枝野長官を最初に知ったのは、第1回の事業仕分けのときだった。
当時は、蓮舫大臣と共に庶民の味方のヒーロー、ヒロインに見えた。
ところが、その直後あたりからこの二人に疑問を抱き始める出来事があった。
事業仕分けは、仕分けの後、それを実行に移すシステムが必要となる。
それが各省の政務三役(大臣、副大臣、政務官)の仕事。
ところが、政務三役は、事業仕分けの結果を実施する義務を負っていない。
これが菅内閣の方針だったらしい。
つまり、この「事業仕分け」は、何の効果もないただのパフォーマンスである。
このことを、枝野長官と蓮舫大臣は、事後に知ったという。ここまでは良いとして。
次の第二弾、第三弾で疑問がわいた。
今度は、知っていながら、同じパフォーマンスを繰り返す。
ニュースがいうように、事業仕分けで消えたはずの機関や項目が「ゾンビのように蘇える」と評したのも、当然といえば当然のことだった。
「あの二人は、これを知ってて事業仕分けをやっていたのかあ」と。。。
期待が強いと、客観的な視点や判断が曇ってしまうという。
先輩からの忠告は、「わずかでも疑問な点があれば、ニュートラルな視点に戻れ。これが鉄則。」だった。
そういう視点で、枝野長官と蓮舫大臣を観察し続けること1年余り。
今までのところ、この人は、案外狡猾な人物かも知れない。
海外メディアでは、彼をヒーローのように取り上げている。
しかし、これは、彼が官僚にアピールさせたらしいという噂もある。
ついで、ここに来て、この記事の小佐古元参与を卑下する暴露話。
たしかに、小佐古教授は、飲料水の暫定基準値3000Bqを提言していたかもしれない。
しかし、それと校庭の放射線基準値20mSvが高すぎるという判断とは、次元の違う話だろう。
かりに、枝野長官が言うように、「安全性を考慮しながらそれぞれ判断している」のが、ホントウだとするなら、飲料水の基準値をより低い300としたように、校庭も、より低い「1mSv」を守るべきだったのではないか。
なぜ、安全性の低い「20mSv説」に従ったのか、その言い訳が矛盾している。
ここで、小佐古教授の矛盾を暴露したつもりが、実は、自分の矛盾を暴露してしまっている。
一部に、枝野長官は、官僚のガセネタに振り回されているのではないか。
そういう意見もあるらしい。
善意に捉えればそういえるかもしれない。
しかし、客観的に見れば、3月11日の発表以来、この人は、自分が責任を追わなくてすむよう気を配っているようにも見える。
もし、事故処理の進展よりも、自己責任の回避を優先させようと思っているとすれば、残念な話。
このところ、枝野長官は、霞ヶ関と同じく、狡猾な人柄が見え隠れしているのが気になる。
とすると、それは、師匠の仙石副長官を超えているかもしれない。
次は、どんな言動を見せてくれるのだろうか。
予想通りか。それとも予想を裏切るか。
じっくりと観察してみたい。
『<官房長官>「小佐古教授、水規制値は引き上げ提言」と暴露 毎日新聞 5月1日(日)21時15分配信
枝野幸男官房長官は1日の記者会見で、東京電力福島第1原発事故の政府対応を批判して内閣官房参与を辞任した小佐古敏荘(こさこ・としそう)東京大教授が3月、1キログラム当たり放射性ヨウ素300ベクレルとされていた飲料水や牛乳の暫定規制値を、10倍の3000ベクレルに引き上げることを提言していたことを明らかにした。
枝野氏によると、小佐古氏は3月28日、3000ベクレルへの引き上げを求める提言書を、菅直人首相と内閣府の食品安全委員長あてに提出した。
しかし、厚生労働省は食品安全委員会と原子力安全委員会の見解に従い、300ベクレルの暫定規制値を維持した。
枝野氏は「専門家の意見もいろいろあるなかで、安全性を優先しながらそれぞれ判断している」と強調した。
小佐古氏は辞任の際、小中学校の屋外活動を制限する放射線量の基準を年間1ミリシーベルトに下げるよう主張、20ミリシーベルトとした政府の判断を批判している。
枝野氏の「暴露」には、小佐古氏の主張が一貫していないと印象づける狙いもあるようだ。【影山哲也】』(Yahoo news)