武田教授の、この二人に対する苦言は、妥当だろう。
園田政務次官と石原都知事。
どちらも、「自分に直接被曝の害はない、たかが知れている」と思っているんだろうね。
小出助教授によれば、
「どんなに僅かでも、放射能に関しては安全と言ってはいけない」という。
それが世界的な常識らしい。
園田政務次官は、ほとんど健康被害のない水を1回飲んて、カッコよさをアピール。
石原都知事は、その余命から発病のリスクはないのを見込んでカッコよさをアピール。
いい歳した大人の行動としては、どちらもメチャメチャかっこ悪い。
自分がよければそれでいい自己虫的性格は、いつまでたっても直らないらしい。
また、どちらも霞ヶ関の意向を伺っている姿勢という点でも共通している気がする。
日本人の心を持たない大人や年寄りたち。
同じ大人として子供たちにとても恥ずかしい。
特に、この都知事は、よく読み間違いをする。
以前からその傾向はあるが、良識の欠損がひどくなっているのかも知れない。
かれは、津波を「天罰」と読み間違えた。
ホントウの天罰は、彼のような自己虫系に下るのだろうにね。
『「水飲み事件」と「黙れ!」事件・・・瓦礫に反撃
政治家というのは人の心が判る人と聞いていました。私のような科学者は「物」は判るけれど「人」は判らない、人の心は政治家が知っているとよく言われたものです。
最近、ある政務官の「水飲み事件」がありました。政務官が「放射性物質が含まれている水」をテレビの前で飲んで「安全性をアピールした」と言うのです。
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また倫理的にも糾弾しなければなりません。日本の法律ではみだりに被曝することを禁止しています。「直ちに」政務官の健康に影響がなくても法の精神に真っ向から反することをするというのは、国政に参加するものの最低の倫理にも悖るでしょう。
都知事が瓦礫を持ち込むことに反対している多くの都民に「(バカ!)黙れ!」と叫びました。()の中は私の補足ですが、もし都知事を選んだ都民がよく考えている人たちなら「黙れ」とは言わないでしょう。
都民が心配しているのは、福島原発から漏れた量は政府発表でも約80京ベクレル(万テラベクレル)で、その2倍、3倍というデータもあります。これを日本人一人あたりで割ると、一人あたり80億ベクレルになります。
人間が健康を維持する限度は1年1ミリで、かならず病気になるのが1年100ミリです。1キログラム100ベクレルの食品を1日で食べると1ミリシーベルトの被曝を受けますから、1年100みミリになるのは1万ベクレルの食品を食べることを意味しています。
つまり80億ベクレルというのは毎日、必ず病気になる1年100ミリなる食事を80万日食べることを意味しています。
人間の一生は3万日ですから、福島から漏れた放射性物質が瓦礫などによって日本中に飛散した場合、そのうち食材や空間線量として私たちを襲ってきますが、それは耐えられる量ではないのです。
そこで、都民は知事に「瓦礫を受け入れるというのは、その瓦礫が東京の汚染より高いか低いかではなく、最終的に東京に住んでいる人が外部被曝、内部被曝、食材被曝などでどのぐらいまで引き受けるのか、その計画を示せ」と言っているのです。
都民に「黙れ」というなら、知事が「黙らずに説明」をしなければなりません。一回の瓦礫がどんなに少なくても、東京はもともと汚染されていますし、葛飾の方は1年1ミリを守るのも難しい状態です。都知事は法律(1年1ミリ)を守らない違反者なのか、遵法精神なのか、国が法律に違反したらそれに唯々諾々として従うのか、知事の意思さえ示していません。
政治家がまともになるには、選挙もありますが、日常的に政治家の行動をチェックすることです。でも、私は知事の発言を聞いていると、到底、民主主義を支持している人には見えず、都民がなぜ今の知事を選出したのか、分かりにくいところもあります。
(平成23年11月6日) 武田邦彦』
(武田教授のブログ)
http://takedanet.com/2011/11/post_1d6d.html