橋下市長の大飯原発再稼働の容認発言で、脱原発を目指そうとする人々からの失望感がそこかしこで上がっているらしい。
中には、かなり手厳しい意見もある。
それだけ外野ながら橋下市長の市政に期待感と関心があったということ。
そして、それほど原発推進派の団結が強いということだろう。
まさに、一般庶民VS霞が関の対立が明確になっている場面といえそう。
西の人々は、東日本や首都圏などの住民ほど、原発に対する危機感がせっぱつまっていないのかも知れない。
幼い子供を抱えた知人が、北海道や九州に避難するという現況を目の当たりにすると、いやでも放射能汚染の危うさを肌で感じることになる。
そして、下の福島民報の記事を見ると、福島県に在住する人々が、毎日毎日、放射能汚染と闘わざるを得ない状況にあることがわかる。
原発が経済発展に貢献するという推進派の言葉は、一昔以上前の夢物語。
これも原発神話の一つだろう。
仮に、そういうことがあったとしても、原発は、広域の人々の日常生活を長期にわたって奪うリスクを抱えている危険な発電装置。
こんな不気味な装置を、実際に使うことなどありえない。
ここが、基本中の基本だろう。
橋下市長は、先ずそこをしっかり認識しないと日本の庶民感覚とは隔離した方向に行ってしまうように思える。
勝負はまだ終わっていない。
少なくとも日本は、児童が学校のプールで泳ぐことを躊躇するようなリスキーな国であってはいけない。
そんな気がする。
もうひと踏ん張りを期待したい。
