これまで付き合う人を間違えてきたなと振り返ります。先ずは親にしてはいけない人の元に生まれ、離れず何十年も暮らして来ました。振り回されてるのに受け入れてきた自分。
家の外で付き合う人もまた、母に似た側にいて不幸でしかない人に執着され、してはいけない相手をしていました。それは苦しくなって当然だよね、と。
選ぶ権利がないと思っている自分にも気づきます。相手から選ばれるのを待って、その人と何がなんでも付き合わないといけない。合わないからと離れる選択肢を持たない。私も選ぶ側なのに。
私に近づいてくる人は隠れた攻撃性を持った人ばかり。モラハラ、マウント、フレネミー(友達のふりした敵)文字を並べただけで動悸がしてきます。こういうタイプからは身を守らなければ、傷ついてばかりの自分を消耗する人生が続いてしまう。
私から見て何の魅力もない人達です
自分が攻撃されるから、というのを除いても、仕掛ける人達は私にとって、羨ましい魅力なんて持ち合わせていませんでした。侮辱される屈辱が増すんですよね。思い返すと全て向こう側から近づいてきて、勝手に見下しては満足して離れない。
近づいてくる=仲良くしたい。話しかけてくる=好いてくれてるではありませんでした。厳しいですが、八つ当たり出来そうな相手として「この人なら」と思われていたんですね。気持ちがえぐられます。
自分に対する侮辱を許してはいけないと思います。これまで懸命に生きてきた自分。果たして、私は馬鹿にされるような人間なのだろうか?私はお互いを認められる、良好な人間関係を築きたい。
「人の中で笑っていたい」私の願いはこれのはずです。