奇跡を掴むには | いつも感謝で

いつも感謝で

アトランタ在住のうぃどう、ぽーの日記

 

 

 

奇跡や幸運を掴むには、

そのための準備がいると、

上の息子は下の息子に言う。

 

これまで多くの幸運を

与えて貰ってきた下の子は、

その意味をはっりわかっていない。

それは周りがその準備を

してきたからだ。

 

そしてその奇跡を

自分のものにするためには、

それを信じる信念と、

何事にも動じない度胸がいる。

 

私の夫は、

度胸の塊のような人だった。

自分の考えていることを、

やり通してしまう、

恐ろしいほどの自信。

 

二人の息子はその度胸を

父親から受け継いでいる。

父のように向う見ずに

突っ走ってはいかないが、

これまでどのような危機に落ちいようとも、

二人は落ち着いている。

 

 

先月日本へ里帰りし、

その帰り道の出来事だ。

私達の里帰りには、

毎回事件が付き物なのだが、

最終日までは何も起こらなかった。

 

しかしやはりそれは起こってしまった。

私が行き先を間違えて

航空券を買ってしまっていたのだ。

日本に来た時には成田着だったから、

帰りの便が羽田発ということを私は気づかず、

成田への航空券を買っていた。

 

そしてそれは空港で搭乗手続きをする時に、

航空会社の係りの人から伝えられた。

アメリカ行きの飛行機にギリギリ間に合う

羽田行きの飛行機はあったが、

航空券三人分は合計10万円を超える。

 

係の人が言うには、

成田到着後に3時間あるから、

リムジン移動して何とか間に合うかもと、

言ってはくれたが焦りはおさまらない。

前々日に成田へ宅配で送った荷物も、

受け取りに行かなければならなかった。

 

私はとりあえず航空会社へ電話し、

遅れるかもしれないと言うことを前もって伝えた。

そして家族への最後の別れも、

その緊張感からまともに出来ず、

恐るおそると成田行きの飛行機へ乗り込んだ。

 

しかしパニック状態の私とは対照的に、

どんな時にも落ち着いている息子達。

上の子はリムジンバスの時刻表をネットで出し、

どのように行動するか頭で計算していた。

下の息子はまるで他人事のように、

何も考えていないようだった。

 

そして不運は重なったのだ。

その便は25分遅れて成田に到着。

すぐさま上の息子は下の息子に、

飛行機から出てくる荷物を頼み、

私達二人は宅配便で送った荷物を

受け取りに空港内を突っ走った。

 

不幸中の幸いだが、

その荷物は宅配会社の機転で、

羽田へ送られていたのだった。

思いっきり走ったことは余分だったが、

重い荷物を持たなくてよかったことだけでも、

私の心を少し軽くしてくれた。

 

そして走っている間にも、

上の息子はリムジンの時間を見て、

下の息子にテキストを送り、

私にバス停まで走るように指示した。

 

二人でバス停まで走ると、

下の息子も重い二つのスーツケースを

自分の荷物と一緒に抱えて、

後ろについてきていたのだった。

 

アメリカ行きは7時20分発。

その時点で時刻は5時55分。

交通規制がない限り45分で

成田から羽田にリムジンバスで行けるらしい。

 

しかしリムジンの受付の人は、

交通渋滞が酷く羽田まで1時間半はかかると言う。

私は頭の中が更に混沌となった。

どう考えても間に合わないではないか。

20分待たなければならない国際線行きではなく、

5分後に出発の国内線行きリムジンを選んだ。

 

バスの椅子に座ると、

隣に座る優しい女性に、

「きのこの里」を貰うが、

焦りと緊張で味わうことができなかった。

 

妹に航空会社へ連絡してもらうが、

6時20分に受付カウンターを閉めると聞き、

その時にやはり今回は無理だなと思った。

その時間まで残り10分。

バスに乗ってまだ5分しか経っていなかった。

 

私は諦めて上の息子に、

ホテルを予約しようと言った。

そうすると返ってきた返事は、

「Don't give up, mama.」

 

それが私の息子達だ。

いつも何かやらかしてしまう母の失敗に、

息子達は何時も落ち着いて対処してくれる。

必ず良い方へと駒を進めてくれる。

ここで私の心はいつもの

「何とかなる。」に切り替えることができた。

 

それでもグーグルマップで

交通渋滞を調べてみると、

羽田までの高速道路上で、

二つの事故があることを発見した。

羽田への予定到着時刻は7時過ぎだった。

 

しかし思ったよりも渋滞は解消され、

6時50分に羽田国内線に到着。

国際線への巡回バスを探して乗り込んだ。

上の息子は荷物の受け取りは自分に任せ、

私と下の子は走って受付へ行けと言う。

 

やっと国際線へ着き、

下の息子と受付カウンターへ走っていくと、

全ての係りの人達は私達が到着するのを

待っていた様子だった。

 

「できるだけのことはしますが、

間に合わないかもしれませんので。

荷物はこれだけですね?」

「今息子が持ってきています。」

「もう待つことはできません。無理です。」

そこで上の息子の頭が人混みの中に見えた。

「あそこにいます!」

 

荷物のタグが印刷されスーツケースに付けられた。

「荷物が間に合わないと乗れませんので。

入り口で待機してもらうことになるでしょう。」

その間にもトランシーバーで彼らは連絡を取り合い、

どの方向へ私達を行かせたら良いか話していた。

 

私達は誘導され、

ゲートまでの長い道のりを走り続けた。

入り口で止められることもなく、

三人が機内の座席に座ったのが、

午後7時16分だった。

 

「ママ、僕達の荷物は7時15分に

機内に入っているみたいだよ。」

とアプリでそれを調べた上の息子が、

私に言ったのだった。

 

そして出発予定時刻7時20分に、

飛行機は動き始めたのだった。

「ママ、やっぱり大丈夫だったでしょ。」

 

私とそして妹さえも完璧に諦めていたのに、

予定時刻までに座席に座れたことは、

本当に奇跡だと思った。

そして航空会社の人達に

とても感謝したことは言うまでもない。

 

 

何かを成し遂げると言う、

動じない強い息子達の気持ちを、

母はまた感じることができた日だった。

 

この息子達が奇跡を掴むのも

夢ではないのではないかと、

私に思わせた出来事だった。

 

 

 

本当に今回も感謝である。