美しい景色が好きなので見に行ってみました備忘録 -25ページ目

美しい景色が好きなので見に行ってみました備忘録

ちきゅうはきれいですね。
I went to see beautiful scenery,memo/

To see the world, things dangerous to come to,
to see behind walls,to draw closer,
to find each other and to feel.
That is the purpose of life.(LIFE)

朝。
まだ喉に違和感あり。
空気が乾燥してる。

ホテルの部屋からの景色 ↓

朝食をちゃちゃっと済ませ、ホテルを7時頃出発。

今日は、Jerusalem:エルサレムの旧市街Old Cityを中心に回る。
旧市街は城壁に囲まれており、1981年に「エルサレムの旧市街とその城壁群:Old City of Jerusalem and its Walls」として世界文化遺産に登録された。

糞門:Dung Gate ↓を通り
城壁の中に入ってきた。

神殿の丘のイスラムエリアに入場するためのセキュリティーチェックにこの列。

今7:30ちょっと前です。間もなく開場。
観光客が入場できるのは、午前と午後の各数時間のみ。
(金土は入場不可。今はイスラム教のラマダーン期間中なので、午前中のみ。午後は入れない。だから特に混んでるらしい。)

イスラム教以外の宗教に関するものは、一切持ち込めない。
神社のお守りも、クロスのアクセサリーも(キリスト教)、仏像も、聖書もダメ。
カバンの中身をしっかりチェックされる。
女性は、トップスはノースリーブ、ボトムはふくらはぎが見えるものはダメ。
男性は短パンダメ。
厳格だわ。さすがイスラム教。

セキュリティチェック、自分の番だ。
さらっと通過。
ほっ。

木造の通路を進むと、眼下には嘆きの壁が。
こちらは、ユダヤ教の聖地。
真ん中辺りで黒いもので仕切られているが、手前が女性、奥が男性の敷地。
後程、別ルートで下りて、壁の近くまで行く。


では。
神殿の丘:Temple Mount /Haram esh-Sharifへ。

Foundation Stone:
聖なる岩があり、3つの宗教の聖地になっている。
この岩が大事らしい。(石の種類は石灰岩。大きさは25m程らしい。でかい。
確かエジプトのギザのピラミッドも同じ種類の石。)

そしてこの岩を覆うように建てられているのが岩のドーム。

ユダヤ教では、世界が創造された時の基礎石で世界の中心地だと。
旧約聖書の中で、信仰心を試されたアブラハムが息子イサクを生け贄として神ヤハウェに捧げた話の舞台となったモリヤの丘がこの神殿の丘で、イサクを乗せた台が聖なる岩。
古代イスラエル3代目の王ソロモンがこの地にエルサレム神殿を建て、十戒を刻んだ石板が納められた契約の箱を安置した、ということらしい。

イスラム教では、預言者ムハンマドが昇天した
時につけた足跡が残っている、と。(ただこれは、昔々政治的な理由で後付けされた話、らしい。イスラム教の聖地はメッカ。)

キリスト教もイスラム教も、ユダヤ教から派生したようなものなのだから、3つの宗教の聖地として調和していけばいいのにーとか思うけど、こんな考えは無宗教の日本人だからでてくるのであって、長年ののっぴきならない事情があるのねきっと。理解するのは難儀やね。

また、岩の下に、半人工の洞窟がある。
イスラム教では、魂の井戸 Well of Souls。
キリスト教では至聖所 Holy of Holies呼ばれる、と。

現在、このエリアは、イスラム教が管理している。
日本にも三姉弟の話、あったな。アマテラス、ツクヨミ、スサノオ。末っがだだっ子と語り継がれているが…


では。
アル・アクサー モスク↓
Al-Aqsa Mosque 
イスラム教のモスク。
西暦715年に初めて建てられ、地震等による崩壊と修復、再建を繰り返す。
イスラム教徒以外は入れません。

中を覗けないかなと、ふらーつとこのモスクの入口に近づくと…
門番がダメダメのジェスチャー。
す、すみません。

で、このモスクと対する位置に、
Dome of the Rock:岩のドーム↓
イスラムがエルサレムを征服した時に建てた。最初の建物は西暦691年頃に完成。その後は、向かいのモスク同様、崩壊と修復再建を経て現在に至る、と。
この建物の中に、Foundation Stone聖なる岩がある。
金メッキが施されたドーム。
今はイスラム教が、イスラム教の第3聖地として管理している。

ゴタゴタがあって、西暦2000年末以降イスラム教徒以外は、入場禁止に。
それまでは入場料$10弱?くらいで入れていたらしい。貴重な収入源がなくなってしまい…って。

遠くにオリーブ山 ↓が見える。
この近くに、黄金門がある。
黄金門は、メシヤ救世主が入ってくる門とされていて、現在も閉ざされている門。

現在、旧市街を囲む城壁に8つ門があり、閉ざされているのはこの黄金門のみ。

ネコ、発見 ↓
やはりシュッとしてる。
もさもさの尻尾がたまらんね。

岩のドームの入口 ↓
いやしかし、なんて美しい外装なのかしら。模様、色使い、配色、とてもステキ。うっとり。


西側の門を出て、神殿の丘を後にする。

まっすぐ進み、
旧市街の街並み。

この角を↓左へ

すると、またセキュリティーチェック。
ここはあまり厳しくない。
問題なく通過し、嘆きの壁エリアへ。

The West Wall:嘆きの壁 / 西の壁
ユダヤ教の聖地。
エルサレム神殿の壁の残り。
(紀元前10世紀のソロモン王時代に建てられたものが第一神殿。紀元前516年に再建されたものが第二神殿。紀元前20年頃にヘロデ王により修復、拡張されたものがヘロデ神殿。西暦70年にローマ軍により神殿が破壊された。)
現在、地上に出ている7段目までと地中に埋まっている17段部分は第二神殿の時もの、らしい。
 
壁の高さは20mくらい ↓
先ほど、この右上の通路を通って神殿の丘に入った。

振り返ってみると↓こんな感じの景色
右上の門からこのエリアに入って来た。

では、壁へ。

ここで手を洗うの?
洗っている人がいたので、それに習ってみた。
日本の神社の手水舎のようなもの?

女性のエリア ↓

壁におでこと両手をあて生きとしいけるものの平和と幸せを呟き。
涙を流している人もいる。
様子を見ていると、壁から離れる時には、ある程度の距離までは壁に背を向けずに、後ずさりしてる。なるほど。これが作法なのか?
と、観察していると、声をかけられた。
「日本人ですか?質問があります。なぜあなたはマスクをしているのですか?」と。
確かに、マスクは珍しいよな…
「日本は湿度があるけど、ここは乾燥してるので、喉が痛いのです。乾燥から喉を守るためです。」
何となく納得してくれた感じ。

日本ではなぜ、犬をベビーカーに乗せて散歩させるのか?という質問を投げ掛けられた人もいたらしい。
不思議の国NIPPONなのね。

つづく…

つづき…
 
死海に近づいてきた。
 
新約聖書の中に登場する、イエスがヨハネに洗礼を受けた後、40日間悪魔に誘惑された場所とされる山を右手に見て、
 
 
古代からの都市Jericho:エリコを過ぎる。
 
このエリコの町は、海抜マイナス260mで、世界で最も標高の低い町らしい。
おまけに世界最古の町、とも。1万年くらい前の町を囲っていた壁が出土。
そしてオアシスだった。
また、エジプトから解放されたイスラエルの民を引き連れたモーゼの後継者ヨシュアが攻め入った町、と言われている。
十戒の石板が納められている契約の箱を担いで、町の回りを7日行進して、最後にラッパを吹き鳴らすと町を囲む城壁が壊れた、というエリコ陥落のお話。
 
 
エリコの町にほど近い、
Qasr el-Yahud:カッセリヤフードへ。(発音が難しいぞ)
パレスチナ国だけど、現在イスラエル軍が統治管理しているC地区
めちゃ暑い。
けど、からっから。
砂漠の暑さってこんな感じなのね…
シュワシュワしたものが飲みたいー
 
出エジプト記で、モーゼの後継者ヨシュアがエリコ攻略の際に渡った & イエスが30才くらいの時にヨハネに洗礼を受けた場所
川のこちら側はパレスチナ (統治管理はイスラエル軍)で、向こう岸はヨルダン。
ここは国境線。
 
対岸(ヨルダン川東海岸・ヨルダン)は、Al-Maghtas:アル・マグダスという場所で、イエスが洗礼を受けた場所ベタニア、ということで2015年に世界遺産に登録。
イエスが洗礼を受けたこの場所で自分もキリスト教の洗礼を受けたい、という人達がいるらしい。
ちょうどこの時、白い布をまとい、歌いながらなんか儀式っぽいことを行っている団体がいた。洗礼を受けているのかな?
あまりきれいな水ではなさそうだが......信仰心ってすごい。
それを横目に、ちょぴっとだけ川の水に触れてみる。記念にね。
メダガよりも小さい魚が泳いでますね。
 
いやぁーしかし、あついあつい。
タダいまの気温40度弱。
熱波っぱっ!
 
 
移動。
数十分でQumran:クムランに到着。
 
まずは、ランチ。
ショーケースに並んでいる料理を数種類選んで、盛ってもらう。
特盛にされている前の人の様子を見て「少なくして」とリクエスト。
なんも言わなかったら、この3倍くらいは盛られてた。あぶない。
豆、じゃがいも、肉団子風の何か、野菜煮込み、ピタパン、等々。
 
食後は、隣接するクムラン遺跡の博物館へ。
 
遺跡の解説の映像を見て、展示室へ、という流れ。
 
Dead Sea Scrolls:
死海写本(死海文書)が見つかった現場を再現 ↓
1947年に、羊飼いの少年が、洞窟に迷いこんでしまった家畜を追いかけていったら、たまたま↑こんなんを見つけた。
壺の中身は、羊の皮にヘブライ語で何かが書かれた巻物。骨董品屋に売って、これを聞き付けたヘブライ大学考古学の教授が買い取る。旧約聖書の写本じゃなか!と。
当時、旧約聖書の写本の最古のものはレニングラード写本という1000年前のものだったが、更に1000年も前の写本が出てきたもんだから、大変です。
2000年前、この周辺で自給自足の共同生活をしていた古代ユダヤ教エッセネ派のグループ(クムラン教団と呼ばれる)が残したものではないか、と。
(当時のこの他の宗派は、サドカイ派、ファリサイ派がある。また、元々イエスはエッセネ派に属していたのでは?という、説がある)
発掘が進められ、新たな巻物等が出てくる出てくる。
 
写本の本物は、エルサレムのイスラエル博物館にたんまり保存、展示されているって。
まだまだ謎多き文書。
死海文書って言葉を聞くと、エヴァを連想しちゃう。
 
では、ゲートを通り、遺跡へ。
国立公園になっている:Qumran National Park 
 
まだまだ発掘されていない世紀の大発見がこの周辺に埋もれている可能性があるかと思うと、興奮。
 
何かしら発見された洞窟は第1~11まであり、発掘順に番号がつけられている。
 
その一つ、第4洞窟 ↓
手前の岩肌の中央にある穴が、それ。
この他にも、岩肌に穴が開いているところが数ヶ所、ここから見える。きっと洞窟ね。

2017年2月に、12番目の洞窟発見と発表されたって。60年ぶり。
 
振り返ると、死海&奥にネボ山 ↓
中央の山の黒い部分辺りがネボ山。(ヨルダン)
 
出エジプト記:Exodusでモーゼがエジプトを出てパレスチナを目指して長年さまよい、やっとこのネボ山からパレスチナの地を眺めるも、力尽きこの山に埋葬された、と。
 
遺跡をじっくり回りたいが、この暑さにはどうにも勝てず。
博物館に併設されているお店でお土産買い物タイム。
死海のソルト&ペッパー $15
エイラットストーンのペンダントトップ$40
ブルーグリーン色。一目惚れした。
(ソロモン王も愛した石でイスラエルの国石。イスラエル南部Eilatという町で採石される。数種類の鉱物が混ざっている。クリソコラ、マラカイト、ターコイズなど)
ソーダウォーター(炭酸水) $3
一気に飲みほし、生き返る。
死海コスメ。とても気になるが、種類が多過ぎて決められず…
 
 
では、Dead Sea:死海へ。
 
死海で泳げる場所(ビーチ)はいくつかある。
 
死海の北側のカリヤビーチ Kaliaへ。
更衣室で水着に着替えて、通路を下って行き、
死海が見えてきた ↓
賑わってる。
リゾート地だね、こりゃ。
 
死海。
海抜マイナス400m越え。
一番低い海底で海抜マイナス700mもある。
周辺の地区は酸素が多く、平地の+10%はあるらしい。天然の酸素カプセル。体によいって。
湖の塩分濃度は30%
この塩分濃度は、生き物が生存できない濃さ。バクテリアでさえNGって。
 
皆さんプカプカ浮いてます ↓
遊泳していい範囲にロープが張られているので、安心。漂流は免れるよ。
 
泥を体に塗りたくる人も ↓
死海の泥パック。
 
では、行きますか。ドキドキ。
 
う、浮くねーうくねーおもしろい!
むしろ浮きすぎて、コントロールが難しい。
下手に泳ごうとするとバランスを崩す。
なので、ただただ水に体を委ね仰向けに浮く。これにつきる。
生まれて初めての体感。
水も冷たくない。適温。
湖底に足が着かない深さのところまでぷかぷかと進むと、水が透明に。
むむ。ペットボトルにこの水を汲んで持って帰ろっかなー
 
しかしだ、しばらく浸かっていると、ちょっとした傷口がヒリヒリしてくる。
 
岸にあがり、小休止。
 
んで、頃合いを見て再び湖へ。
 
泥を体にぬってみたり、水をなめてみたり…
塩辛っ。マジ、ありえないくらいしおっからい。危険領域。
 
多分、人生で最も海抜が低い所、地球の核にいっちゃん近いところに、いまいる。
 
死海体験、十分楽しんだよ。
シャワーでしっかりと塩分を落として。
 
 
移動。西へ。
 

Jerusalem:エルサレムへ。

 
標高800mある。
結構高いよね。
高尾山山頂が約600mだから。
死海の-400mから800mで1200m上昇。
 
街中に入ってきた ↓
お、上下黒のスーツに白いシャツ黒ハットに口ひげ。ユダヤ教の方々。
このスタイルしている方々は働かず、ひたすら宗教に専念。厳格なユダヤ教徒。
 
ユダヤ人に生まれたらユダヤ教徒。
他の民族は、なかなかユダヤ教徒にはなれない、らしい。
ユダヤ人の母から産まれた子をユダヤ人とする。正統な考えは、両親ともに三代さかのぼってまでユダヤ人であること、らしい。
 
 
ホテルに到着。
 
部屋に荷物を置き、すぐに夕食。ビュッフェ。
鶏肉、牛肉のハンバーグ、白身魚、野菜…
お肉は血抜きするからパサパサしてる。
 
デザートに乳成分を使っていないアイスクリームが。
一応アイスクリームの味してるが…違和感あり。
 
 
食後、近くのショッピングセンターへ。
スーパー探検はマスト。
 
手荷物をX線検査機に通し、体は金属探知機を通ってから店内へ。
イスラエルのセキュリティーはすごいらしいの。最近、日本政府とイスラエル政府の間で、2020年東京オリンピックパラリンピックのセキュリティ技術提携をした、とニュースになってた。
 
店内 ↓
衣料品、ドラッグストアー、アクセサリー、パン屋、カフェに…
 
食料品売り場 ↓
物価は日本と同じか、少々お高いですね。
 
目にしたことあるパッケージのお菓子が陳列されているが、なにせヘブライ語表記なので、味が分からない…
店員さんに聞くか、察するしかないな。
 
ヘブライ文字表記だと、正直あまり美味しそうに見えないのね。
 
ちなみに、この地区は、夜一人で出歩いても問題ないらしい。安全だって。
 
 
ん?喉に違和感。
泳いで風邪引いたか?
ホテルに帰って、持ってきた風邪薬を飲んで、早々に床に就くとするか。
 
目覚ましのアラームが鳴る前に、目が覚める。
眠れたような、そうでないような…

TVをみながら歯を磨く。
昨晩からBBCでイギリスのロンドン橋で車が暴走テロ、というニュースが流れてる。
自動車も凶器になる。これからに備えて認識を変えていくの。

朝食。
ビュッフェ。乳製品で攻めてみる。
ヨーグルト、チーズ、ミルク、パンにたっぷりのバター。
朝もりもり食べると体がだるくなるので、ほどほどにして、朝の散歩へ。

朝8時。
既にあつい暑いよー
加えて湿度もかなりある。ごっついムシムシ。
仕方ない。ここは海抜マイナス200mの底なのですから。湿気も溜まりますよね。

ホテルの敷地からガリラヤ湖 ↓を望む
既に霞んでるし…


はい。ホテルを出発。
遊覧船に乗るために、船着き場へ。

ガリラヤ湖の船着き場にいたネコ ↓
クールな佇まい。
こちらのお方もシュッとしてます。

ティべリアからこの舟に乗って ↓
湖を北上し、ギノサルを目指す。

古代の船を模した。
あ、古代といってもこのお舟は、エンジンを搭載してるよ。

約40分の船旅 ↓
水上は気持ちよいねー
水中に飛び込みたくなるのよね。
なんで自分、陸でこうしてあくせく人間やってんだ?

船からの景色 ↓
心地よい速度で船は進む。

船の縁に腰かけて、風を楽しむ。
はぁー気持ちよくてたまらないぞ!
許されるならば、いつまでもここでこうしていたいのね。


ガリラヤ湖の北、
Ginosar:ゲネサレ、ギノサル ↓に到着
キブツ・キノザル内にある施設で2000年前のボート「イエスの舟」をちらっと見学。

売店で、魚の形のキーホルダー$4を購入。
記念にね。

キブツKibbutzとは。
イスラエル独自の灌漑事業、農業の共同体。
集団生活をしている。
酪農、養鶏、魚の養殖、果樹園、小麦栽培、等々。
イスラエル国内に270グループくらいあるらしい。
農業は、散水などコンピューターで管理されていて、水が少ないこの土地でも作物を栽培できるようになっているらしい。ハイテク農業。


北へ少し移動。

祝福の丘にある、
Church of the Beatitudes :山上の垂訓教会 ↓
山上の説教教会、とも。
山というか小高い丘。
ガリラヤ湖を見下ろせる。

イエスが弟子たちに重要な教義を説いた場所とされるところに、1930年に建てられた教会。
「貧しい人達は幸いです…柔和な人達は幸いです…」「求めよ。さらば与えられん。」などのフレーズをここで説いたらしい。
なんとなく、聞いたことある。

教会内 ↓
八角形の造り。
椅子に腰かけて、目を閉じて少しの間ボーッとする。うとうと。
とても落ち着く空間だね。

お庭がとてもステキ ↓
なんとなく南国風ね。
時の流れが心なしかゆったり。

庭からガリラヤ湖 ↓が望める
やっぱり霞んでるの。

土産物店で指輪を購入 $7 
ダビデの星の模様。
記念にね。


死海方面に向かう。

その途中、
Korazim:コラジム ↓
車窓から。

新約聖書に出てくる場所。
イエスが宣教を行ったが、この町の人々は悔い改めなかった、と。
ガリラヤ湖北岸にある遺跡。


これが川?用水路じゃないの?程度の川幅のヨルダン川を渡り、旧シリア領へ。
現在はイスラエル領。

中東戦争の舞台だったゴラン高原を左手に、
ガリラヤ湖の東側へ回り、湖沿いの道を南下。

眼下に湖 ↓

で、湖とお別れしてヨルダンとの国境に沿いの道90号線をひたすら南下。

旧ヨルダン領、West Bank:ウエスト・バンク(パレスチナ自治区)に入る。

気付くと、緑のない景色に ↓
丘の上の出っ張り。なんでしょうか?
気になったので、パシャリ。
似たような景色を王家の谷で見た気がする。

まだまだ、南へ。


つづく…
つづき…

Kanna:カナの町へ。

アラブ人(多くがイスラム教徒)が多く住む町。

こんな感じの ↓
交通量が多い、気がする。

道路を渡りたいなーと左右キョロキョロしていると、車が止まって横断させてくれる。
手を軽くて挙げて感謝の意を示してみる。
ここで会釈してみて…ありがとう、って通じるかな?

斜面に建物がびっしり ↓

茶トラの猫 ↓みーつけた。
ポーズ決めてくれた。えらいぞ。
細いのよ。シュッとしてる。耳、大きい?

First Miracle Church:婚礼教会 ↓
イエスが最初の奇跡を起こした教会。

知人の結婚式に参列していたイエス。式で出すワインが足りなくなってしまい、母マリアに言われて、水をワインに変えた「カナの婚礼」のお話の場所。

これ、水が入っていた水瓶 ↓らしい。
教会の地下にある。
地下はとても涼しい。あー外に出たくないよー

近くの土産物店へ。
奇跡にちなんだカナの赤ワインとか売ってる。
ザクロのアロマオイルが気になる。甘いよい香り。オイル、使い道に悩んだ末やめて、素焼きの灰皿$3を 購入。お香用にこういうの探してたの。


10km弱移動。
Nazareth:ナザレへ。

イスラム教徒とキリスト教徒が半々くらい住んでいる。
で、イエスが避難先のエジプトから戻ってきて暮らした町。
「ナザレのイエス」と呼ばれることがある。

Basilica of the Annunciation:
受胎告知教会 ↓
とても立派できれいな外観の教会。

中に入ります ↓
中央奥に、洞窟がある。
近くで見られるので、行ってみる。

洞窟 ↓
さすがに中には入れない。柵越しに見学。

ここで、聖母マリアが天使ガブリエルから「あなたに神の子を宿す」と告げられた、と。
洞窟の回りをきれいに整備してあるのね。

上階にある礼拝堂 ↓的な所
天井が高い。


すぐ隣の、
Church of St.Joseph:聖ヨセフ教会 ↓へ

入口から中をちらっと眺める ↓
マリアの夫ヨセフが大工仕事をしていた場所に建てられた教会。
多分、青年期のイエスもここで父と共に大工の仕事をしてたのかな?ということらしいが…どうなんでしょうね。

現地の人が集まってる。なんだろ?

お、結婚式だ。
ちなみに後ろの建物は、受胎告知教会。

主役のお二人と銅像 ↓(誰の像だっけ?) 
記念撮影中。絵になるねー

そして18時ちょうどの鐘が2つの教会から鳴り響く。
今日は、鐘の音をよく聞くね。


バスでホテルのあるティベリヤヘ向かう。

途中、車窓からナザレの町を眺める。
とても賑やか。
店先で小ぶりのパンケーキを焼いている。
ラマダーン明けに、まず食べるやつ、らしい。
胃に優しいものから口にする、ということなんですと。


夕食はホテルで。
とりあえずビールを。
Gold Starをチョイス。イスラエルの銘柄。
お味は、日本のビールに近いかも。
クセなし。飲みやすい。うまし!
小瓶で$6 それなりのお値段。
食後のデザートのスイーツはこのうえなく甘く、甘さに驚く1口目、甘さを確かめるように2口目、3口目でギブ…


ホテルの隣に温泉施設がある。
2000年前からここに温泉施設があったらしい。
こりゃテルマエ・ロマエの世界だな。
今はモダンな施設らしいが、当時の風呂跡も残されていて、見学できるって。
宿泊者はただで温泉に入れるらしいが、この日は夕方で終了。
残念。水着持ってるのにな。

くよくよしてないでさっさと寝るのだ。
おやすみなさい。
空港の自動ドアが開く。外気に触れる。
もわっと感、ないぞ。
涼しいではないですか。
このカラッとした感じ、湿度グーです。

そして快晴。
雲一つない青い空。
Welcomeされてる気分になるね。

では、バスへ。
左ハンドルです。右側の入口から乗り込む。

右側走行。日本と逆ね。

道がすいているらしい。
なぜなら、本日はユダヤ教の安息日。
安息日(シャバット)は、毎週金曜日の日没~土曜日の日没までで、この間ユダヤ教徒の方々は働かないそう。
厳格なユダヤ教徒は、安息日に車の運転もしないない、と。
それ故、道がすいている。

ホンダ、ニッサン、スズキ、トヨタ、スバル。知ってるエンブレムを見るとなんか安心する。
あとは、ベンツにワーゲンに…
ヒュンダイの車が多い気がする。

で、イスラム教はラマダーン中。
今年は、5/27~6/25。
ムスリム(イスラム教徒)達は、日が昇っている間は飲み食いしない。水もダメ。
餓えの苦しみを味わい食べ物に感謝する、ということらしい?


イスラエルについて、あれこれ。

・近代のイスラエルについて、ざっくりと。
世界中に散らばった(ディアスポラ)ユダヤ人のための国を、旧約聖書に出てくる約束の地カナン(パレスチナ)に建国しようとする思想や運動(シオニズム)が、1800年代中頃くらいから、ユダヤ人の間で広まる。
第一次世界大戦、イギリスの三枚舌外交、第二次世界大戦、ナチによるユダヤ人ホロコースト等あり…
パレスチナにユダヤ国家を建国する支援をすると言っていたイギリスは、諸々を国連に委ねて、国連で決議が採択され、1948年にイスラエル、建国。
しかし、この決議に納得がいかない近隣のアラブ諸国(ヨルダン、エジプト、シリア、レバノン、イラク等)は、すぐにイスラエルに侵攻(第一次中東戦争)。
第二次、第三次、と続き1973年に第四次。日本も、オイルショックという形でこの影響を受ける。
1979年にエジプトと平和条約を結びシナイ半島をエジプトに返還。
1988年にパレスチナ国(ヨルダン川西岸地区WestBankと飛び地のガザ地区)がイスラエルから独立宣言し、1993年にオスロ合意でイスラエルとパレスチナ国PLOとで同意。
1994年にヨルダンと平和条約を結ぶ。
現在、ヨルダン川西岸地区WestBankは、A~C地区に別れており、イスラエル軍とパレスチナ政府とで統治(地区により異なる)。パレスチナ人(アラブ人)とユダヤ人が居住。
ガザ地区は、中東戦争によるパレスチナ難民が居住。イスラム過激派ハマス等が占拠し、イスラエルと武力紛争。今は、ユダヤ人、イスラエル軍は撤退しているが…
外務省による渡航レベル3(中止勧告)

こんな感じの理解で、いいかな。

・旧約聖書についても、ざっくりと。
2000年以上前に書かれた、色々な時代の色々な立場の人々が書いた文書集で、史実なのか創造の話なのかは…グレーゾーンかと思われる。で、編成過程もかなり複雑だったのではないか、との事。

内容をざっくりと。有名な部分だけ。
神による7日間の天地創造。
エデンの園のアダムとイブ(エヴァ)。
その息子たちカインとアベルの嫉妬による殺人。
大洪水とノアの箱舟。
天まで届けバベルの塔と、異なる言語の発生。

紀元前1400年(3400年くらい前):
ウル(チグリス・ユーフラテス川の河口付近のシュメールの都市、現イラク)に住んでいたイスラエル人の祖先アブラハムは、神が約束してくれたカナンの地(パレスチナ)を目指す。
アブラハムに、二人の息子(正室の子イサクとエジプト人奴隷の側女の子イシュマエル)が誕生。
アブラハムは、神から息子イサクを生け贄に差し出せと指示され、神への信仰心を試される。
イサクの子ヤコブの12人の息子供達は、イスラエル12部族の祖。
(イシュマエルはアラブ人の祖とされている)
パレスチナが飢饉のため、ヤコブ一族は息子の一人ヨセフのいるエジプトへ避難。
その後、エジプトではイスラエル人(ヤコブの子孫)が増えて、奴隷にされてしまう。

紀元前1300年:
イスラエル人だけどエジプト王女に拾われて育てられたモーゼが大人になり、シナイ山で、エジプトから私の民(奴隷のイスラエル人)を連れだしなさい、と言う神の声を聞く。
エジプトに10の災い(ナイル川の水を血に変えたりエジプト人の全ての赤子が死んだり)が起こり、仕方なくエジプト王はイスラエルの民を解放する。
モーゼとイスラエルの民はカナンを目指す。
モーゼはシナイ山で神から十戒を授かり、神との契約を結ぶ。
エジプトを出て40年、死海の北のヨルダン川東岸のネボ山にたどり着き約束の地カナン望むも、ここでモーゼ逝く。
モーゼの後継者ヨシュアの指揮の元、ヨルダン川を渡り、まずエリコとその周辺の町の占領し、以降も占領を成功させる。
イスラエル人のカナン定住が始まり、土地は12部族に分配される。
暫くは、王は置かず士師と呼ばれる神の声を聞く預言者がリーダーだった。

紀元前1000年:
最後の士師サムエルの預言により、初代イスラエル王サウルが誕生。
2代目の王ダビデは、琴の奏者でその音色でサウル王癒した?とか、羊飼いの出でペリシテ軍との戦いで石を投げて最強の兵士ゴリアテを倒した?とか…(どっちじゃい?)
3代目の王はダビデの息子ソロモン。ソロモンは、現・神殿の丘にエルサレム神殿を建てたり、領地を拡大、外交を進めたり、等々イスラエルを繁栄させた。知恵の持ち主。
ソロモンの死後、12部族は南王国2部族と北王国10部族に分裂。

紀元前700年頃:
北王国(イスラエル王国)がアッシリアにより滅亡(失われた10支族)

紀元前600年頃:
南王国(ユダ王国)もバビロニアにより滅亡

以降は省略。
で、イエスキリストが生誕、新約聖書へ。

1947年に、現イスラエル・クムランにある遺跡の洞窟から、死海写本(死海文書)がみつかる。
旧約聖書等を書き写した巻物で、2000年前のものとされている。
研究が進んで、また歴史認識が変わるのかな…
楽しみっ。

…こんな所とでよいかな。

有史以来、日本でも記紀の時代から、世界中でもずっと土地を奪い合ってる。奪われたら取り返すの繰り返しでエンドレスループ。いっちぬーけた、はナシなのか。ルール違反なのか?

・イスラエルに関係の深い宗教について、ざっくりと。

ユダヤ教 イスラエルの人口の75%
紀元前5世紀頃に成立
タナッハ(旧約聖書)が唯一の聖典
唯一神(主、ヤハウェ、エロヒム、アドナイ)
神の名をおいそれとは口にしないこと
今も救世主メシヤの到来を待ち望んでいる
ユダヤ人に生まれたらユダヤ教徒に
食事の戒律
牛、羊はOK (蹄が分かれていて反芻するものOK) 豚はNG
鳥はOK (地を這う鳥はNG ダチョウ等)
正しく屠殺されたもののみOK(必ず血抜き)
イカ、タコ、エビ、貝NG(鱗のない魚介類はNG)
乳製品と肉類は一緒に食べない

キリスト教 2%
1世紀中頃に成立
旧約聖書と新約聖書が聖典
救世主メシヤはイエスである
教派が沢山ある
世界中で信仰者が最も多い宗教(全人口の約1/3)

イスラム教 (主にアラブ人)17%
7世紀初頭に成立
コーラン(クルアーン)が聖典 (一部聖書とかぶるらしいが)
唯一神(アッラー)の啓示を預言者ムハンマドが人々に伝える
コーランに預言者は複数登場するがムハンマドが最後の預言者
飲酒、喫煙、豚肉を食すNG 
1日5回メッカ(サウジアラビア)に向かって祈る
メッカはムハンマドの生誕地で神から初めて啓示を受けた地で聖地、巡礼の地。

あーややこし…
日本で一般的な日本人の生活を送っていると、馴染みがないもんね。

で、そもそも、ユダヤ人の定義って?アラブ人の定義って?DNAなのか、国籍なのか、信仰する宗教なのか…と考え出すときりがないのでその辺のそもそも論は、グレーなままで。

・イエスの生涯を、ざっくりと。
イエス:Jesus=人の名前
キリスト=救世主 ヘブライ語ではメシヤ
イエスの母マリアが、ナザレで天使ガブリエルより受胎告知を受け、結婚前の身だったがイエスを身ごもる。
夫ヨセフと共に、ヨセフの本籍地ベツレヘムに移動途中、イエスを出産。
ヘロデ王は「ユダヤの王になる者が産まれた」という噂を耳にし、幼子を皆殺しに。
それを避けて、ヨセフ一家はエジプトに一時避難、数年後?エジプトから帰国、現イスラエルのナザレに住む。
青年期は、父ヨセフの大工仕事を手伝ってたのではないか?ということらしい。(文献なし)
そして…
イエス30才くらいの時、ヨルダン川で洗礼を行っていたヨハネから洗礼を受ける。すると天が開けて「神の愛する子である」という声がした。神の子の証。
その後、荒野で40日間の悪魔の誘惑を受けるも、クリアする。
ナザレからガリラヤ湖周辺に移り、宣教を始める。名言を残す。色々と奇跡を起こし弟子が増える。十二使徒、他。
ガリラヤ地方(田舎)からエルサレム(都市)へ移る。
イエスの異常な人気がユダヤ教社会を揺るがすことを恐れたユダヤ教のラビ達が、難癖をつけて?「ユダヤの王を名乗った罪だ」として統治者ローマ総督ピラトにイエス死刑を下させる。
イスラエルの民がエジプトから解放された事を祝う過越祭の前夜~当日の流れを。
最後の晩餐、イエスが拘束される、尋問拷問、死刑(磔刑)宣告、十字架を背負いゴルゴタの丘へ、そしてその丘で死刑。(イエスの脇腹を槍で突き刺したローマ兵の名前がロンギヌス)
この時イエス33才くらい。
でも3日目に復活。40日後に昇天。
その後弟子たちは世界中に宣教しに行く、と。
 

基礎知識はこの辺にして、では。

Netanya:ネタニヤへ。

杉原千畝通り。
一年前くらいにできたそうです。

あ、海だ。
地中海ですね。
きれいな鮮やかなブルー。大好きな色。

左手に地中海を眺めながら北上。

海とお別れして内陸部へ。70号線に入る。

しばらく行くと、荒涼とした景色に ↓

そして、Sea of Galilee:ガリラヤ湖 ↓が、
眼下に見えてきました。

ヨルダン渓谷が陥没してできた湖。
海抜-200m。マ、マイナス。
確かに…道路をずっと下ってきたな。
広さは琵琶湖の1/4くらい。
周囲約40km。
イスラエルの生活用水等々の一部を担っているそう。


Magdala:マグダラの村を通り、90号線に入る。
マグダラのマリアが住んでいた街らしい。


そして、Tabgha:タブハ村に到着。

Church of the Multiplication:
パンと魚の奇跡の教会  ↓
日差しがきつい。
帽子サングラスは手放せないのよー

中に入ります。
祭壇 ↓

アップ ↓

石のアップ ↓
元々、魚2匹、パン5個しかなかったものを、イエスの説教を聞きたくて集まった5000人分を満腹にさせるだけの量に増やす奇跡を起こした場所。
台の下にある石の上で、その奇跡を起こしたらしい。
今は、カトリック・ベネディクト修道会の教会。

恐らく、当時は建物などなくて、野ざらしの石だった。後に奇跡の場所として教会を建てた。
聖書に登場する場所は、大体がこのパターンみたい。なんかあった地に教会を建てる、と。

教会の鐘が鳴り響く。雰囲気でるねー
おっ、12時ちょうど。
日がさんさんと照りつける。暑っ。
空港で感じたあの涼しさはどこへやら。


すぐ近くだけど、バスで移動。

Church of the Primacy of St.Peter:
ぺテロ首位権の教会 入口 ↓

門をくぐり道を進むと、煉瓦造りの黒い建物が見えてきた。

イエスと弟子ぺテロが出会った場所&復活したイエスが弟子達と食事した場所に建てられた教会。
カトリック フランシスコ修道会。

中に入ります。

この岩↓で食事したらしいよ。
外の岩と繋がっている。
キリスト教の人達?が祈りを捧げてます。
静粛に。

ぺテロは元々ガリラヤ湖の漁師で、最初にイエスの弟子になった人。十二使徒の一人。
カトリック教会では、ぺテロを初代教皇とみるらしい。

教会の回りを散策。

教会と、中と繋がっている岩と、ガリラヤ湖と、向こう岸にゴラン高原 ↓
リゾートな雰囲気もある。
ガリラヤ湖でモーターボートを楽しんでる人もいる。
ちょっと、厳かな雰囲気がこわれるのね。

にゃん ↓みっけた!
あー、遠くにいっちゃうー


昼食へ。

St.Peters Restaurant ↓
主に野菜の料理。取り放題。
米と魚 ↓
St.Peter'sFish 聖ぺテロの魚。
ぺテロ(ピーター)が、神殿税分の銀貨を加えた魚を釣った話。
ナイルティラピア。白身のたんぱくな淡水魚で、揚げたものにレモンを絞る。
タンパクすぎるのね。飽きてきて食べきれず。
米はインディカ米。ほんのり塩味でなかなか好きな味。


食後は、
Capenaum:カペナウムの町へ ↓

イエスが30才の時、この地から本格的に宣教をスタートしたらしい。

シナゴーグ跡↓がある。

この辺一体には、未発掘の遺跡がまだまだ埋まっているだろう、との事。

どこに行っても、様々な国からの観光客の団体がいる。聞きなれない言語が耳に入ってくる。


移動。

つづく…


通貨について
NIS(New Israel Sheqel:シェケル)
1シェケル=30円くらい
3.5シェケル=1US$くらい(手数料込)
クレジットカード使える
ほぼUSドル使用OK
てか、土産物店はほとんどドル表記
(1$=111円)

水道水は飲める。
飲んでOK。むしろ結構いけるらしい。

あ、そういえば5月にトランプさんがイスラエルに来てたね。