前にも述べたが、アメリカ政府の顔色を伺いながら
「アメリカ製品を買おう」
「消費は美徳」
「アリのように働く日本人は外国に迷惑」
などと、ベンチャラをいう首相がいたらしい。
そこでついたあだ名は「風見鶏」。
「『消費は美徳』とは、とんでもないバチ当たり」と、死んだじい様が、しきりに怒っていたのを覚えている。
「倹約こそが美徳」。忘れてはいかんと、教え込まれた。
が、情けないことに、すっかりこの言葉を忘れていた気がする。
今回の計画停電が、この言葉を思い出させてくれた。
今でこそ、エコで日本の「もったいない」精神が世界中に広がりつつある。
この節約やリサイクルという考えは、江戸時代以前から日本人にはあったという。
今はなき、江戸風俗研究家で漫画家の杉浦日向子さんが、TVで語っていられたのを覚えている。
たしかに、これまでは消費大国、経済大国を目指して覇権を争うべきという考え方もあるだろう。
しかし、その目的でもありエネルギー源でもある資源は、いずれ枯渇してしまうことは確かである。
とすれば、この大惨事をきっかけとして、日本人古来の生活の知恵を生かしつつ、できるだけ物や資源を消費しない、慎ましい生活様式や国のあり方というのものを、世界に先駆けて、考え直してみる。
そういう時期なのかもしれない。
贅沢な生活に慣れた今、慎ましい生き方への方針転換は、よほどの覚悟がなければできないだろう。
それも日本に課せられた役割ではないだろうか。
救援物資を受け取るたびに、「ありがと」という被災地の人たちの声を聞いてるうちに。
そんな慎ましい日本人らしい生き方も悪くはないかも。
ふとそんな気になりましたね。
『2011年3月30日 16:10 (J-CASTニュース) NYタイムズ「日本には自粛という強迫観念がまん延」
東北関東大震災と、福島第1原子力発電所の事故の影響で、日本人は過度とも思える自粛ムードになっている――。米ニューヨークタイムズ電子版(NYT)は、2011年3月27日付でこのような記事を掲載した。
記事中では、自粛を「jishuku」と日本語の読み方で表現。「ぜいたくだと見られる振る舞いが非難を呼ぶ」としてエレベーターから暖房器具、トイレの便座を温める機能にまで節電意識が及んでいるとしている。
4月の統一地方選挙では、通常なら選挙カーを使って声を大にして政策を訴えるはずの候補者が、今回は静かな選挙戦を送っている点を指摘した。大手家電量販店では、店内での宣伝放送や音楽をストップし、4月以降に各地で行われるはずの花見や「桜祭り」についても、あちこちで中止が決まった様子を紹介している。』(msn topics)