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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

たまたまTVのニュースでセブンペイの社長が記者会見で語っていたが、通常、電子マネー決済で2段階認証で本人確認を取るのだが、これを取っていなかったことを指摘されて「2段階なんとか?」と述べて「2段階認証」という言葉すら知らなかった様子だった。

セブンペイの小林強社長は金儲けはできるが、セキュリティ意識はほとんどゼロの人というのが露見した会見だった。
安倍自民のサイバーセキュリティ担当の桜田義孝担当大臣が、「USB・・・ってなに?PCは触ったことないので」というのと酷似する。

ここまでは笑えるが、被害が出たとなるとそうはいかないだろう。
中国マフィアなどの国際犯罪組織がからんでいるらしいことから、益々、総じて危機意識の薄い日本人は狙われやすい。

セキュリティ感覚の薄い政府や大会社にお任せパックでいては、自身の財産や身の危険は避けられない時代になっている。
ダンスや英語よりも、自身の安全を図るために小中学校ではセキュリティの授業を取り入れるべきだろう。


『 セブンペイ不正、現場の店主は…「正直笑ってしまった」
朝日新聞社 2019/07/05 13:59

 コンビニ最大手、セブン―イレブンのスマートフォン決済「7pay」(セブンペイ)の利用者の一部が不正アクセスを受け、多額の被害が出た問題で、同社は新規登録やチャージ(入金)を停止した。事実上サービスが停止状態になると発表されて一夜明けた5日、現場のコンビニ店主らは、登録を呼びかけるポスターを撤去するなどの対応に追われている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
 そして4日、セブン側は新規登録や入金の全面停止を公表。店主は「肩すかしで、正直笑ってしまった」。店内には、セブンペイに1千円以上チャージすると、おにぎりが1個無料になることなどを伝えるポスターを掲げていたが、5日朝にかけて、すべて撤去したという。

 セブンペイのさらなる登録拡大に向け、様々なキャンペーンも準備されていたというが、「もうそれどころではなくなった」。
』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/money/%e3%82%bb%e3%83%96%e3%83%b3%e3%83%9a%e3%82%a4%e4%b8%8d%e6%ad%a3%e3%80%81%e7%8f%be%e5%a0%b4%e3%81%ae%e5%ba%97%e4%b8%bb%e3%81%af%e2%80%a6%e3%80%8c%e6%ad%a3%e7%9b%b4%e7%ac%91%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%a3%e3%81%9f%e3%80%8d/ar-AADSctL#page=2
たまには、どうでもいい話を。

中日の私設(?)応援団が作った応援替え歌で「お前が打たなきゃ誰が打つ オイオイ」という歌詞を不快に感じた新任の与田中日ドラゴンズ監督が「お前」ではなく選手名の方がいいとクレームをつけた事案。

下の記事の筆者もそうだが、一斉に反発・批判したのが、立川志らくをはじめとするタレントや知名人たちだという。

立川志らくに至っては「『お前』は古来、『御前』といって神や帝に対する敬意を示す言葉である。」などと訳の分らない屁理屈をこねているらしい。
現代と古代では使う言葉は同じであっても意味が変化している。

それが証拠に、誰かが立川志らくに対して「師匠に対して弟子が『お前』といったらどうする?」という問いかけに「即、破門!」と答えたらしいが、自己矛盾も甚だしい。
賢そうに見えても内実は頓珍漢としか言いようがない。

その応援歌の歌詞全体を見た印象では、確かに選手を見下した上から目線の言葉が並ぶ。
応援団やファンはそんなに偉いのか。
なにか勘違いしていないか。
ブラック企業の経営者を連想させる。

そもそも、言葉の響きは、時と場合にもよるだろうが、受け取る人によっても、また、地方によって異なる。
不快に思う人がいれば、それは自粛するのが日本人の情だろう。

例えば、関東では知人から「お前」「ばか野郎」と言われても気にも留めない人もいる。
寅さんの映画ではよく聞く言葉ではある。

しかし、近畿・中部以西の西日本ではどうだろうか。
かなりの違和感や不快感を感じる人々は少なくないのではないだろうか。

何にでも自分たちの価値観を標準として統一した価値観の下で与田監督・自主規制を批判してはいないだろうか。他の球団の応援歌にも「お前」があるだろうという屁理屈は、まるでスジが違う話である。
論理が分っていない。

「お前」に違和感を感じることは、人それぞれであって異常でも何でもない。
仮に肯定派が多数であってもそれが異常なのかもしれない。

ダメなものはダメなのである。


『BLOGOS しらべる部
    2019年07月02日 20:27

中日応援歌が「お前」で使用自粛 他球団で多く使われている現状

プロ野球・中日ドラゴンズの応援団が1日、応援歌の「サウスポー」に不適切なフレーズがあるとして、当面の使用自粛を決めたことをTwitterで明かした。
報道によると、歌詞内の「お前」という表現が子どもにとって不適切と判断され、今シーズンから就任した与田剛監督の「『お前』より名前のほうがよい」との意向も影響したという。
・・・・・・・・・・・・・・・・
果たして、「お前」は不適切な表現なのか。
Twitterなどの情報を参考に他球団の応援歌を見ても、「くたばれ」「燃やせ」などのきつい表現は数多く見られる。野球の応援という状況を考えれば違和感は覚えない。「子どもには不適切」とした中日球団の対応は唐突感があり、過剰という印象を拭えない人も多いのではないか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・プロ野球をめぐっては、かつての「たかが選手」という暴言も記憶に新しい。当時の選手を支えたのはファンであり、そうしたファンあってこその球団だ。』(blogos.com)
https://blogos.com/article/388640/

多くの議員や教育関係者が、「体罰」と「虐待・暴力」の区別ができずにただ「悪行」とレッテル貼りをするだけで、「子供のしつけ」の実践方法を真剣に見出そうとしないのは、自由主義をはき違えた日本の大人たちの典型だろう。

下の記事などは、最近多発している親子間の暴行・虐待、そして傷害・殺害事件の1例に過ぎない。

とくに社会の最小単位である家族間で起きている人間関係の破たんの顕著な例である。
平和な日本という争いごとのない環境の中で、ともすると精神的ストレスから攻撃的になる傾向は誰らでもあることらしい。

しかし、強い理性と先見性によってそれを抑え込む、あるいは解消する人々が大半であることは確かだが、そうでない人間が増えつつあることは、家族間での刑事事件報道の頻度が高くなりつつあることからも推察できる。

前にも書いたが、かわいい盛りに好き放題に育った子どもは、自制心を育てる機会が奪われ、成人してからも好き放題の傾向を維持させるため、社会から外れ者扱いを受けることになりがちである。

その疎外感から、ストレス発散の相手は身近な家族、特に親などの保護者に向けられることがあるのではないかと推察される。
今は、私的な仮説にすぎないが、成立の可能性は低くないことは容易に推察できることは以前にも書いている。

可愛い盛りほど、ダメなものはダメと徹底して叱る。
子供が何かを克服したときは褒めるという具合に、子供が分るようにメリハリをつける。
中学・高校としだいに成長していくにつれて、本人の意思を汲んで次第に縛りを緩めていく。

明治以前の庶民の教育方法はそうだったらしい。
古いのが良いとは言わないが、新しいのが良いとも言わない。

しかし、子育ての方法は経験豊富な古きを知るのもよい。


『 71歳女性、息子に首絞められる…一時意識不明
る…一時意識不明
読売新聞 2019/06/29 13:34

 警視庁立川署は28日、東京都立川市富士見町、無職佐藤太紀容疑者(45)を殺人未遂容疑で逮捕した。発表によると、佐藤容疑者は28日午後2時頃、集合住宅2階の自宅寝室で、同居する母親(71)の首を両手で絞め、殺害しようとした疑い。母親は一時、意識不明の重体となった。佐藤容疑者は「分かりません」と容疑を否認している。

 佐藤容疑者は約1週間前から両親と同居を始めたばかりで、60歳代の父親が「息子が母親の首を絞めた」と119番したという。』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%ef%bc%97%ef%bc%91%e6%ad%b3%e5%a5%b3%e6%80%a7%e3%80%81%e6%81%af%e5%ad%90%e3%81%ab%e9%a6%96%e7%b5%9e%e3%82%81%e3%82%89%e3%82%8c%e3%82%8b%e2%80%a6%e4%b8%80%e6%99%82%e6%84%8f%e8%ad%98%e4%b8%8d%e6%98%8e/ar-AADBaoC
下の記事は、古谷経衡なる文筆家の記事である。

この人は、以前、TOKYO MXか何かの番組で見たことがある。
そのいでたちに似合わず、弁が立つだけでなく、しっかりとした理念と思考力を兼ね備えた好青年と感じた印象を覚えている。

◆引きこもり=反社会的という勘違い

古谷氏の指摘は、下の記事もそういった自由主義の根本を踏まえた上で、陳腐な世俗評価ほするマスメディアに対する批判となっているが、筋が通った批判となっている。

この主張については、PRESIDENT掲載の彼の記事を直接読んでもらった方がよいだろうと思われるのでここでは一部引用したにとどめる。

要約すれば、「引きこもり」というだけでダメ人間のレッテルを貼るのは短絡的すぎないか。
真の意味の自由主義をまるで理解していないメディア関係者たちに対する批判の主張である。

この指摘は、基本的に自分と同じ考えであるので、古谷氏の指摘には全面的に賛同できる。

これとは別に、この事件は加害者が育った教育環境から学ぶべき点がありそうだという視点も捨てがたい。

◆子供のしつけは可愛い盛りに、保護者が教え込むことが最も効果的

この川崎事件をおそれた元官僚の父親が引きこもりの息子を視察した事件がある。

川崎事件と息子刺殺事件との間にどの程度の共通点があるのかは不明だが、子育てにおいて保護者によるしつけがどれだけできていたのかという問題点との関連性は否定できないだろう。

一般に可愛い盛りの幼児期から小学生低学年の間に、人としてやっていいこととやってはいけないことの判別を明確にしつけることができるかどうかが本人たちの将来にとって重要であることは確かに思える。

幼児期に我がまま放題を許容していると、本人の自己統制能力が育たない結果、社会との不調和が起こり易いと言われる。
加えて中学高校になって大人と同等の腕力を持つようになると、自分の欲求を満たさない保護者に対して暴力をふるう傾向がみられるらしい。

これまで保護者に暴力をふるったり、殺害したりした事件は数知れないが、子供の時分に自己統制の環境を与えられなかったことが大きな要因の一つだというのは、今のところ自分の経験による仮説に過ぎない。
今後の専門家による検証が望まれる。

◆「体罰」と「暴力・虐待」の区別がつけられない日本の未熟

子供のしつけには、その名を借りた「暴力」はむろんダメだが、「体罰」は必要だろう。
そもそも両者はその目的が大きく異なる。

「暴力・虐待」の目的は、相手を実力で物理的に抑制し、自分の欲求を満たすことにある。
これに対し、「体罰」の目的は、自分の利益よりも相手の将来の利益を守ることにある。

目的が異なる以上、その行為の態様・程度も自ずと異なる。

すなわち「体罰」においては、
まず①行為者の感情は、体罰の開始から終了まで常時平常心であることが必要である。それ以外は体罰を行う資格がない。
次に②その体罰の実行の程度は、必要最小限という基本的な制約がある。これは具体的に例示した上で細かく分類したルールが必要がある。

この2点においてだけでも「暴力」の行使態様とは大きな隔たりがあるはずである。

今のところ、その必要最小限の実力行使については各自の経験で学び、ルールを統一するしかないが、基本的に、適正な専門の指導者が必要だろう。

「体罰」と「暴力・虐待」の区別がつけられない文科省や教育評論家たちには、子供たちのしつけについては期待できないに違いない。

祖父母、父母、子、孫が一つ屋根の下で生活していた時代には、それを家族どうしが実体験で学びあうことができたのだが、今の核家族のもとでは学ぶことは難しいだろう。
とはいえ、現実的には、子を育てる保護者が手探りでも自らしつけを学ぶしかないだろう。


『"ひきこもり"を問題視するマスコミの異常 外出を好む人間は明朗活発な善人か
    文筆家 古谷 経衡
    PRESIDENT 2019年7月5日号

川崎市多摩区の路上にて19人が殺傷された事件で、若手論客・古谷経衡氏がマスコミ報道の異常性を語る――。
川崎襲撃事件の再発を防ぐ方策とは

この事件を巡って異様な報道が続いている。今次の大量殺戮(テロ)は、岩崎隆一容疑者が自死していることから、逮捕→送検→起訴→公判→判決という一連の刑事手続をマスメディアが追うことができない。

よって報道各社は所謂「絵」づくりに奔走し、「犯人の家からゲーム機が見つかった」など苦肉の些事に拘泥し、またぞろ当該事件の主舞台となったカリタス小学校の保護者などに無思慮なレンズを向けた。

テレビでは精神科医が岩崎容疑者の精神状態をプロファイリング。
どこの世界に直接患者を問診せずに精神状態を分析できる精神科医がいるのか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
岩崎容疑者はモンスターだ。
大量殺戮はどのような理屈をもってしても肯定できない。
しかしテロと「ひきこもり」「社会的孤立・孤独」は無関係で、その図式でしか語れない報道の貧困さ、想像力の不足を憂えてならない。』(president.jp)
https://president.jp/articles/-/28996#cxrecs_s
爆問の太田光がいつの間にか「頭がいい」という誤った評価が見受けられるようになったのはいつのころからだろうか。

太田の発言は、一見論理的であるかのように見えるらしい。
しかし、その発言を記事などで読み返してみると、感情論が先行し、論理が破たんしていることが少なくない印象がある。

下の記事でもそれが表れている。

ギャラでウソをついていたのは宮迫である。
「詐欺集団の幹部を信じるのか」という太田の発言は、さらに詰めると「詐欺集団の幹部はウソをつくが、宮迫はウソを言わない」という希望的観測を述べていることになる。

この太田の発言は、何の根拠もないただの希望的観測にすぎない。
つまり、太田の思考回路のすべてかどうかは分らないが、非論理的な思考方法が存在することが見て取れる。

このことは、麻生太郎議員が、囲み取材で「籠池氏の安倍総理と約したという発言をどう思うか」と問われた際に、「あの人は捕まったんだろう」と別事件の話を取り上げてまともに答えなかったという麻生議員の思考回路に似ている。

現に宮迫は、「ギャラをもらっていない」と取材に対してウソをついていたことが、のちの取材で判明している。非論理的な思考回路から出た太田発言は、ここで論理矛盾・論理破たん(ショート)しているのである。

太田の過去の発言にあまり興味はないが、知っている限りでは漫才のお笑いレベルである。
そこに論理性はない。
そんな太田の発言を取り上げるメディア記者もそのレベルなのだろう。


『 太田光、宮迫らの復帰は「テレビは許さないかも」
日刊スポーツ新聞社 2019/06/26 10:34

爆笑問題の太田光(54)が、闇営業問題で謹慎処分を受けた雨上がり決死隊の宮迫博之(49)らの復帰について私見を述べた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・宮迫らは闇営業問題が報じられた当初、「ギャラはもらっていない」と主張していたが、太田は「金はもらってんじゃねぇかって思ってた。・・・・・・・・』って」と述べた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・「雑誌もさ『元詐欺集団の幹部の証言はこう言ってる。こっちが真実だ』って言うんだけどさ、お前、そっちを信じるのか? だまされてねぇか?って話だよな」と、週刊誌報道に疑問を呈した。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』(msn news)
https://www.msn.com/ja-jp/news/other/%e5%a4%aa%e7%94%b0%e5%85%89%e3%80%81%e5%ae%ae%e8%bf%ab%e3%82%89%e3%81%ae%e5%be%a9%e5%b8%b0%e3%81%af%e3%80%8c%e3%83%86%e3%83%ac%e3%83%93%e3%81%af%e8%a8%b1%e3%81%95%e3%81%aa%e3%81%84%e3%81%8b%e3%82%82%e3%80%8d/ar-AADqXHo#page=2