「大山くん、それは春子さんのボールなの。私さっきちよっとかりてあそんだの」
いいながら月子さんは心の中で
(うそ。私、まだうそついてる。たとえ、三分ほどの間でも春子さんのボールを自分のものにしていたくせに) とさけんでいたのです。
大山くんはきらりと目を光らせましたが、
「じやあ、春子さんの机にもどしとこ」
といって、さっさと春子さんの席へもどしてくれたのです。そして、さあかえろとでもいうふうに先へ立って歩き出しました。
大山くんはそのボールが月子さんのもんぺから出たのを見たはずでした。月子さんはもしこれがほかのわんぱくな男の生徒だったらと思うと胸をなでおろさずにはいられませんでした。学校を出たところの辻でふたりはわかれました。
大山くんはそのあくる日から学校へ来なくなりました。なんでもおじいさんのぐあいが悪いということでした。
終業式の日、月子さんは新しい靴をはいて登校しました。よそ行きのワンピースをもんぺの中へおしこんであるので、せっかくのかわいい花柄が見えなかったのですが、月子さんはひさしぶりのおしやれに満足していました。
この日の式は校庭で行なわれました。講堂は勤労奉仕の大人たちが使っているということでした。戦争を続けるためにふつうの大人も奉仕をしなければならなかったのです。 ところが校長先生のお話の途中で、いきなり夕立のようなはげしい雨がふってきました。生徒たちがひめいをあげてにげまわるほどのどしやぶりでした。
「教室へもどりなさい。早く」先生のさしずで生徒たちは、わあわあいいながら校舎へ入りましたが、教室へもどってもしばらくは席に座れないほど、みんなびしょぬれになっていました。
あちらこちらでくしゃみやせきが聞こえておおさわぎになりました。先生は自分も鼻をかみながらみんなに通知簿をくばり終えると「早くお家へ帰りなさい」といってそそくさと職員室へ行ってしまいました。
みんなはざわめきながらてんでに帰って行ったのです。月子さんも春子さんたちと校門を出ました。雨はほとんどやんでいましたが、大きな水たまりがあちこちに出来ていました。月子さんはふと立ち止まりました。何だか足もとがおかしいのです。歩くたびに靴からぶくぶくと泡が出てくるのです。
見ると靴が二倍ほどもふくれていました。革靴のはずなのにさわって見るとふにゃふにゃしてまるで形がくずれているのです。