについてきていたのだった。

 

アメリカ行きは7時20分発。

その時点で時刻は5時55分。

交通規制がない限り45分で

成田から羽田にリムジンバスで行けるらしい。

 

しかしリムジンの受付の人は、

交通渋滞が酷く羽田まで1時間半はかかると言う。

私は頭の中が更に混沌となった。

どう考えても間に合わないではないか。

20分待たなければならない国際線行きではなく、

5分後に出発の国内線行きリムジンを選んだ。

 

バスの椅子に座ると、

隣に座る優しい女性に、

「きのこの里」を貰うが、

焦りと緊張で味わうことができなかった。

 

妹に航空会社へ連絡してもらうが、

6時20分に受付カウンターを閉めると聞き、

その時にやはり今回は無理だなと思った。

その時間まで残り10分。

バスに乗ってまだ5分しか経っていなかった。

 

私は諦めて上の息子に、

ホテルを予約しようと言った。

そうすると返ってきた返事は、

「Don't give up, mama.」

 

それが私の息子達だ。

いつも何かやらかしてしまう母の失敗に、

息子達は何時も落ち着いて対処してくれる。

必ず良い方へと駒を進めてくれる。

ここで私の心はいつもの

「何とかなる。」に切り替えることができた。

 

それでもグーグルマップで

交通渋滞を調べてみると、

羽田までの高速道路上で、

二つの事故があることを発見した。

羽田への予定到着時刻は7時過ぎだった。

 

しかし思ったよりも渋滞は解消され、

6時50分に羽田国内線に到着。

国際線への巡回バスを探して乗り込んだ。

上の息子は荷物の受け取りは自分に任せ、

私と下の子は走って受付へ行けと言う。

 

やっと国際線へ着き、

下の息子と受付カウンターへ走っていくと、

全ての係りの人達は私達が到着するのを

待っていた様子だった。

 

「できるだけのことはしますが、

間に合わないかもしれませんので。

荷物はこれだけですね?」

「今息子が持ってきています。」

「もう待つことはできません。無理です。」

そこで上の息子の頭が人混みの中に見えた。

「あそこにいます!」

 

荷物のタグが印刷されスーツケースに付けられた。

「荷物が間に合わないと乗れませんので。

入り口で待機してもらうことになるでしょう。」

その間にもトランシーバーで彼らは連絡を取り合い、

どの方向へ私達を行かせたら良いか話していた。

 

私達は誘導され、

ゲートまでの長い道のりを走り続けた。

入り口で止められることもなく、

三人が機内の座席に座ったのが、

午後7時16分だった。

 

「ママ、僕達の荷物は7時15分に

機内に入っているみたいだよ。」

とアプリでそれを調べた上の息子が、

私に言ったのだった。

 

そして出発予定時刻7時20分に、

飛行機は動き始めたのだった。

「ママ、やっぱり大丈夫だったでしょ。」

 

私とそして妹さえも完璧に諦めていたのに、

予定時刻までに座席に座れたことは、

本当に奇跡だと思った。

そして航空会社の人達に

とても感謝したことは言うまでもない。

 

 

何かを成し遂げると言う、

動じない強い息子達の気持ちを、

母はまた感じることができた日だった。

 

この息子達が奇跡を掴むのも

夢ではないのではないかと、

私に思わせた出来事だった。

 

 

 

本当に今回も感謝である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

去年の私の誕生日に、

娘が海外ビーチへの旅行を

私と一緒に行く計画を立ててくれた。

しかしハリケーンがきてしまい、

残念ながら話は流れた。

 

今年も私の誕生日の時期に、

娘は仕事が休みだった。

「何処に行きたい?」と

聞かれていたけれど、

アメリカに来て殆ど

何処にも行った事がない私には、

何処も思いつかなかった。

 

誕生日も一週間前に迫り、

「お母さんの妹に会いに

行くってのはどう?」と

娘は私に言ってきた。

それはとても良い案だと、

私は即決したのだった。

 

 

娘は二人分の高額な航空券を

誕生日プレゼントに買ってくれた。

それよりも娘と一緒に

初めて旅行へ行く事が、

私にとっての最高の贈り物。

 

三泊三日のアメリカ国内の旅。

三年ぶりに会う事ができた、

妹と彼女の娘。

ネイルサロンに行ったり、

買い物をしたり、

美味しいものを食べまくる。

 

楽しい時は直ぐに過ぎたが、

仕事が忙しかった私には、

この旅はとても良い癒しになった。

娘にとても感謝したのだった。

 

 

そして家に帰ると、

息子二人が時間をかけて、

台所を隅から隅まで、

綺麗に磨き上げ

整理してくれていた。

 

物を捨てれない私のため、

使わなくなったものは整理し、

使い易く並べ替え、

見違えるほど綺麗になっていた。

 

 

とてもありがたい、

誕生日の週末だった。

 

私の人生は小舟のように、

大海の中を漂う旅だった。

子育ても何もかも、

定まる事無く流されながら、

その日その日を生きてきた。

 

子ども達それぞれの

これまでの苦労を知らずに、

私は過ごしてきた。

彼らには住む場所と

食べ物だけを与えてきた私。

 

それなのに、

皆優しく育った。

本当に心から

感謝している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日でRと出会って一年経つ。

前のブログを読むと、

私がなかなか好きになれない

なんて書いていたりする。

 

この一年を振り返ると、

これまで私は彼から

三度離れてしまっている。

私からは連絡をしなかった。

 

彼も頑固なところがあるから、

私から連絡が無いと

自分からも何もしない。

でもいつも先に電話をかけてくるのは

彼なのである。

 

よくこんないい加減な私でも、

愛想をつかさず長い間

好きでいてくれるなと

いつも関心してしまう。

 

思うに、

前の恋があまりに激しかったから、

今のゆっくりした恋は、

恋ではないと感じているのかも。

 

昨日はMの誕生日だったから、

久々に思い出してしまったし。

一時付き合いかけたテニス友達も、

未だにテキストを送ってくるし。

 

R自身は私が思っていたよりも、

相手をコントロールしたがる

前の夫のようなところがある。

そして選り好みが激しい。

 

週末が仕事だから、

充分に時間を取って会える日は

本当に少ないし、

二人で何かをしようと言うが、

今まで殆ど何もしたことがない。

 

だから途中で気持ちが

疲れてしまう私なのであった。

一緒に何かをしていて

楽しい人を見つけてしまうと、

そちらに気持ちが傾く。

 

それでもRの気持ちが強いから、

今まで続いてきたのだろう。

 

 

彼は相変わらず素敵だし、

私を癒やしてくれる事も多い。

そして来月始めに、

初めて二人で旅行へ行く。

 

彼の友達カップルと、

他州で合流するらしい。

車の長旅になりそうだが、

あまりおしゃべりではない彼と、

車の中でどのように過ごせるか。

 

それでもとても楽しみしている。

二人で12時間以上一緒にいれる

始めてのイベントだから。

もっと彼の良いところを、

見れるといいなと思っている。

 

 

今日はこれから、

二人で日本のイベントへ出かける。

日本の友達もたくさん来ている。

始めてRのお披露目になる。

 

そろそろ子ども達にも、

時間を取って合わせなければ。

二人で旅行へ行く事だしね。

 

 

こうやって彼とは、

長く付き合っていくのかな。

彼が私に飽きない限り、

二人の関係は続きそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Rは自分に自信がある。

そしていつも私に、

君は何故そんなに

自分に自信がないのか

と聞いてくる。

 

日本人は自分を卑下する

国民的性格があるが、

特に私の場合は、

身長が低かったり、

自慢できる見た目でもないし、

これと言って何もない。

 

自慢できる事と言えば、

良い子ども達がいることだけ。

自分自身にではない。

 

「オレは嫉妬をしない。

それは自分に自信があるから。

オレはハンサムだし、

頭もいいし面白いし、

とても優しい。」

 

その通りだと思うから、

Rには反論はない。

そしてアメリカ人は、

そんな風に自分を評価する

人がとても多いのだ。

 

出会い系サイトをみると、

プロフィールは自慢ばかり。

よくも自分をそこまで、

褒める事ができるなと、

いつも関心していた。

 

女性もどんなに太ろうが、

タイトなミニスカートをはき、

自分に自信がある人が、

私の周りにはたくさんいる。

国民性なんだろうと、

思っていたのだ。

 

 

でも数日前に私は、

そう言うRを見ていて

改めて気付いた事があったのだ。

 

それは彼は彼自身を、

誰とも比較していないのだ。

彼が、かっこいいわけで、

彼が、賢いわけで、

「誰々よりも」がない。

 

日本は狭い国で、

単一民国であるから、

皆見た目も殆ど変わらず、

でもそんな中にいるからこそ、

お互いを比較してしまうと思う。

 

謙遜を好む国民性だから、

「愚妻」や「愚息」と言うし、

相手のことを褒め上手ではない。

褒めるのではなく、

羨ましがり嫉妬する。

 

それを思うと、

自分を好評価するアメリカ人の方が、

まだ健康的だなと思った。

 

もちろんどっぷり日本人の私には、

自分を褒める事など

簡単にはできないけれど、

でも自分は誰とも比較しないように

心掛ける事はできる。

 

「比べない」とは、

とても良い事だと思うからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私はこの歳になって、

新車を買ってしまった。

それは上の息子の

強い勧めによる、

人生初の大きな買い物。

 

因にこれまでも、

家や車を買った事はあるが、

それは夫もいた時で、

一人で買ったのは初めて。

 

高い高い買い物だが、

そのローンを払うため、

上の息子はあれこれ調べ、

光熱費や他の支払いを

安くなるよう捜して、

それぞれ契約してくれた。

 

初の新車に私は、

毎日ご機嫌で運転していたが、

一週間も経たない

平日の夜に事件が起きた。

 

高速道路を走っていたら、

二車線の真ん中に、

大きな物体があったのだ。

隣の車線にはトラックがいた。

 

丁度その辺りは工事中で、

道幅は狭くなっていて、

その物体を避けるためには、

急ブレーキで止まるしかない。

 

しかし暗い夜の道路で

その灰色の物体は

アスファルトと同化し、

目の前にくるまで

気付く事はできなかった。

 

二車線の真ん中にあったから、

私の車は思いっきり

車体の右前をぶつけた。

斜め後ろを走っていたトラックは、

同じようにぶつかったのか、

その後私のサイドミラーから

消えていった。

 

私の車は何も変わりなく

そのまま走っていた。

大きな破損がないようにと、

家に帰るまで祈った。

 

しかしその祈りは聞かれず、

家に帰って車を見ると、

私の新車はぼろぼろだった。

どれほど私はショックだったか。

 

私はこれまで、

車に関しては運がない。

あちこちで釘を拾い、

タイヤを何度もパンクさせたり、

ありえない物が落ちていて、

同じように避ける事が

できなかった事件が、

山の様にあるのだった。

 

今回は初の新車。

私は何故にもこんなに

不運なのだろうと、

人生の終りの様に

落ち込んでしまったのだ。

 

そうすると上の息子が言った。

「ママは不運だけど、

下の息子は幸運だらけじゃないか。

だから差し引きゼロなんだよ。」

 

下の息子にはこれまでに、

思ってもいない幸運が、

たくさん舞い込んでくる。

それは誰もが思っている事。

 

落ち込んでいた私は、

「本当にその通りだわ!

子どもにたくさんの幸運が、

やってくるのだったら、

私はいくらでも不運を

受け入れる事ができるわ!」

 

上の息子のその一言で、

私は簡単に立ち直ってしまった。

 

 

でも考えてみたら、

これまでの私の不運には、

「不幸中の幸い」的な事が、

たくさん起こっている。

 

今回もこの事故で、

安い保険会社を見つけたし、

もちろん車も直した。

だから不運と幸運は

いつも隣り合わせなのだ。

 

 

「全て起こる事には、

必ず理由がある。」

と上の息子は言う。

それを聞いた母は、

これが私の幸運なんだと、

本当に感謝したのだった。

 

 

 

 

いつも感謝・・・!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ブログ更新要請があり、

近況報告を書く事に。

 

 

Rと出会ってから、

既に9ヶ月経った。

私達はまだ付き合って

いると思う。

 

なぜ思うかと言うと、

一時マイケルに戻りかけたし、

マークも横やりを入れるし、

安定しているわけではない。

 

Rは善い人である。

責任感も強いし家族思い。

自分に自信があり、

趣味も多くアスリートでもある。

 

見た目もハンサムだし、

高身長で贅肉もない。

細めな所が気になるが、

声フェチの私には、

彼のしゃがれ声は心地良い。

 

その上私のことを、

とても好いていてくれる。

将来は私と暮らしたいらしい。

私を家族として受け入れる

心構えもしていたように思う。

 

でも・・・、

私の心が彼の気持ちに

追いつかないのである。

彼の事は好きだ。

とても安心できる。

癒やしてもくれる。

 

 

私は男性と付き合い始めると、

その人に合せようとしてしまう

性格なのだ。

 

夫と出会ったときも、

酒を止めろと言われ、

化粧をするなと言われ、

髪も長くしろと言われ、

私は夫の好きな女になろうと、

いろいろ努力した。

 

相手に合わせる事は、

あまり苦ではなかった。

しかし長い間独り身だったし、

50も半ばになると、

それがうっとおしくなる。

 

Rは選り好みが激しい。

私はどちらかというと、

ラフな服装が好きだし、

男友達のような関係が好き。

 

でもフェミニンな女性が好きなRは、

まずは私にもっと化粧をしろと言う。

マニキュアやペディキュアも、

お金を半分払うからしろと言う。

 

もちろん服装も、

女性らしくセクシーな

装いを好むし、

だらしない女性を

本当に毛嫌いしている。

 

彼は自分自身の管理を

しっかりしているし、

超がつくほど綺麗好きで、

ケチをつける所がないから、

そこまで言えるのだと思う。

 

彼の好みの女性に、

合わせるのは悪い事ではない。

でもだんだんそれが、

私を疲れさせるようになった。

 

 

倦怠期には早過ぎる。

私が我が侭なだけ。

こんな良い人は、

滅多に現れないのに。

 

昨日も今日も、

私から電話はかけていない。

彼は待っていると思うけど。

たぶん・・・。

 

 

 

そしてもう一人、

付き合う気はなかったけれど、

出会った人がいるのであった。