「汚染ガレキは東電に返すのがスジ」という小出京大助教授の意見は、一理もニ理もある気がする。 | popo♪のブログ

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孔子も孫子も「治世救民」を天命として我欲のカケラもなかったそうです。「季布の一諾」が座右の銘として、孔子、孫子、老子、司馬懿に学んでいます。
ささやかながら幸運をお分けします。

ニコニコニュースに、小出裕章京大助教授のインタビュー記事が出ていた。


 小出助教授は、原子炉の研究開発の途中、これは世に出すにはあまりに危険な設備だとして、原発建設に反対したため、教授になれなかったといわれている。


 彼は、大阪府の熊取町にある京都大学原子炉実験所員の一人。

 原子炉の危険性を主張したため、「京大の熊取六人組」と呼ばれて異端者扱いされてきた。


 原子炉・原発の開発に携わった学者が、その危険性に気づいて原発建設に反対したという点では、武田教授に似ている。


そこで、小出助教授の意見を、記事の中から抜粋・要約してみた。

各項目は、記事の原文のまま。


1.福島2号機のキセノン検出「再臨界の可能性は「たぶんない」


 今回東京電力がキセノンを検出したということに関する限りは、「自発核分裂」だということで言っていいだろう。


2.放射線の測定には、「専門知識と特殊な機器が必要」
 市販の簡易型測定器ではちゃんとした測定はできない。

ただ、使い方としては、この道路の上で1mのところで測って、別の道路で1mのところで測るというように条件を同じにして測れば、高い、低いはわかる。

 例えば庭の真ん中、庭の端っこ、あるいは雨どいの下というような場所を変えながら測っていけば、どこが汚染が強いという目安にはなる。

3.汚染がれき焼却灰を埋めるのは、「まったく正しくないやり方」
 放射能の無毒化の研究は始まっている。何とか無毒化したいという研究が始まって70年。まだできていない。

 放射能に関する限り「大丈夫」という言葉は決して使ってはいけない。

 大丈夫」とか「安全」という言葉は決して使ってはいけない。


 どんなに微量な被曝でも危険は必ずあるということであって、どこまでなら自分として我慢できるかという、それだけのことでしかない。

 ※この点は、国連の世界保健機関WHOの見解と同じ。

4.原発の安全神話にマスコミはすべて乗っかっていた
 今現在ある焼却施設でそれを燃やしてしまうと、空気中に放射能をばら撒くことになる。フィルターで放射能を撒き散らさないようにして、廃棄施設を造らなければいけない。

 焼却灰を埋めるなんていうことはもちろんしてはいけない。東京電力の所有物だから、東京電力にお返しするのがいい。

 私は1970年から原子力発電を止めたいと思った。当時は、東海第1原子力発電所と敦賀(発電所)、美浜(発電所)という3機しかなかった。


 日本人の多くは無関心で、国や電力会社は「原子力発電所だけは絶対安全です」という宣伝を流し続け、マスコミもすべてそれに乗ってきた。ほとんどの人は気が付かないまま来てしまった。


 私としては大変残念だったし、今回の事故を防げなかったのを言葉に尽くせず無念だった。少しずつでも気が付いてきてくれているのかなと思う。ぜひ皆さんに気が付いてほしいと願うばかり。


5.「廃炉は『もし』ではなく『必ず』やらなければいけない」
 廃炉は「必ず」必要になる。

 私がやっている仕事は直接的にそれに関わっているし、必ずやらなければいけない。


『「汚染がれきは東電にお返しするのがいい」京大原子炉実験所・小出助教に聞く 全文 2011年11月06日13時37分 提供:ニコニコニュース

 福島第1原発事故の影響で放射能に汚染されたがれきは「東京電力にお返しする筋の物」。京都大学原子炉実験所の小出裕章助教は2011年11月5日、ニコニコニュースの単独インタビューに応じ、ニコニコ生放送の視聴者からの質問に答えた。

 小出助教は、ニュースなどで話題になっている汚染されたがれきの処理についてたずねられると、がれきを放射性物質を出さない廃棄施設で焼却したのち、福島第1原発を封じ込める「石棺」を造る際の、コンクリートの材料とすべきであると語った。

 以下、番組を全文書き起こして紹介する。・・・・・・』(livedoor news)
http://news.livedoor.com/article/detail/6001439/