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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。



星流れ星七夕のお願いごとは何?ニコニコキラキラ

今年出会った心の優しい子たちみんなに幸せが来ますように。

ラッキーたぬきpopo♪ 七夕2018

 

#七夕2018 をつけてブログを書くと!?
あなたのブログに何かが起こる!

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TVや新聞報道によると日大監督が「相手のクォータバックを壊してこい」と選手らに指示したらしいが、この行為は、ラフプレーの域を超えた紛れもない傷害罪(刑法204条)の教唆犯(刑法61条1項)に当たることは明らかである。実行犯の選手が言うことを聞かざるをえなかった状況があったとすれば、監督を陰の主犯とする共謀共同正犯ということになる。実に悪質な行為ともいえる。

 

これが事実なら、告訴を待たずに監督と実行した選手らを逮捕すべきである。

TVやニュースでよく見聞きするスポーツマンシップに悖るという甘い批判をする以前の問題であって、公然と犯罪を行う監督以下の犯罪資質が問われるべき事件である。

人としてやって良いことといけないことの区別がつかない老人が増えつつあると以前聞いたことがある。

 

一般に犯罪者は、犯罪行為の後にどんな事態になるのか客観的な予測できない思考の欠落者が殆どだといわれるが、まさにこの監督や実行した選手らがこれに当てはまる。

刑事政策条、初犯が放置されていると、妙な屁理屈をこねて自己を正当化し、何度も犯罪行為を重ねる累犯化する可能性が高いと言われる。

 

社会のためにも、本人たちのためにもここは厳重な処分が必要だろう。

 

社会学者によると老人たちの幼児化が進んでいるらしいが、幼児化というより低脳化、粗暴化といったほうが妥当だろう。

日本の学校教育がひどく未成熟であることの証かも知れない。

小学校で英語やダンスなどにうつつを抜かして悦に入っている場合ではないだろう。

 

自民閣僚を始めとする霞が関、レスリング、アメフトなどヘッドに君臨する恥を知らない老人たちが百鬼夜行している。

 

 

『悪質タックル問題 孤立の日大 成蹊大も試合中止 春のオープン戦全滅危機
デイリースポーツ/神戸新聞社  2018/05/17 19:12

 6日に行われたアメリカンフットボールの関学大と日大との定期戦(東京・アミノバイタルフィールド)で、関学大の先発出場したクォーターバック(QB)選手が相手守備選手から悪質なタックルを受け、負傷した問題が波紋を広げる中、関東学生アメリカンフットボール連盟は17日、6月16日に予定されていた日大-成蹊大(アミノバイタルフィールド)の中止を発表した。・・・』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/sports/%e6%82%aa%e8%b3%aa%e3%82%bf%e3%83%83%e3%82%af%e3%83%ab%e5%95%8f%e9%a1%8c-%e5%ad%a4%e7%ab%8b%e3%81%ae%e6%97%a5%e5%a4%a7-%e6%88%90%e8%b9%8a%e5%a4%a7%e3%82%82%e8%a9%a6%e5%90%88%e4%b8%ad%e6%ad%a2-%e6%98%a5%e3%81%ae%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%97%e3%83%b3%e6%88%a6%e5%85%a8%e6%bb%85%e5%8d%b1%e6%a9%9f/ar-AAxoZZU
 

相撲協会は、日本の神道を愚弄しているのではないかという意見がある。

神道に詳しいD君によると、相撲協会の一貫性のない慣習に対する批判は厳しい。

彼によれば、相撲の始まりは、武士(もののふ)の力比べから始まった遊戯であって神道とは無関係だったというのが一般的な見解であるという。

それがいつの間にか、相撲という遊戯に威厳を持たせるために無理やり神道と結びつけ、さらには明治に入って男尊女卑の風潮から尊厳を印象づけるために女人禁制というものを採用したのだという。

そもそも日本の神道は、他国の周期用とは一線を画す懐の深さがあって皇室の祖神たる天照大神を愚弄するような女人禁制などという頓珍漢なしきたりはない。

相撲協会が本気で神儀のゆえに女人禁制という主張をするのなら、まさに日本の神道を愚弄するものにほかならない。
よく言えば、無知蒙昧。悪く言えば、神道を利用する売名行為。
いずれ神罰が下るに違いないという。

神罰が下るかどうかは知る由もないが、長島一茂氏の相撲協会に対する手厳しい批判は妥当だろう。

文科省は、天照大神引いては天皇家を愚弄するような相撲協会からは、とっとと公益法人の資格を剥奪すべきだろう。右翼でなくとも真の日本国民なら怒り心頭に違いない。

今も昔も言えることは、少なくとも女尊なくしては、日本の国は成り立たないことだけは確かだろう。


『長嶋一茂、ちびっこ相撲の女人禁制問題で激怒「最低の話。憲法違反だと思う」
デイリースポーツ/神戸新聞社 2018/04/13 11:07

 タレントの長嶋一茂が13日、テレビ朝日系「羽鳥慎一モーニングショー」に出演。静岡市で8日に開催された大相撲春巡業の「ちびっこ相撲」で、これまで参加できていた女子児童の参加が認められなかった件について、協会の対応に激怒した。

 4日に京都であった春巡業では土俵上で倒れた舞鶴市長の救命措置にあたった女性らに土俵から下りるよう場内放送が流れ、問題となったが「今回は違う話。最低の話。基本的人権の尊重の無視というか、憲法違反だと思う」と憤慨。京都の一件について「あんぽんたんな行司が突発的な女の人が看護師であっても下がって下さいと言っちゃった。理解できないけど、おっちょこちょいな人がいるなというレベル」とした上で、静岡の問題については「これは昭和53年から小学生、男女関わらずやっていいとなっていて、急に何の説明なくいきなり通達したという高圧的な考え方、協会は本当にバカじゃないかと思うよ。ありえない」と、激しく切り捨てた。

 日本相撲協会が安全性の問題としていることに「女の子の気持ちを考えたことがあるのか。女の子はこれまでがんばってきて、その気持ちを考えたこともあるのか。小学生は、女の子のほうが体力が強い。男は弱い。女性の方が強い。小学生までは。女の子もけがしているが、男もけがしている」と、首をひねっていた。』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/entertainment/%e9%95%b7%e5%b6%8b%e4%b8%80%e8%8c%82%e3%80%81%e3%81%a1%e3%81%b3%e3%81%a3%e3%81%93%e7%9b%b8%e6%92%b2%e3%81%ae%e5%a5%b3%e4%ba%ba%e7%a6%81%e5%88%b6%e5%95%8f%e9%a1%8c%e3%81%a7%e6%bf%80%e6%80%92%e3%80%8c%e6%9c%80%e4%bd%8e%e3%81%ae%e8%a9%b1%e3%80%82%e6%86%b2%e6%b3%95%e9%81%95%e5%8f%8d%e3%81%a0%e3%81%a8%e6%80%9d%e3%81%86%e3%80%8d/ar-AAvPyG1
公立小学校の校長という立場を勘違いしている泰明小学校の和田利次校長の頭の中身に興味がある。
一般常識人とはかけ離れた思考をしているには違いないが、どんな回路で思考しているのか。

下の日刊現代の記事を書いたゲンダイ記者が公立小学校と私立小学校を混同したまま脳天気な記事を書いているのが気になる。

それわりも、この和田利次校長は、あのデマ話と言われる「江戸しぐさ」やエセ科学の「水からの伝言」を心から信奉しているとの話にぶち当たったので、調べてみると、確かに、「泰明だより」という泰明小の広報紙に和田校長が「江戸しぐさ」の話を書いていることがわかった。

この「江戸しぐさ」の話は、NPO法人江戸しぐさが提唱するいわば極右的思想に基づく逸話のたぐいである。
あたかも江戸時代には、そういう動作があったと主張しているが、歴史学者や研究家たちはそんな事実はなかったと真っ向から否定されている。
ひらたく言えば、「江戸しぐさ」は人の気を引くための作り話ということである。

また、「水からの伝言」というのは、波動研究家と称する超科学的な人物が、「美しい言葉を水に聞かせると美しい氷の結晶ができ、汚い言葉を聞かせると汚い氷の結晶ができる」と主張したことに始まるらしい。

和田校長は、これにハマっているというからその非科学的な思考回路に問題があることは論をまたない。
これがアルマーニとどう結びつくは定かではないが、少なくとも尋常ではない強い情緒的思考回路による思いつきによるものであることは共通しているといえる。

私立小ならいざしらず、公立小の校長の資質としてはいかにも危うい。
こういう人選をおこなった東京都教育委員会の思考回路も危うさを秘めているということかもしれない。

今は意気消沈していると言われる小池都知事には、築地移転以上にあやうい話であることを再認識してもらう必要があるだろう。


『銀座・泰明小が「アルマーニ服」にこだわらざるを得なかった理由
生き残りをかけているからこそ…
なかの かおり ジャーナリスト

大騒動となった銀座・泰明小学校の「アルマーニ標準服」導入。議論のポイントは「公立小学校とは何か」「公立小学校で貧富格差を助長するようなことがあってよいのか」というところだったはずだが、むやみな校長叩きや、保護者批判にまで及ぶ向きもあった。

ジャーナリストのなかのかおりさんが、自身の経験を踏まえてアルマーニ問題から見えてくる「ブランディング」の実情を分析する。

■噂に絶句した日

東京都中央区銀座の泰明小が「アルマーニ標準服」を導入するという報道を受け、区の教育員会に批判が相次いだ。泰明小は区内の学区外からも入れる「特認校」として人気。「公立小で高額なブランド服はおかしい」と批判がある一方、「泰明小の保護者は教育熱心で、裕福な家庭が多いのだから」との声も聞く。

このように特別さを求める親や学校を、私は責められない。新聞社を辞めてフリーで仕事する中で、特色を打ち出す「ブランディング」がいかに大切かを痛感しているからだ。
・・・・・・・・・・・・・・
どんな学校を選んでも、「子どもたちがのびのびと安心して学べる環境が何より大切」ということを忘れてはならないと思う。』日刊ゲンダイ
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/54546?page=1

下の記事は、意図的に書かかれたものか、あるは無知のゆえに書かかれたものかは分からない。

どちらにしても「『テレビを持っている人は必ず受信料を払わなければならない』と最高裁が認めた」
と断言していること自体は、大きな誤りである。

メディアの大小を問わず、明らかに誤った視点で霞が関やNHKの行動を養護する記事を書くと、それだけでメデイアとしての存在意義を失ってしまうのは万国共通である。

第一に、放送法の対象となる機器は「放送を受信できる受信設備」であって「テレビ」そのものではない。
テレビという受像機だけでは受信できないため受信設備には当たらない。
「テレビ」と「受信設備」を混同してはならない。

さらに、テレビをもっていることと受信料支払い義務とは直接には結びつかない。
テレビを持っているいないに関係なく、支払い義務があるのはNHKと受信契約を結んだ場合に限られるのである。これは民法上の契約関係である。

NHKを受信できる受信設備を持っている者は、原則として受信契約を結ぶ必要があるとされるのは、放送法上の規定である。
しかも、これには例外がある。
「放送の受信を目的としない受信設備、ラジオ放送、多重放送のみを受信できる放送設備」は除外されるのである。カーナビやスマホに付随するワンセグなどはこれに該当するというのが多数意見である。

この記事のように民法上の契約と放送法上の規定を混同して結びつけるのは、明らかな間違いというほかない。
ここにいう最高裁の判決文のどこを見てもそんな言葉は見当たらない。

判決要旨の一部には、「NHKと契約を締結した者は受信設備の設置の月から定められた受信料を支払わなければならない」とある。

しかし、そこには「テレビを持つ者は」とは書かれておらず、「契約をした者は」と書かれている。
主語を勝手に入れ替えた悪辣な解釈で国民を混乱させる類のメディア記事は、社会の害悪以外の何物でもない。

これはダイヤモンドオンラインの記事らしいが、この編集責任者はこの記事を遂行するに際して何の疑問も持たなかったのだろうか。
だとすれば、そうとうの文章音痴ということになる。
編集責任者と記者は、即刻謝罪かつ削除・訂正をすべきだろう。

もし最高裁が判決文の中で、「テレビを持っている人は必ず受信料を払わなければならない」などと言ってしまったら、世間の笑いもの、引いては世界の笑いものにされてしまうに違いない。

そこには、最高裁も霞が関組織の一つには違いないのでそう言いたいが、一方で法律家としての良心と正義感に引っ掛かりがあるためにあいまいな言い回しになっのだろうとの指摘もある。

さらに放送法にはこうある。

放送法第64条第1項(契約の義務)
「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。ただし、放送の受信を目的としない受信設備又はラジオ放送(音声その他の音響を送る放送であつて、テレビジョン放送及び多重放送に該当しないものをいう。百二十六条第一項において同じ。)若しくは多重放送に限り受信することのできる受信設備のみを設置した者については、この限りでない。」

これを見ても、「原則として受信設備を設置した者は、受信契約をしなければならない。」とは書いてあるが、「テレビを持っている者は必ず受信料を払う義務がある」という意味のことは放送法のどこにも書かれていない。
社会的強者に批判の目を向けるべきメディアが、強者の機関誌になってしまっては存在意義を失う。

我々庶民は、こういうデマを垂れ流す金満主義NHKのおかかえ提灯記事に騙されないようにしっかり勉強する必要がある。

言葉は正確でなければならない。
特に人権に関わる法律用語は、厳格さを求められるる
この記事に見られるようないい加減すぎる独自解釈は、論外である。
ちなみに私見では、公共放送自体は容認すべきだが、反社会的組織であるNHKは解体すべきだろう。

世間でよくある「何で勉強するの?」「生活するのに必要なことなの?」という学童たちの素朴な疑問に対する答えがここにある。

そう。怪しすぎるメディアの提灯記事に騙されないためにも、子供も大人も勉強は必要なことなのだと。


「ニュース3面鏡 2018.3.14
NHK受信契約は合憲、次の争点は「ネット配信の受信料」へ
北条マサ子 
昨年12月、NHK受信契約の義務規定に関する裁判で、最高裁が初めて「合憲」の判断を下した。今まで「テレビは持っているけど、NHKは見ていない」など、様々な言い分で受信料の支払いを逃れていた人たちに対しても、「絶対に受信料を支払わなければならない」と最高裁が認めたのだ。これは一般市民にとって、どのくらい重要な出来事なのだろうか。(清談社 北条マサ子)
◆テレビを持っている人は必ず受信料を払わなければならない

テレビを持つ人は「絶対に受信料を払わなければならない」と最高裁が認めた。今後はワンセグケータイや、スマホ、パソコンなどがどのような扱いになるかが注目される

・・・・・・・・・・・・・・・ いずれにしても受信料の支払いは義務化された。訴訟の面ではまだ詰めるべきことがあるようだが、受信設備を持っている以上、受信料の支払いは絶対である。」
http://diamond.jp/articles/-/163280