下の記事では、コーチが部員を平手打ちをしたり、蹴りを入れたとある。
これは明らかに刑法「暴行罪」の実行行為であって、もやは「体罰」の枠を超えているる
つまり、刑法犯である。
学校だろうが、社会だろうが、暴力を振るえば刑罰に値するのは当然である。
通常、「平手打ち」は、行為者の怒りの感情が行為となって相手に向けられる有形力の行使にほかならない。つまり、平手打ちは、相手がだれであっても刑法208条の暴行罪が成立する。
かかる犯罪行為を、単なる「体罰」というあいまいな表現を使うのは、単なる誤魔化しに過ぎない。
文科省やメディアが安易に、下の記事にあるように教師らの「殴る・蹴る」をも「体罰」と誤用してしまうために、暴行と体罰の線引きが分らず、あるいは勘違いをする指導者が後を絶たない。
彼らは正座・起立をさせる「指導」と「殴る・蹴る」の暴行とでは、社会通念上、あきらかな違いがあることが分らないのかも知れない。
これは文科省の「体罰の定義」が、あまりにも広がり過ぎていることに大きな原因である。
「体罰認容論」が根強いのも、勘違いをしている指導者が後を絶たないのも、「体罰」と「暴行」の間に明確な線引きができていないからである。
特に日本では、次元の違う話を何でもかんでもごっちゃに論じてしまう傾向がある。
「日本人は、論理性を欠く」という海外のメディアや知識人からの指摘を受けているが、とくにメディア記者たちは謙虚に受け止める必要があるだろう。
とくに公教育では、英語教育を近視眼的に重きを置いているが、やがて徒労に終わるだろうことは容易に予測できる。
文科省は、早急に論理性や道徳を充実させる方策を立てるべきだろう。
『コーチの平手打ちよけ、バレー部員が靴箱にぶつかり額6針縫う
読売新聞 / 2019年7月24日 9時7分
宇都宮市教育委員会は23日、市立中学校バレーボール部の40歳代の男性コーチが、21日に市内で行われた大会で、2年生の男子生徒2人の脚を蹴り、うち1人を平手打ちする体罰があったと発表した。この生徒は平手打ちをよけようとした際、近くの靴箱に額をぶつけて出血。救急搬送され、6針縫うけがを負った。
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市教委学校健康課は、「生徒に対する暴力行為で、許されることではない」として、市内の全中学校に、体罰防止の徹底を指示した。』(infoseek news)
https://news.infoseek.co.jp/article/20190724_yol_oyt1t50084/