ツェルマット(&サースフェー)山旅6日目。
夜中2時に朝食だったので1時半に起きるつもりだったけど、結局この日殆ど寝られなかった。
前回の日記で「緊張とうるささで」と書いたけど、半分言い訳で、たぶん9割緊張のせいだったと思う。
何故ならデュフールから帰ってきた夜は同じように周りはうるさかったけど朝までほぼ起きずに爆睡してたので。
デュフールシュピッツェへの登頂はあきらめる、と決心したから少し楽になったけど、ほんとにそんなことで良いのか、という気持ちと、真夜中に初見のルートで、日本でいつも頼ってきたyamapの地図もないのに道が見つけられるのか、という不安で胸がずっしりしていた。
のろのろ準備して2時15分くらいに食堂に行き、自分の名前が書いてある机を探す。
周りはなんか猛者っぽいグループかガイドと客と思われるグループばかりだ。
両腕と首まで入れ墨入ったお姉ちゃんがカッコいい。
ひとりは誰もいない。
向かいのテーブルのカップルが、(え、あのチキン一人なんだけど)みたいな目で見ている気がする。
横を通り過ぎていった両脚にいかつい墨の入った兄ちゃんが(おまえみたいなヘタレがデュフールに挑むのか)みたいな目で見ている気がする。
アウェー感が半端ない。。。
…というのはたぶん半分は事実で半分は私の被害妄想。
事実として、前夜の小屋主さんの反応から見ても私のような明らかに山屋ではない素人丸出しのハイカーがソロでデュフールを目指す、というのはたぶんあんまりないんだと思う。
そしてもう半分は私の被害妄想なんだけど、その被害妄想がどこから来てるかというと、たぶん自分がソロでデュフールシュピッツェに行けるような体力も技術力もない、という自覚があったからかなと思う。
一般的に、という話で言うならソロでデュフールシュピッツェに登ることはできる。
Youtubeでソロで登った人の動画も見たし日本人で登った人の記録もある。
でも少なくともその登った日本人の人は明らかに私とは違う、本格的な登山やクライミングの経験が豊富にある人だった。
デュフールシュピッツェは、ローテンボーデンから本来4.5時間で来なきゃいけない道を6時間もかかったり、難しくないと言われるメンヒの岩場で転がり落ちたりするような奴がソロで挑戦して良い所ではない。
そういう意味で自分がすごく場違いだという自覚があったからとても肩身が狭かった。
できるだけ存在感を消しつつご飯を食べながら天気をチェックする。
やはり午後から雷が鳴るっぽい。しかも時間が昨日見たときと比べて早まっている。

4つ天気予報サイトをみて、4つとも午後からの天候悪化を予測している。
そして4つ中3つは午後2時過ぎくらいからの雷を予測している。
これはもう私には絶対にデュフール往復は無理だから、やっぱり昨日決めた「5時間経ったら引き返す」をやろう。
メンヒで雷の中焦って下山した記憶はトラウマというか恥の記憶だ。
あれをもう1回やってはいけない。
昨日からずっと(デュフールに挑戦しなくてよいのか?そんなチキンなことで良いのか?)と思っていた気持ちが天気予報を見てから諦めがついて、ちょっと楽にはなった。
登頂しなくて良いなら急いで出発する必要もないし、誰もいなくなってからこっそり出発しよう、と思って3時頃出発。
デュフールシュピッツェあるいはノルデンドを目指す人達はとうの昔に出発してしまっており、私の後はイタリア人3人パーティだけだった。
この日のためにずっと使っていたヘッデンを、ペツルのTikkaからSwiftRlに新調した。
SwiftRLでどこまで照らしてくれるのか、とどきどきしていたけど、意外にも最初は道を見失うようなことはなかった。
ヘッデンの明るさのおかげ、というのではなく、昼間に見たポールに反射板のようなものでもついているのか、暗闇でも星のように光っているので道がわかる。
分かりづらいけど先の方にポールの明かりが見えている。
たまにこういう青い印もある。でも基本的にポールの光を辿っていけばいいと思う。
たまに折れてるポールあるけど。
あと、ポールの光は見えるもののそこまでどうやってたどり着こうかな、と迷う所はあった。
特に、前日夕方に下見した岩の回廊以降は、結構ルートどりに迷ったりした。
出発したときに後ろにいたイタリアパーティにはあっという間に抜かされて、岩場を一人ぜえはあしながら登っていた。
振り返るとマッターホルン+ヘルンリ小屋(?)やケーブルカー駅の明かりがみえる。
ちょっと雪が残っているところもあったけど基本岩場をポールの明かりを道しるべにひたすら登る。
雪面が出てきてそろそろかな、と思ったら、突然急な氷の斜面が出てきた。
雪というか氷。傾斜はそんなにないけど暗いせいかアイゼンの歯がしっかり刺さっているか不安でしょうがない。
後、ここからはそれまでのルートの目印だったポールの光が完全になくなった。
こっちで良いのかな、としばしGPSと紙地図を比べて悶々とするもこっちしかなさそうなので氷を登る。
氷の斜面を登り切ったら氷の野原だった。これがモンテローザ氷河かな、と予想する。
氷河にポールはないけど、はるか左前方にポールの光が見えている。
まぁこれくらいなら昨日のローテンボーデンから来たときの氷河と同じくらいかな、と思ってたけどすぐに、やばいな、と思い始めた。
クレバスだらけ。
はるか向こうにポールの光が見えるのであれを目指すべきなのかな、と思いとりあえずそっち方面に向かう。
向かおうとするんだけど、足元がこんななので、(ここを飛び越えるのは無理)(ここは怖い)と引き返したりうろうろしたりし、ここで相当迷った。
前日の氷河歩きでわかっていたけど、氷河で先行者の足跡なんて期待できない。
そんなものがつく柔らかさではない。というのをこの時再確認する。
たまにアイゼンの削りカスみたいなのがあったりはするけど。辿っていける程のトレースは期待できない。
自分で安全な足場を探すしかない。
たぶんこの時、自分の登山人生(驚きの短さだけど)史上、一番緊張していた。
この至る所に口を開けてるクレバスに落ちたらたぶん死ぬ。
すぐに死にはしないかもしれないけど私は一人だし周りには誰もいないし、見つからずに凍死する確率90%。
落ちる訳にはいかない。
ちなみにこの氷河の入り口で、出発早々私を追い抜いてあっという間に姿が見えなくなったイタリアパーティに追いついたので、イタリアパーティも氷河でのルートどりにだいぶ迷ったんだと思う。
追いついたものの、イタリアパーティの姿は全く見えず、声だけが右の方から聞こえる。
私はルートを間違えているんだろうか。
氷河で迷いだした最初はまだ真っ暗だったけど、迷っているうちにだんだん夜が明けてきた。
右から聞こえるイタリアパーティの声を信じるか、前方に見えるポールの光を信じるか。
一応最初はポールの光を信じて氷河をうろうろした。
この↓みたいな、両側にクレバスが口を開けている氷河の橋を渡る時はめちゃめちゃ緊張して、アイゼンを無駄にがりがり蹴りこんだりした。橋も平らではないので、どちらかに滑ったらさよならだと思う。
たぶん体感1時間近く迷っていたんじゃないかと思うけど、声だけ聞こえていたイタリアパーティの姿が右前方に見えたのと、その後しばらくしてからどういう理由か、右前方から引き返してきた2人パーティがいたので、私も右に進路を取ることに決めた。
といってもクレバスだらけなので右に直接進むことはできず、結局、一度結構な距離を引き返してから右に改めて進路を取ることになった。
これがたぶん諦めた地点くらい。
そこからいったん引き返して右方面に進路を取り直す。
右方向に進むと、でこぼこ氷河は早々に終了し雪面が現れて心底ほっとした。
足跡を見てこんなにほっとしたことはない。
氷河の終わりが見える。この写真ではうまく見えていないけど右前方の白い雪面にトレースが伸びているのが見えた。
下が岩だな、と思われるところに乗るとほっとした。
ルートが判明したことでようやく周りの景色を見る余裕が出てきた。
朝焼けのマッターホルン。
この辺りで風が出てきて寒くなったので、マムートのハードシェルを羽織り、手袋もフリースの手袋から、ウールの薄手+ワークマンのテムレスに換えた。

氷河の終わりに向けててくてくと歩いていたら、なんでかわからないけどちょっぴり涙がちょちょぎれそうになった。
山で泣いたことはほぼなくて、たぶん唯一号泣した記憶は前穂北尾根で取りつきにもたどり着けず諦めて一人だけ引き返したのが悔しすぎた時。
このデュフールへの道でなんで涙が出そうになったのかはよくわからないけど、デュフールシュピッツェにたどり着けそうにない不甲斐なさとか悔しい気持ちからではなかった気がする。
正直悔しい気持ちはそんなになかった。
どっちかというと前2日間緊張しまくって一番不安だった真夜中の氷河越えがようやく終わりかけている安心感とか、緊張しまくっていたけど一人でここまで来られたんだ、という達成感の方が大きい気がする。
迷いまくってこの時間にこんなところをうろうろしているだけなのに「達成感」とかいうのも違う気もするけど。。。まあ私は自分に甘い。
うぐうぐと泣きながらようやく氷河を抜けた。
氷河を抜けると普通の雪面なのでトレースがついていてほっとする。
ただこうやって割れ目が入っている箇所も普通にある。
これとかも。
これもアラリンホルンの時と同じだけど、見た目では普通の穴に見えるけどめっちゃ深い。
こういうのがトレースのすぐ脇にあいていたりするので気が抜けない。
そして全然関係ないけど、ちょっと嫌だったのはここら辺に人間の落とし物(大きい方)が結構あったこと。
せめて上の写真みたいな穴に落とし込んでくれないだろうか。
まぁ、こういう深い穴があるからトレースから外れるのが怖いという気持ちはわかるんだけど、、、せめてトレースからもうちょっと見えない所でやってくれるか上にきちんと雪掛けて欲しい。
生理現象だから仕方ないけど。。。
自分は前日の夜から予防用にストッパーを飲みまくっていたおかげか生理現象に悩まされることはなかった。
涙も引っ込んでぽくぽく歩き続けていたけど、この辺りで結構疲れてきた。
10歩歩いては止まり、の繰り返し。
決めていた5時間にはまだちょっと時間あるけど。。。せめてもうちょっと行ってデュフールシュピッツェの全貌だけでも視界に収めたいと思ったけど。。。結構体力が限界なので、もういいかな、という気持ちが湧いてきた。
というわけでここが私の山頂。
デュフールシュピッツェには全く及ばない、ヘタレチキンの限界。
帰ろう。

帰りは、行きにイタリアパーティが通ったと思われる氷河脇のトレースを辿って帰ったんだけど、このルートも途中から氷河には入っていた(行きから見ると、氷河に入って早々に右に抜け雪上を上がるルートになると思う)。
GPSを見ながら軌道修正しつつ戻る。
行きに自分が迷ったルートよりは安全ではあるけどでも結構クレバスはあるので気を抜けない。
氷河はトレースない、と書いたけど、一応ところどころ、こういう、アイゼンの歯の跡みたいなものはある。
ただ真夜中それを探しながら歩いていくのは至難の業だと思う。
途中で2人パーティに抜かされる。デュフール登頂したにしては早すぎるからこの人達も何らかの原因で断念したんだろうか。
GPSと自分の進路を見比べながらようやく氷河手前まで帰ってきた。

ここからはだいぶ安心。
明るいところで見る岩場は思ったより大変だったけど、えっちらおっちら何とか小屋が見える所まで引き返してきた。
降りてきた道を振り返る。さよならデュフールシュピッツェ。

道はこんな感じで結構ガレガレの所を来た時と同じくポールを目印に降りていく。
この時はまだメンヒで捻った右足首が痛かったので、右足首に致命的なダメージを与えないよう気を付けながら降りた。
これは途中の分岐を振り返ったところ。小屋から見た時に左にDとあるのは「デュフールシュピッツェ」なんだと思う。
右のMはたぶんマルガリータ小屋で、写真の上の方にはマルガリータ小屋から来たと思われるパーティが見えた。

疲れてふらふらだったのでマルガリータ小屋からのパーティにあっという間に抜かされたんだけど、急ぐ理由もないので途中できれいな石を眺めたりしながらゆっくり降りた。
なんかこういう白いきれいな石の層が至るところにあって面白かった。
こういうのなんていうんだっけ。。。石灰岩?
たぶん12時前には小屋着。
朝あんまり食べていなくてお腹が空いたのでパスタを頼んだ。
あと、記念に小屋のTシャツを買った。サイズがあんまりなくてLしか買えなかったけど。
袖の形が大変好みなのと、色も真っ黒というのじゃなくてダークグレーの霜降りっぽいのが気に入っている。
結局この日午後になっても小屋では雷鳴や雨、雪などはなかった。
ただ、デュフール方面にはこうやって雲がかかっていたので、頂上付近はもしかしたら天気は悪かったのかもしれない。
ただ雲がかかったのも一瞬で夕方にはまた晴れてた。
午後になって続々と登頂したであろう人達が帰ってくるのを見ながら小屋でごろごろした。
思ったより天気が悪化してないのもあり悔しい気持ちも少しあるような気もしたけど、仕方がない。
天気がそんなに悪化しなかったのは結果論であり、たぶん判断としては「天気悪化前に小屋に帰着する」というのは正しかった。
メンヒの反省を踏まえて今回は自分の能力にあった正しい山歩きが出来たんじゃないだろうか。
夕方になると前日もだったけどアイベックスが小屋付近に集まってくる。
ずっと行きたくて不安だったデュフールシュピッツェへの旅、あっという間に終わってしまった。
なんかもうちょっと行けた気もするけど、結構疲れたし、へろへろになってこけたりする前に帰ってこられたのであれば正しい判断が出来たのではないかな、という気もするし、不安だった真夜中の氷河歩きを何とか無事に終えられたことに対する満足感は大きかった。
緊張が解けたことが大きかったのか、夜中の出発の人達の物音で途中目覚めたりしたけど朝までぐっすり眠ることができた。