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ものがたりの小部屋

昭和8年生まれのおばあちゃんが、小学生の頃を思い出して書いたものがたりです。こんな時代があったことを、残せたらいいなと思っています。
ときどき童話も書いていきます。

お母さんはぼろぼろになった靴を見て悲鳴をあげました。


「なんてことだろう。高い品物だったのに。やっぱり闇取引はだめね」

「お前がヤミ商人なんかを信用するからだよ」


めずらしく工場が休みで家にいたお父さんがいいました。ヤミ商人というのは配給では手に入らない品物をないしょで高く売りつける悪い人のことでした。


「よく見ろ。革靴だなんて大嘘でボール紙を蝋でかためてあるだけじゃないか」

お母さんはぞうりをかしてくれた大山くんに何度もお礼を言って


「これはお父さんの使った靴下だけど、うちは男の子がいないからあなたにあげるわ。洗いざらしだけど穴は開いてないのよ。三足あるわ。今はだぶだぶだけどすぐはけるようになるわよ」

と新聞紙につつんで渡しました。


大山くんはぱっと目を輝かせると


「おばさん、ありがとう」

と靴下の入った包みをだきしめました。月子さんが心配して


「おじいさんにしかられるんじゃないの」


といいましたが、大山くんはにこにことしているだけでした。


かえりぎわ門のところまで送って出た月子さんは、もう一度いいました。


「よそのひとから何かもらったりしたらいけないっていわれてるんでしょう?」


大山くんはいいました。

「いいんだ、もう。この間おじいさん、死んじゃったんだから」



終業式前の大山くんの欠席はおじいさんのお葬式のためでした。



月子さんの思い出の世界に現れる大山くんの姿はこれが最後でした。月子さんは、あの時手まり泥棒にならずに済んだのは大山くんのおかげと今でも思っています。



                                  (おわり)


   

「どうしたの?」

 春子さんがふりかえりました。月子さんはいそいで手をふりました。


「いいの。何でもないの」

「だいじょうぶなの?」

「少し足が痛いだけ。いいから先にかえって」

 春子さんはなっとくのいかない顔をしていましたが


「じゃあね」

といいのこしてぱたぱたと行ってしまいました。お昼が近いのでおなかがへっていたのです。


月子さんはすっかり形のくずれた靴をとほうにくれてながめていました。つま先もかがともぱくぱくとやぶれもうはいていられなかったのです。


道のわきでうずくまっている月子さんをあとからあとから下校する生徒たちがふしぎそうな顔をしてのぞきこんで行きました。

(しかたないわ。はだしでかえろう) と決心をして、月子さんが靴をぬいだ時でした。


「これ、はいたら」


とぞうりをおいてくれた手がありました。それはくろずんだゴムぞうりで月子さんの足には合わないものでしたけれど、はけないことはありませんでした。たとえ男の子のものでもはだしでかえるよりはましです。


「ありがとう。でも( あなたが困るでしょう)」

といいかけて月子さんはびっくりしました。ゴムぞうりを貸してくれたのは大山くんだったのです。


「さ、早くかえろう。また雨が降ってくるかも知れないしね」

大山くんは使えなくなった月子さんの革靴を持ってくれました。


「ぼく、近道を知ってるんだ。行こ」


大山くんのいう近道とは本通り商店街の裏のせまい小路でした。子どもでも体をひねってでないと通れないようなドブ板の上でしたが、家へは早くつくことができました

たいへんな地震が起こってしまいました。


夕方にかけての時間、お父さんやお母さんは仕事に、子どもたちは外で遊んでいた時間帯だったでしょう。

家族とまだ会えていない子どもたちのことを思うと、ほんとうにつらいです。


てる子おばあちゃんが小さいときも、空襲のなかでとても心細い思いをしたそうです。

きっと、それとおなじぐらい、つらい時間をすごしているはずです。


すこしでも早く、家族に会えますように。




「大山くん、それは春子さんのボールなの。私さっきちよっとかりてあそんだの」


いいながら月子さんは心の中で

(うそ。私、まだうそついてる。たとえ、三分ほどの間でも春子さんのボールを自分のものにしていたくせに)  さけんでいたのです。


大山くんはきらりと目を光らせましたが、

「じやあ、春子さんの机にもどしとこ」

といって、さっさと春子さんの席へもどしてくれたのです。そして、さあかえろとでもいうふうに先へ立って歩き出しました。


大山くんはそのボールが月子さんのもんぺから出たのを見たはずでした。月子さんはもしこれがほかのわんぱくな男の生徒だったらと思うと胸をなでおろさずにはいられませんでした。学校を出たところの辻でふたりはわかれました。


大山くんはそのあくる日から学校へ来なくなりました。なんでもおじいさんのぐあいが悪いということでした。


終業式の日、月子さんは新しい靴をはいて登校しました。よそ行きのワンピースをもんぺの中へおしこんであるので、せっかくのかわいい花柄が見えなかったのですが、月子さんはひさしぶりのおしやれに満足していました。


この日の式は校庭で行なわれました。講堂は勤労奉仕の大人たちが使っているということでした。戦争を続けるためにふつうの大人も奉仕をしなければならなかったのです。 ところが校長先生のお話の途中で、いきなり夕立のようなはげしい雨がふってきました。生徒たちがひめいをあげてにげまわるほどのどしやぶりでした。


「教室へもどりなさい。早く」先生のさしずで生徒たちは、わあわあいいながら校舎へ入りましたが、教室へもどってもしばらくは席に座れないほど、みんなびしょぬれになっていました。



あちらこちらでくしゃみやせきが聞こえておおさわぎになりました。先生は自分も鼻をかみながらみんなに通知簿をくばり終えると「早くお家へ帰りなさい」といってそそくさと職員室へ行ってしまいました。


みんなはざわめきながらてんでに帰って行ったのです。月子さんも春子さんたちと校門を出ました。雨はほとんどやんでいましたが、大きな水たまりがあちこちに出来ていました。月子さんはふと立ち止まりました。何だか足もとがおかしいのです。歩くたびに靴からぶくぶくと泡が出てくるのです。


見ると靴が二倍ほどもふくれていました。革靴のはずなのにさわって見るとふにゃふにゃしてまるで形がくずれているのです。



月子さんは手のボールを思わずもんぺのどう周りのところへおしこみました。


「忘れ物したの?」

「え、そろばんを」


月子さんは片手にぶらさげたそろばんを見せました。「じんべさん」の大山くんも布の手さげ袋をふって


「ぼくはそろばんの練習さ。四つ玉のおさらいなんだ」


月子さんはうなずきました。大山くんのおじいさんは、まずしくて孫の「じんべさん」に新しいそろばんを買えなかったから、放課後、先生にそろばんをかりておさらいをさせてもらっていたのでした。


大山くんが持っているのは玉が五つついている古いかたちのものだったのです。先生が四つ玉のそろばんを買って大山くんにあげようとしたのですが、おじいさんが「うちの孫はこじきではない」といって受け取らせなかったのです。


それでも大山くんはがんばって居残りをしているのだと思って月子さんは感心したのでした。


「もうかえろう。通用門がしまってしまうよ」


大山くんがこういって歩きだしたとき、月子さんのもんぺのふくらみのあたりからゴムボールが転がり出ました。月子さんはぼう立ちになりました。大山くんは月子さんがゴムボールのくじに外れたことを知っています。


「そ、それは」


と、口ごもる月子さんの前をゆっくり横ぎって、大山くんはボールを取り上げるとそれを先生の机の上におこうとしました。


「だれかがわすれて行ったんだな」


このとき月子さんは気がつきました。いまほんとうのことを言わなければ自分はうそつきのどろぼうになるということに。


月子さんは泣きそうになりながらいいました。