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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

交通死亡事故は、高年齢・運動能力劣化もさることながら、「事故癖」という個人の資質による度合いが大きいことは容易に推測できる。

下の記事の神戸市バス暴走事件では、このバスの運転手は64歳の高齢者予備軍だが、年齢よりもその事故歴は過去21件、人身事故は5件もあるという。言い換えれば「事故癖」をもつ典型例だろう。

なぜこれほどの事故癖のある資質をもつ社員に市バスの運転を任せたのか。
バス会社の管理体制が問題だろう。

かねてから指摘している交通事故(死亡事故も含めて)は、運転者の資質に問題があるという論拠の根拠例として注目すべき事件でもある。

この運転手ですら暴走死亡事故を起こすのであるが、これでも事故数が6番目というから、これから先が思いやられる。

公共交通機関はバスよりも路面電車を提唱しているが、少なくともバスではなく、路面電車なら避けられた事故かも知れない。


『 神戸市バス暴走 運転手は過去に事故21件 267人中6番目の多さ
神戸新聞NEXT/神戸新聞社
2019/06/25 20:26

 今年4月、神戸市中央区のJR三ノ宮駅前で市営バスが歩行者を死傷させた事故で、運転していた男(64)=自動車運転処罰法違反罪で起訴=が市バス運転手に採用されて以降の33年間で、5件の人身事故を含め計21件の事故を起こしていたことが25日、分かった。神戸市交通局が同日の市会常任委員会で明らかにした。

 同局によると、男は1986年に採用され、2015年の定年退職後、再任用職員として週4日勤務していた。4月の常任委では、02~18年の事故件数について13件と報告。その後、02年以前についても調べた結果、新たに8件の事故が分かった。同被告に瑕疵のないケースも一部含まれている。

 事故を受け、同局が市バスの運転士全267人の事故歴を調べたところ、最多は計36件で、男は今回の事故を含め6番目に多かった。岸田泰幸局長は「適性診断の結果や事故歴、違反歴もしっかり見極めた上で再任用の合否を判断したい」と述べた。(石沢菜々子)』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e7%a5%9e%e6%88%b8%e5%b8%82%e3%83%90%e3%82%b9%e6%9a%b4%e8%b5%b0-%e9%81%8b%e8%bb%a2%e6%89%8b%e3%81%af%e9%81%8e%e5%8e%bb%e3%81%ab%e4%ba%8b%e6%95%85%ef%bc%92%ef%bc%91%e4%bb%b6-%ef%bc%92%ef%bc%96%ef%bc%97%e4%ba%ba%e4%b8%ad%ef%bc%96%e7%95%aa%e7%9b%ae%e3%81%ae%e5%a4%9a%e3%81%95/ar-AADovXx
無差別殺人事件(=テロ)は、いつの時代もどこの国でもある。

最近の我が国では、秋葉原無差別殺人事件、川崎無差別殺人事件が目新しい。
いずれも引きこもりの男が無関係な市民を巻き込んだテロ行為である。

1995年3月では、集団引き込もりともいえるオウム真理教の起こしたサリン事件がある。

ところで、立川志らくのコメントが「死にたいなら一人で死んでくれ。」とコメントしたという。
この発言の「一人で死んでくれ」は言葉のあやでしょう。
志らくの真意は「どんな場合でも他人に危害を加えるな!」にあるのではないかと思われる。

いずれの事件も「ヒト様に迷惑をかけていけない」という道徳心の欠如が根幹にある。

そうだとすれば、家庭教育・義務教育における道徳教育の欠如という社会問題こそが解決されるべきではないか。

しかし、問題は社会環境の多様化も影響し、より複雑になっている。

「引きこもり=ダメ人間=犯罪予備軍」という決めつけもいささか短絡的に過ぎる。

例えば、芸術家や小説家などは何か月も長期にわたって家宅に引きこもるのはよくあると言われるし、社会との交流が少なくてもまともに生活している友人・知人が少なからずいることからもそう言える。

今の複雑な社会では、何らかの影響で精神的ストレスに悩まされることもある。そういうときは、デーブ氏の言ようにう専門のカウンセリングを受けることが重要なのだが、問題なのは、相談できる専門医のいる公的機関がないことである。

日本では一般に、まだカウンセリングの重要性が認識されていないことは確かである。
そういう意味では、日本社会のメンタル面で未熟なのである。

何十年も前から、カウンセリングの重要性が指摘されていたにも関わらずである。
政府・行政のやる気のなさ=手抜きとしか言いようがない。

今のところ、無差別殺人を回避するには、個人の自己防衛しかない。
安穏とした現代日本人の最も苦手とする危機意識の分野である。
安穏自体が悪いわけではないが、時と場合による。

「自分の身体・自分の身内は自分たちで守る!」
他人任せでは危なすぎる。
中世戦国時代の乱世ではないが、残念ながら、今のところは、これしかない!


『ひきこもりの英訳は“Hikikomori”、日本特有の難問を解決するためにすべきこと
社会週刊新潮 2019年6月13日号掲載

川崎通り魔事件

〈死にたいなら一人で死んでくれよって、そういう人は。なんで弱い子どものところに飛び込んでんだって〉。

 川崎の無差別殺傷事件を受け、落語家の立川志らくが情報番組で口にしたこの発言は、大きな波紋を呼んだ。
20人を殺傷し自刃した岩崎隆一容疑者(51)に放たれた“一人で死んで”は正論か、暴論か。

尽きることなき論争の陰で、「無差別大量殺傷事件」が炙り出した問題の本質とは――。

 数多くの殺人犯への取材経験を持つノンフィクションライターの窪田順生氏は、「岩崎に対して過度に配慮すると、同じ境遇の人たちの被害者意識を増幅し、事件を誘発してしまう」と指摘する。
被害者意識こそが、犯行に及ぶ人間の背中を押すのだという。

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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』(msn news)
https://www.dailyshincho.jp/article/2019/06160800/?all=1
下の記事は、大半のメディアが口をそろえる「高齢者の事故」批判を助長する内容だが、この筆者の思い込みというより警察庁への忖度から提灯記事を書いているように見える。

かつて指摘したことがあるが、原発推進や憲法改正に関する産経新聞社説程度の論理レベルである。
意味のない忖度記事を批判してもそれこそ意味がないが、問題点だけ挙げておこう。

◆データー誤認による高齢ドライバーへの不安 ~ そもそも高齢ドライバーの定義があいまい 

そもそも十羽ひとからげで死亡事故が多い高齢ドライバーなるものが何歳から何歳までを指しているのか明確にしていない。
加えて、この筆者がどれほど数学が得意なのか、統計学に通じているのか知る由もないが、少なくとも次の2点で間違いを犯している。

①まず、「事故率がもっとも高かった16~19歳は約88万人で構成比率はわずか1.1%なのに対し、80歳以上は約227万人で2.7%、70~79歳は約903万人で11%となっている。」としている点

これらの各階層における数値をみると、その年齢幅が「16~19歳は約88万人」では4年、「80歳以上は約227万人」では不明、「70~79歳は約903万人」では10年とバラバラである。
バラバラのままで構成比率の単純比較はできないのが常識である。

②次に、「しかし母数が圧倒的に小さい。交通事故が多いか少ないかは比率ではなく総数で判断すべきであり、双方の数字を掛け合わせれば、高齢者の事故が多いのは一目瞭然だ」

この「交通事故の多いか少ないかは比率でなく総数で判断すべき」という不可思議な論理は、どこからもってきたのか、また何を根拠に述べているのか誰にも分らないだろう。

統計上数値比較の上で回答数を比率であらわす理由がほとんど理解されていない記述といえる。

運転免許更新の講習に参加して感じることは、「この人は運転しても大丈夫なのだろうか」と疑問に思える人々はが少なからずいることは確かである。その中に足元のおぼつかない80歳前後の高年齢とみられる人がいることも確かである。

70歳以上のドライバー対策をいくら講じても交通死亡事故が減る可能性は期待できない。
ましてやその対策自体、少子高齢化の社会において労働年齢を上げようとしている政府の思惑と逆行するになるだろう。

以前から述べているが、自動車死亡事故を減らすための有効な方策としては、いろいろ考えられるが、性別・年齢を問わず、個人の事故歴から事故を起こしやすいドライバーを選定し、何らかの予防策を取ることが有効な手段の一つであることは確かだろう。
免許証番号は一種の国民背番号制度であることから、政府がその気になりさえすれば、さほど難しいことではないだろう。

◆路面電車網の完備・・・年齢を問わず利用でき、交通渋滞・事故を減らせる

さらに加えて、公共交通機関を増やすことで個人の運転の機会が減ることも事故防止策の一つであるともいえる。とくに有効なのは、路面電車である。

公共交通と言えば、現在はバスが多いが、より走行制限のある路面電車の方がより安全だろう。

これまで路面電車は交通渋滞を招くといった反対派の指摘もあるようだが、その指摘にし実証された根拠はなく、ただの思い込みである。これに対し、路面電車は各国で交通渋滞に影響しないことが明らかであるとして数多くの敷設例があるというのも導入の理由になるだろう。


『 「これは名案!」「ペダルを踏むよりいい」── 赤いボタンは高齢ドライバー事故対策の切り札となるか?
い」── 赤いボタンは高齢ドライバー事故対策の切り札となるか?
森口将之
2019/06/21 09:34
© All About, Inc. 提供  

連日のように報道される高齢ドライバーによる交通事故。その際に必ずと言っていいほど目にするのが、免許取りたての若者のほうが高齢者より事故率が高いという指摘だ。しかしこれ、いわゆる論点のすり替えであり、本質を捉えていない。

■高齢ドライバー事故は間違いなく増えている

警察庁の統計に、原付以上の運転者が第1当事者である死亡事故について、年齢層別に免許保有者10万人当たりの件数を年齢層別にまとめたものがある。それを見ると、たしかにもっとも多いのは16~19歳の若者だが、80歳以上の件数もほぼ同じだ。

しかも多くの年齢層で、2017年から18年にかけて事故件数が減っている中、80歳以上と70~79歳では増加している。この状況が続けば、今年は事故率がもっとも高いドライバーが80歳以上になるだろう。

同じ警察庁の資料には、平成30年末現在の年齢別運転免許保有者数の統計もある。こちらを見ると、事故率がもっとも高かった16~19歳は約88万人で構成比率はわずか1.1%なのに対し、80歳以上は約227万人で2.7%、70~79歳は約903万人で11%となっている。

前年と比較してみると、16~19歳は4.6%も減っているのに対し、80歳以上は2.4%、70~79歳は8.7%も増えている。
・・・・・・・・・・・』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%e3%80%8c%e3%81%93%e3%82%8c%e3%81%af%e5%90%8d%e6%a1%88%ef%bc%81%e3%80%8d%e3%80%8c%e3%83%9a%e3%83%80%e3%83%ab%e3%82%92%e8%b8%8f%e3%82%80%e3%82%88%e3%82%8a%e3%81%84%e3%81%84%e3%80%8d%e2%94%80%e2%94%80-%e8%b5%a4%e3%81%84%e3%83%9c%e3%82%bf%e3%83%b3%e3%81%af%e9%ab%98%e9%bd%a2%e3%83%89%e3%83%a9%e3%82%a4%e3%83%90%e3%83%bc%e4%ba%8b%e6%95%85%e5%af%be%e7%ad%96%e3%81%ae%e5%88%87%e3%82%8a%e6%9c%ad%e3%81%a8%e3%81%aa%e3%82%8b%e3%81%8b%ef%bc%9f/ar-AADa9Nu#page=2
天皇陛下を侮辱する発言をしたうえ、陛下の謝罪を要求した韓国の文喜相国会議長に対し、鳩山由紀夫氏が韓国に乗り込んで発言の撤回を求めたことは、あまり知られていない。

鳩山由紀夫元総理をメディアに乗せられて「お花畑」「宇宙人」などと揶揄する無知な国民は少なくないが、世界的には安倍晋三や麻生太郎などの米国大統領の提灯持ち議員よりは評価が高いことを知っておくべきだろう。

その証拠(あかし)には、反日発言を繰り返す文喜相国会議長が、鳩山由紀夫氏の求めに応じてすんなり謝罪をしたことが挙げられる。

以前から、何度も書いているが、鳩山由紀夫氏は思慮深く、その探究心も半端ではないことが広くはないが知られているだけでなく、加えて私心のない義と情に厚い好漢であることがわかる。

かの鳩山由紀夫氏については知らないことも少なくないが、その言動をつぶさに観察していると、安倍晋三や麻生太郎などは足元にも及ばない尊敬に値する人物といえるだろう。

日本の誇りと国際的な立場を高める彼の行為は、今回だけにとどまらないが、大半のメディアが虫をしているが、彼は、日本国民にとってじつに稀有で貴重な存在である。


『 天皇陛下への謝罪要求「心を痛めた方には申し訳ない」 韓国国会議長が鳩山氏に
株式会社 産経デジタル
2019/06/14 18:59

 【ソウル=名村隆寛】天皇陛下(現上皇さま)を「戦犯主犯の息子」と呼び、元慰安婦への謝罪を求めた文喜相(ムン・ヒサン)国会議長が「心を痛めた方たちに申し訳ないと伝える」と自らの発言について初めて謝罪の意を示した。

 韓国国会の発表によると、文氏は13日、訪韓中の鳩山由紀夫元首相とソウル市内で会談。文氏の発言について、鳩山氏が「韓国人の立場では納得できるだろうが、日本人は天皇にまで言及することは失礼だと考え得る問題だ」と指摘した。文氏はこれに対し、「全く共感する」と述べ、謝罪の意向を見せた。

 文氏は2月に米メディアとのインタビューで問題の発言をし、3月にも韓国紙のインタビューで「安倍(晋三)首相、あるいは安倍首相に準じた日本を象徴する国王(天皇)が元慰安婦に『ごめんなさい』とひと言、言えば問題が解決される」と従来の主張を繰り返していた。

 聯合ニュースによれば、今回の「謝罪の意」について、文氏側は「韓日にはおれぞれの立場があるということに同意し、心を痛めた(人がいる)のなら申し訳ないとの趣旨だ」と説明している。』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/world/%e5%a4%a9%e7%9a%87%e9%99%9b%e4%b8%8b%e3%81%b8%e3%81%ae%e8%ac%9d%e7%bd%aa%e8%a6%81%e6%b1%82%e3%80%8c%e5%bf%83%e3%82%92%e7%97%9b%e3%82%81%e3%81%9f%e6%96%b9%e3%81%ab%e3%81%af%e7%94%b3%e3%81%97%e8%a8%b3%e3%81%aa%e3%81%84%e3%80%8d-%e9%9f%93%e5%9b%bd%e5%9b%bd%e4%bc%9a%e8%ad%b0%e9%95%b7%e3%81%8c%e9%b3%a9%e5%b1%b1%e6%b0%8f%e3%81%ab/ar-AACSqzT
そもそも、保護者が子供を小学校に通わせる法的義務はない。
義務教育の義務は、国の義務を指す。

強いてあるとすれば、子供に普通教育を受けさせる義務である。
少なくとも子供たちは、小学校や中学校に通う義務はない。

小中学校で教える教え方は、文科省役人やただの知識人たちがが考え出した形式的、画一的な指導方法であるから、当然のことながら、個々の子供たちの頭脳の回路に合わない指導も少なからずある。

特に小学算数の授業に至っては、数学が得意な担任教師がどれだけいるのだろうか。
わが身の小学生時代を振り返ると小学校での算数の授業での指導方法は非論理的で最悪だった記憶がある。

また、学校では多人数での共同生活を続けるわけだが、いじめや暴力を好むガキ連中がいるのは大人の社会と同じである。
例えば、会社で暴力や暴言を受け続けていたときに、これを試練として受け止めるべきであるという意見は普通の社会では通用しない。
だが、小中学校で同じような軋轢の状況下にある児童に対して「試練」を公言するのは、理不尽としか言いようはないだろう。

「何のために学校に通わせるのか。」
熟慮すればわかることだが、いろいろと体験・学習するためである。
だとすれば、それを支える心理的な平穏が害され、圧迫が強まった時には、何よりも優先的に心理的な休憩をとる必要がある。
そのための具体的方法は、不登校である。

「無理をしてまで学校に行く必要はない。教育の機会はほかにもある。」
少なくとも児童の健全な発育を望む保護者としては、このことを忘れてはいけない。

「無理なき不登校」
子供たちを守るために大いに結構なことである。


『不登校は試練からの逃げという乱暴な叱咤 ガマンとは学ばせるものなのか?
2019/06/16 16:00

私自身が小学生の子を持つ親になって、登校させることが親子に課せられた試練であるかのような感覚を初めて覚えました。当記事は不登校新聞の提供記事です
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「普通は学校なんて誰でも行ける。それなのに学校へ行けなくなってしまったら、将来、生きていけないのではないか。学校ぐらい行けないでどうする。ガマンが足りないのではないか」と。
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忍耐力やガマンがいらないとは思っていません。でも、人は何かを目標にして、そこに向かう過程で、ガマンする機会があると私は思います。ガマンを学ぶのではなく、学びの過程に忍耐もあるのです。

だから、まずは学びたいと思える気持ちと、そこに向かおうと思える力を蓄えるために、不登校というときを大事にすることに意味があると思います。

(文/庄司証)

』(toyokeizai.net)
https://toyokeizai.net/articles/-/286372