冬のかき氷、笑うアイスクリーム。 | 少~し酔ってます。

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縦歩きのカニの日常

 

歩き回って喉が渇いた。

 

12月とは言え、日差しの下を歩くとコートの下はうっすらと汗ばんでくる。

空気が乾いているせいもあるだろう、ホットコーヒーよりも何か冷たいものを喉に流し込みたい。

どこかカフェでも入ろうか。

でもさっき通ったPRONTは、ロートレックのポスターのように混みあっていて、入る気がしなかった。

雑踏の表通りを避けて裏道に入ると、人も車も嘘のように少なくなったのはいいが、あてもなく迷い込んだ感じがひときわ強くなる。

疲れた脛と足の甲あたりがじんわりと痛み始めた。

さびれた喫茶店でもないだろうか。

 

居酒屋とバーのネオンとオフィスビルが雑居した町の中に「かき氷」の看板を見つけた時は、オアシスに辿り着いた駱駝のような気分だった。

 

 

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季節感も何もあったものではないが、この際の僕は早くもいちごシロップに練乳もかかったかき氷などを想像して唾を飲み込んでいた。

バニラアイスが乗っていれば尚言うこと無しだ。

贅沢は言わない。

とにかく座れる。

 

しかしキャメルnaotoのオアシスは蜃気楼だった。

 

 

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老いさらばえた駱駝に、まだ働けとは殺生な。

 

 

という、ただそれだけの日常でした。

本と映画以外のことをブログに書いたのは久しぶりだ。

 

でもこのブログ、ちょっと変だと思わない?

 

ストーリーに嘘はない。

「求」が「氷」に見えたのを含めて、すべてノンフィクションである。

ただね、「アレ?おかしいな」と思わなかった?

書いてた僕がそう思ったもん。

 

1枚目の遠景の写真ですよ。

普通、喉乾いた人が「氷」の看板見つけたからって写真撮らないでしょう。

「あ、氷だ」と近づいて行って、目の前まで来て「なんだよ、求ムかよ」となる。

やれやれと一人苦笑いをして、「こんなエピソードでもブログのネタになるかな」なんて自虐的なシナリオを思い浮かべながら、写真を撮るならそこで初めてスマホを取り出すんでしょう。

あの時の僕もそうしたんです、たしか。

 

そしてこのストーリーを読者とより強く共有するためには、1枚目の遠景写真が必要だと思いつくわけだ。

そしてわざわざ、痛む足を引きずって本当にわざわざ、最初に看板を見つけた場所まで戻って写真を撮るわけだ。

「僕と同じ錯覚を味あわせたい」という一念だけで。

「求」を「氷」と読み間違えそうな距離まで計算して、なんなら少しずつ距離を変えたパターンを何枚か撮ったぐらいにして。

 

もう1ヶ月以上前のことで、頭の中から消えそうになっていたけれど、写真を見たらその時の気分が蘇った。

「なんだか涙ぐましいなあ」

 

 

思い出して作った一首。

 

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ほんとうのぼくのえがおをしっているブルーベリーのソースのパナップ naoto