「いじめた側にも人権がある」と豪語する大津市沢村憲次教育長。
間違いが2つある。
1つは、これは「いじめ」ではなく、おそらくは犯罪行為であること。
2つめは、だとすると、教育委員会が単独で扱える事件ではないこと。
これが一昔前なら、仇討の話になるかもしれない。
実際にやるかどうかは別にして、遺族が仇討をしたいと思っても不思議ではない。
そういう仇討が過去に幾度となく繰り返されてきた。
そうならないために、法ができた。
事実関係は、新聞記事からしかわからないが、「度重なる暴行・傷害」+「自殺の練習」があったという。
とすれば、形式的には、刑法202条前段の「自殺教唆罪」にあたる。
6か月以上7年以下の懲役または禁錮。
先行する度重なる暴行・傷害を加味すると、実質的には、刑法199条の「殺人罪」にあたる。
「自殺の練習」をさせていたというから、殺意は認められるだろう。
これで遺族の泣き寝入りということになれば、私刑-リンチ-や仇討が復活する可能性も出てくる。
そうなれば、日本の司法に対する信頼は崩れてしまう。
実際に崩れかかっているが。
大津市教育委員会の沢村憲次教育長は、自殺の練習をさせていたことについて
「事実と確認できなかったので、公表を控えた。隠したわけではない。」
と弁解したらしい。
そもそも当事者以外の第三者が、過去の出来事を事実確認することはムリ。
事実確認のプロである裁判官ですら、「おそらくあったと考えられる」という可能性としてしか答えられない。
だとすれば、「隠した」と指摘されても弁解できないだろう。
この事件で、市立皇子山中学、市教育委員会、県警に対する非難がさらに拡大しているという。
同時に、「いじめ」の枠を超えた「犯罪行為」を「いじめ」で片づけようとする裏の意図も見え隠れする。
この事件もそうだが、記事の事実関係を見る限り、いじめではなく、重大な犯罪行為であることは確か。
加害者の生徒たちには、現実の厳しさを教えることも、人権教育の一環。
これを隠ぺいしようとした市教育委員会や学校関係者も同様。
厳密に司法当局が介入処断する必要がある事件だろう。
文科省が音頭を取った「ゆとり教育」で、競争のない学校生活を無理強いしようしとた弊害が出ているとの指摘もある。
日本が犯罪大国にならないためにも、厳格な対応が求められている気がする。
『2012年7月6日 19:50 (J-CASTニュース)
「いじめた生徒にも人権がある」? ネットでは大津市教委に非難沸騰
滋賀県大津市の市立中学校で、飛び降り自殺した男子生徒(当時13歳)が、いじめた生徒から「自殺の練習」を強いられていたとされる問題で、
「人権的配慮」から市の教育委員会はいじめた生徒に練習の事実について聴取しなかったというニュースが流れ、ネットでは市の教育委員会の対応に対し非難が沸騰している。
・・・・・・・・・・・・・・・・
■加害生徒に「いじめの練習」をしたのか、なぜ確認しなかったのか
この事件は2011年10月に自宅マンションから飛び降り自殺した生徒が同級生からいじめをうけていたことが発覚した。教育委員会は全校生徒にアンケートを実施すると、回答した約320人のうち16人が「何回も自殺の練習をさせられていた」などと書いているのが分かった。
・・・・・・・・・・・・・・・・
なぜ、いじめ行為をした生徒に「自殺の練習」をしたのかを確認しなかったのかとの質問に、
「いじめた側にも人権があり、教育的配慮が必要と考えた。『自殺の練習』を問いただせば、当事者の生徒や保護者に『いじめを疑っているのか』と不信感を抱かれるかもしれない、との判断もあった」
と返答があったとの記事を書いたところ、ネットでは教育委員会に対する批判が沸騰することになった。
■「イジメた生徒には人権などない」と過激な意見も
批判は、なぜ人が死んだ経緯を知るのに人権を持ち出すのか、重大事件を隠すために人権を使うつもりなのか、といった疑問が多い。
・・・・・・・・・・・・・・・・・』
http://topics.jp.msn.com/wadai/j-cast/article.aspx?articleid=1178010