『道ありき』『塩狩峠』と印象的な2作品で三浦綾子の世界にいざなわれた僕は、いよいよ彼女に耽溺することになる。
ついに『氷点』を読んだ。
1964年12月から翌年の11月まで朝日新聞で連載されたこの小説は、65年1月生まれの僕にとってもそれこそ「ものごころついたころから」その存在を知っている作品だった。
家の本棚で背表紙を見た覚えもある。
このタイトルをもじったのが「笑点」であることも、後年『談志楽屋噺』かなんかで知る。
(そんな成り行きでヒョイと名付けた番組が今も続いているんだから恐ろしい)
ともかく今からは想像もつかない国民的話題作であったことだろう。
現代のベストセラーと比べるのは、おそらく両時代の紅白歌合戦の「社会的影響力」を比較するに似た空しさではないか。
三浦綾子を読み始めて『氷点』を読まないのでは、エジプトまで来てピラミッドを見ないで帰るようなものだ。
ということで、ついに僕はこの上下巻を手にした。
なるほど恐ろしい小説であった。
あらすじなど全く知らずに(ピラミッドが王の墓だという程度の知識も持たずに)読んだのだが、こんな物語を連載されたら読者は毎日たまらなかっただろう。
(毎日新聞だってたまらなかっただろう)
入浴を延ばし、アルコールを控え、睡眠を削って数日没入した。
僕が生まれたころ、世の中は固唾を飲んで、この辻口家の行く末を見つめていたのか。
ピラミッドの魔力に魂を奪われた考古学者よろしく、僕はこの後も三浦綾子発掘を続けることになる。