いまだにTVでは「負けないで」とか「がんばろう」「日本の力を信じてる」。
ハンで押したようなメッセージが流れているらしい。
たまに聞いても、耳障りなCM。
支援者同志が、被災者支援のためにがんばろうというのならまだいい。
しかし、TVのCMは、被災地の人々の目にもとまるだろう。
以前から、安易にこういうメッセージを発していいのだろうか。
疑問に思っていた。
震災で、家族も家も仕事も全てなくして、先の見えないままの避難所生活。
虚脱感と不安と苛立ちなどが複雑に混じって寝るに寝れない。
そんな人々には、どんな風に聞こえるだろうか。
この痛みがどこまで分かっているの?といいたくなるのではないだろうか。
良かれと思って言った言葉も、場合によっては、被災者の心を傷つけることがありはしないか。
昔流行った安達祐実くんの「心配するなら金をくれ」ではないが、「応援するなら、黙って金送れ」だろうね。
現地では、今なお、家族の変わり果てた姿を目の当たりにする人々。
未だに行方不明の家族を探している人々が、大勢いることを忘れてはいけない。
明日はわが身。ならば今もわが身。
この記事を読んで、そう感じた。
『「負けないで」被災者励ます市職員、不明の27歳妻捜す休日「じき会える」2011.4.18 08:24 産経ニュース
「あの日」から1カ月が過ぎたが、なおも行方不明者は多く、家族の心は休まらない。
宮城県名取市役所に「負けないで」と被災者へのメッセージを張った同市職員、西城卓哉さん(30)の妻、由里子さん(27)もその一人。
西城さんは休日のたび、各地の遺体安置所に足を運ぶ。
「いつか必ず帰ってくる」と自分に言い聞かせ、17日も車を走らせた。
「骨になると、わが子がこんなにも小さく…」
周辺にがれきが残る自宅マンション。部屋には、真新しい骨つぼがある。
中には7カ月の長男、直人ちゃんの遺骨が納められている。
直人ちゃんは震災から4日後に市内の遺体安置所で見つかったが、県内の火葬場には空きがなく、3月下旬になって、ようやく山形県で荼毘に付した。
「骨になると、わが子がこんなにも小さくなるとは思わなかった…」
自身も被災者でありながら、平日は公務員として被災者たちの支援に全力を傾ける。
一方で休日になれば、必ず各地の遺体安置所を車で訪ねる。
自宅に近い実家にいた由里子さんが、直人ちゃんを抱いたまま津波にのまれるところを母親が目撃していた。「由里子は抱っこひもをつけ、直人を必死で守ろうとしていたそうです」
これまでに数百体の遺体と対面したが、手掛かりは見つからない。
「安置所で抱っこひもをつけた女性を見かけたり、遺留品の特徴欄に『抱っこひも』という記載があると、胸の高鳴りが治まらなくなる」
《被災されたみなさん、苦しいけど 負けないで 職員S》
被災直後、市役所玄関に張り出されていた西城さんのメッセージは、別の場所に移された。
市役所周辺では電気やガスも復旧し、少しずつだが市民は普通の生活を取り戻しつつある。
それでも、西城さんの心にぽっかりとあいた穴は埋まらない。
毎朝、目覚めると「ああ1人なんだ」と実感する。
この1カ月、日々の生活に精いっぱいで、どう過ごしたのかもよく覚えていないという。
17日午後も安置所に西城さんの姿があった。
デートのとき、由里子さんは待ち合わせの時間にいつも遅れてきていた。
「いつものことです。もうじき会えますから…」。
自分に言い聞かせるように、安置所に入っていった。(吉田智香)』(msn topics)