黙祷と黙想 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

ゼミ仲間のG君の子供が、剣道をやっているという。


昨日、そのG君の子供からの質問に悩んだという。

稽古の前に「黙祷」と号令をかける礼があるが、「黙想」ではないのかという質問だったらしい。


結論から言えば、武道や武術の前にやるのは、武神にご挨拶をするという意味の「黙祷」が正しい。


ただ、最近では、武道でも武術でも「黙想」と号令する場合が少なくないらしい。


どちらも西洋式にスポーツ化しているので、そういう本来の武士が行なう武神に対する祈りという意味合いは薄れているのかもしれない。


そこで「黙祷」という言葉をwikiで調べてみた。


そこには、「黙祷」という言葉は、宗教的な祈りや冥福を祈るという意味にとどまらず、精神統一や物思いにふけるなど黙想をも含むかなり広い意味で使われているらしい。


そのあたりは、武術や武道の流派によってモノの考え方は千差万別だろう。


ということは、武術、武道では「黙祷」が原則だったが、「黙想」でも間違いではないということだろうね。


調べた結果を、G君にメールで送ったら喜んでくれた。


武術と神社仏閣との縁はけっこう深いものがあるという。


歴史的にみても長~いお付き合いがあったからだろうね。


(追)

稽古場や道場に出入りする時に、必ず「拝礼」をする。

これも武神に対するご挨拶の意味合いらしい。

そういえば、子供のころに通った道場には、神棚が祭ってあったことを思い出した。

やっぱり武術と神様とのご縁は深いんだね。