「福島原発は、東京都民にために電気を送るために、福島の町村が危険に身を呈した」とか。「福島の町村は、原発事故の被害者で、東京都民にも責任がある」とか。
新聞、TVの報道やワイドショーから流れてくるキャスターやナレーションやコメンテーターは、当たり前のようにそういっていた。
そう言われてみれば、そういうものかもしれないなあ程度の感覚で、しかも後ろめたさを感じながら聞いていた。
しかし、この一見もっともらしい主張は、どうも腑に落ちない点がある。
1.多くの都民は、東電の福島原発が、東京都の電力を賄っていたことを知らされていない。
恥ずかしながら、東電が福島に原発を持っていることを知らなかった。しかも、東京都の電力を賄っていたとは。
自分だけかと思い、ゼミ仲間に聞いてみると、福島出身のS君だけが知っていただけだった。
そのS君の話。
「新聞、TVをはじめとして、東電も、都民に知らせようとはしていない。その理由は簡単。
福島原発では、小事故があいつぎ、データー改ざん、隠蔽が横行していたので、一次は、原発廃炉のところまでいった。
それが、小うるさい東京都民や国民に知れわたると、原発推進に師匠が出るおそれがある。
そうすると利権に響くことになる。
原発設置に際して、地元の町村には、東京都のため、お国のためと言って言いくるめた。
しかし、できるだけ国民には知らせないでおく。そういうことだよ。」
たしかに、知るべきだったのに関心を持たなかった責任があると言われれば、そうかも知れない。
しかし、国やマスコミや東電に、まるで都民も加害者のように言われる筋合いはないだろうと思う。
東電の賠償に、国が援助する=税金による援助=国民負担や電力料金値上げなどをいう人たちがいる。
ミソクソまぜこぜ論で、筋互いも甚だしいだろうね。
2.毎年200億円前後の交付金を受けていた原発立地の6町村とそうでない周辺町村
原発立地の6町村はなぜ原発を受入れたのか。それらは、ほとんど過疎地域でほとんど財政破綻状態だったという。
そこへ電源三法交付金や東電の補助金が流れ込んで、町村の財政が潤ったらしい。
事故は起きない。いわば金のなる木が舞い込んできた。
県や町村の自治体としての判断は、安易といえば安易にすぎるだろう。
たしかに、福島県や6個の自治体は、東電に対しては、被害者といえる。
しかし、その周辺の町村に対しては、加害者的部分も抱えている気がする。
これに比べ、他の町村の多くは、その自治体努力で自立できていたという。
それが、原発事故で、放射能汚染地区になってしまった。
飯舘村がその典型例だろう。
これは国にも東電にも6町村にも、自分らは被害者だと主張できる気がする。
これらの町村をごっちゃにしてはおかしな話になる。
ただし、それらの地区の住民を強く非難してはいけない。自治体が決定すれば従わざるを得ないないだろう。
これは、あくまで、原発設置責任は、自治体にある。
3.実は、原発推進派以外の国民すべてが被害者
たしかに、福島の町村といえど、原発事故被害に関しては、同じではない。
しかし、原発事故の被害者は、すべての-原発推進派を除いて-国民が被害者。
被害者同士が、被害の程度の差で、いがみ合っていては、加害者への矛先がそれてしまう。
それこそ原発推進派の思う壺だろう。
加害者である原発推進派は、利権軍団だけに団結力が強い。
時間はかかるが、子どもや孫の生命身体を守るために脱原発を進めるしかないだろうね。